はじめに
皆さん、脳科学と聞けばまず最初に何を思い浮かべますか?
ヒトの気持ちや情動でしょうか。
それとも、脳の神経細胞について思いを馳せるでしょうか。
または、近年流行りのAIについて考えるでしょうか。
2023年現在科学者の興味関心を最も引く領域の一つである脳科学について本記事では解説していきます。
そもそも脳科学ってなに?という方からちょっと脳について興味が出たという方まで皆さんの脳科学への興味関心を少しでも言語化できるように本記事が助けとなったらいいなと思います。
本記事の執筆者は脳科学系の大学院で博士号を取得しているため、記載内容は全くトンチンカンな内容ではないと思います。一方、専門が少し生命科学寄りのため、一部偏った紹介になっている箇所もあるかと思いますがご了承いただけたらと思います。
脳とはそもそも何か
脳とは、そもそもなんだろうかというところから始めたいと思います。
wikipediaにおける脳の定義を見てみると、脳は「運動・知覚など神経を介する情報伝達の最上位中枢である。」と記載されていて、なるほど生命体において非常に重要な部位であることが理解できます。
脊椎動物において脳の発達部位は種によって異なっていることも知られています。
ヒトを始めとした霊長類は高次機能である大脳新皮質の領域が強く発達していて、鳥類は運動機能を司る小脳領域が比較的発達しているといった具合にです。
私たちを私たち足らしめているものが脳である、と言うことも出来るのです。

生物学的な脳
生物学的に脳は神経細胞を主とした細胞群です。
神経細胞以外にもオリゴデンドロサイト、グリア細胞、血管内皮細胞など様々な細胞が脳を構成しており、ヒトの脳全体で約860億個もの細胞が存在すると言われています。
脳の興味深いところは領域によって働きが異なるところです。
大脳、中脳、小脳、脳幹、延髄と大きく分けて5つの領域から成り立っており、さらにそれぞれの領域の中でも特定の働きを持っています。
例えば、大脳の表面である大脳皮質と呼ばれる領域においても領域によって50以上の働きがあることが知られていて、この大脳皮質における脳の働きの地図はブロードマンの脳地図と言います。

脳を始めとした神経細胞の情報伝達
脳を構成する主要素である神経細胞は情報の伝達において、特殊な方法を用いていることが知られています。
神経細胞はそれぞれの細胞が直接結びついているのではなく、シナプスと呼ばれる神経細胞の末端を介して細胞ごとに間を作って情報の伝達を行っています。
このシナプス間をシナプス間隙と呼び、神経細胞間の情報伝達において複雑性をもたらしています。
これらの情報伝達は神経細胞間は神経伝達物質と呼ばれる生化学物質によって情報が伝達され、神経細胞内では電気信号によって情報が伝達されます。
例えば、よく話題にされるドーパミンは神経伝達物質の一種ですが、ある神経細胞からのドーパミンの分泌によってその神経細胞の周囲の神経細胞がドーパミンを受け取って電気信号に変えて神経細胞内を情報が伝わり、さらに別の神経細胞に向けてドーパミンなり神経伝達物質を放出するプロセスをたどります。
これらは厳密にはもう少し複雑ですが、大雑把に神経細胞の情報伝達は化学物質と電気的な刺激と二種類で行われていると理解していただけると嬉しいです。

医学と脳
脳の病気は2023年現在でも根治が困難なものが非常に多いとされています。
例えば、認知症を始めとしたアルツハイマー病やレビー小体型認知症が含まれる神経変性疾患は少しずつ研究が進んでいるものの、まだ根本的な治療法は存在しません。
また、運動機能に障害がでるパーキンソン病や多系統萎縮症、ALSといった病気も脳の一部の神経細胞、部位がダメージを受けることが知られていますが、いずれにおいても対症療法的な治療しか存在しません。
一時期世間を騒がせた狂牛病が含まれるプリオン病は発症すると治療は不可能とされていて、運動機能や認知機能など脳の様々な部位の機能が障害を起こすことが知られています。
これらの疾患の根治が難しいことこそまさに脳という臓器がいかに複雑であるかを示しているとも言えそうです。

精神が宿る脳

21世紀の今、心身二元論は流行っておらず、精神と肉体は基本的に同一のものであると理解されていることが多いです。
「我思う故に我あり」というやつですね。
しかしながら、実際の生命活動とのリンクを重要視せずに、挙動に着目した脳の研究は現在でも多く行われています。
その代表例が心理学や行動経済学の領域で行われる脳の研究です。
心理学と脳
例えば、最もよく知られている心理学の実験の一つであるスタンフォード監獄実験は普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまうことを証明しようとした実験ですが、捉えようによっては脳科学的な研究とも言えます。
ただ、実際の生命科学としての脳の領域や挙動に着目するのではなく、心理や精神状態に着目しているということです。
これらは脳の機能に着目したものではなく、人間の社会性に焦点を当てて行ったとも言える研究ですが、実際世の中ではこういうのも脳科学として理解されていると思います。
とりわけ基礎科学の研究者はこういった研究(何が原因で何が結果かわかりにくいもの)は嫌いなことが多いですが、個人的には一般の方の関心も惹きやすいので「脳科学」と言っても間違いではないのかなと思います。

コンピューターサイエンスと脳の複雑性

コンピューターと脳は色々な関わり方があります。
いくつか代表的なものを見ていきましょう。
AIと脳
まずひとつは、脳の情報伝達の仕組みを模倣して、複雑な演算や人間の意思決定の助けをコンピューターが行う人工知能(AI)です。
最近はChat-GPTと呼ばれる生成AIが世の中を席巻していますが、これも神経細胞の情報伝達を模したディープニューラルネットワークと呼ばれるプログラムが暗躍しています。
人間が脳の限界を超えて成し遂げようとしている理念に向けての協力を人間の脳を模した仕組みに依存しているのはなんとも皮肉です。
また、これらは逆説的にコンピューターサイエンスの発展に貢献しているとも言えます。
Brain Machine Interface
脳や神経の活動をコンピューターの働きによってサポート、代替するBrain Machine Interface(BMI)と呼ばれる領域があります。
Elon Mask氏が創業したことで有名なNeuralink(ニューラリンク)はBMIの実用化に向けて躍進している企業です。
Neuralink社は身体障害や精神疾患をBMIを通じて治療することを目指すとともに、人間がAIとの競争に勝利するために人間の機能を拡張することを最終目標としているそうです。
脳を理解するために、脳を外部から動かしたり、コンピューターと繋ぐとはいかにもSF的で非常に興味深いですね。
実際脳の病気の臨床応用も始まっている部分もあり、BMIは近年脳の領域の研究で最もホットな領域の一つとなっています。
終わりに
脳は非常に複雑で、まだ理解されていないことがたくさんあります。
大雑把にいくつかの領域と脳の関連をピックアップしましたが、本当はもっと多岐に渡って脳は研究者の興味を引き続けています。
視覚一つを取り上げても、網膜や錐体細胞といった目の話から、視覚野までの投射の話、そして視覚野での情報処理の話などなど研究者が一生かけても研究しきれないボリュームのサイエンスの深みがあります。
本記事を読んで、一人でも多くの方が
「脳科学面白そう、この領域でちょっと勉強してみたい」
となってくださると嬉しい限りです。
今後それぞれの領域において、さらに膨らませた脳科学関連の記事を執筆していきたいと思います。