漫画『DEATH NOTE』(デスノート)で主人公の天才大学生、八神月(ライト)が死神に対して死後の世界を質問する。
「人間は死の後どこに行くのか」
ライトは死神からの返答を遮って、死後の世界を否定しつつ、彼の予測を語って、それに呼応するかのように死神は応える。
「生前どんなことをしたやつも行先は同じだ。死は無だ。」
これは『DEATH NOTE』の世界観を最も表している一節の一つですが、人の死について言及しているのは何も最近のサブカルチャーだけではないことは皆さんご存知でしょう。
数多くの権力者や科学者、哲学者が立ち向かってきた人類、いや生物の最大の避けることの出来ないイベントこそが「死」です。
本記事では、昨今の生命科学の発展を基に開発されている技術、クライオニクスについて解説していきます。
クライオニクスは現在すでに活用されているのか、またクライオニクスは死から逃れていることになるのか。
ぜひ最後まで読み進めていただけると嬉しいです。
クライオニクスとは -クライオニクスが解決する問題-
クライオニクスとよく似た言葉にコールドスリープというものがあります。
コールドスリープはwikipediaによると、
宇宙船での惑星間移動などにおいて、人体を低温状態に保ち、目的地につくまでの時間経過による搭乗員の老化を防ぐ装置、もしくは同装置による睡眠状態。移動以外にも、肉体の状態を保ったまま未来へ行く一方通行のタイムトラベルの手段としても用いられる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%97
と定義されています。
一方、クライオニクスはこれまたwikipediaによると
現在の医療技術で治療が不可能な人体を、冷凍保存することである。未来の医療技術が発展することに夢を託し、蘇生する技術が完成した時点で解凍、治療しようとする考え方である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E4%BD%93%E5%86%B7%E5%87%8D%E4%BF%9D%E5%AD%98
つまり、コールドスリープは低温状態でクライオニクスは冷凍状態とまず状態に大きな違いがあります。
さらにクライオニクスは「未来の医療のために行う」、ということで目的にも大きな違いがありそうです。
現代医学では解決することの出来ない不治の病に遭遇した際、未来での治療を期待してクライオニクスを活用する、というのはしばしばSF作品で用いられる表現手法ですね。
しばしばクライオニクス的な意味合いでコールドスリープが用いられることもあり、一般のシーンでは混同して用いられているような感があります。
クライオニクスの現在地
SFの世界からまだ現実世界に出てきていないようなクライオニクスですが、実はすでにクライオニクスを事業として取り組んでいる団体・会社が存在し、サービスを受けている個人がいます。
お察しの通り、クライオニクスには多くの倫理的な技術的な問題があります。「死」を再定義するかのような技術であるクライオニクスに取り組む企業・団体を取り上げていきます。
Alcor(アルコー)
クライオニクスにおいて、世界で最も有名な団体はこのAlcorでしょう。1972年にカリフォルニアで始まった団体で、現在すでに51年になります。最近では世界で最も有名なビジネスパーソンの一人であるピーター・ティール氏もAlcorのクライオニクスにサインしたことが話題になっていました。
Alcorはホームページの中で、「死」の概念について触れています。
死の概念は進化し、より正確な死の定義が必要で、また死は過程である。そんな独自の死生観をウェブサイトの中で述べていることはなんとも印象的です。
現在Alcor社には208名の患者が存在し、1,415名のメンバーが存在するとホームページに記載があります。
この数を多いと取るか、少ないと取るかは個人の感覚でしょうが、未来に医療を託すという意味ではこの数は今後批判があっても何らかの形でこういった活動は残り続けるであろうことが感じられます。
また、気になった点はタブに「ペット」も存在することです。ペット大国であるアメリカの発想としては家族の一員であるペットの医療を未来に託す選択肢は自分自身の医療と同じレベルのプライオリティーで考えられそうです。
KrioRus(クリオロス社)
ロシアにあるクリオロス社は2003年に設立されたクライオニクスの企業です。ホームページでは、ユーラシア大陸で最も古くから存在するクライオニクスの企業であると書かれています。
KrioRus社では既に94人と59匹のペットが冷凍保存されており、さらに600名の予約が存在するとのことです。
KrioRus社は現在冷凍保存されている全員の国籍及び冷凍した日をホームページ上で公開していて、2014年に初めての日本人が記録されています。
※ホームページ上では冷凍写真も公開されています。遺体写真に抵抗がある方は閲覧にご注意ください。
Tomorrow Biostasis
ドイツに存在するTomorrow Biostasisはクライオニクスのビジネス化に存在する2020年に設立された新進気鋭のスタートアップです。Crunchbaseという主にベンチャー企業、スタートアップが掲載されるサイトにも資金調達情報は記載されていませんでしたが、現在すでに何らかの資金は調達されているでしょう。
Tomorrow Bioはスタートアップらしく、ホームページ上に競合との差や自分たちの開発のロードマップについても事細かに掲載しています。中でもアプリを開発・運営していて、ヨーロッパに関しては24時間体制でエマージェンシーコールを受け付けていると記載があったことが印象的でした。
もちろん、日本人が利用するとなると、様々な壁を乗り越えないといけない可能性があるので、そこは直接お尋ねいただく他ないでしょうが、ホームページをみる限りでもクライオニクス以外でも最新の技術を取り入れてサービスを提供しようという本気度が伺えます。
クライオニクスから復活した人は存在するのか
まるで人類の夢のひとつかのように解説したクライオニクスですが、実は技術的な壁がいくつも存在し、それゆえ2023年現在クライオニクスが出来てもそこから解凍することは技術的には不可能というのがこの領域における理解です。
まず、不凍液と呼ばれる液体を用いて凍結するとされていますが、この不凍液は細胞膜を破壊してしまうため、重要な臓器は解凍後臓器として機能しなくなってしまいます。
次に、死後の時間である。基本的にコールドスリープを認めている国でも法的な死後しか対応することができません。つまり、医師によって死が宣告された後に始めてクライオニクスの対応を行うことができるのです。通常、生命の身体は酸素が届かない状態になると早くて数分でその細胞は不可逆的に機能を果たさなくなってしまうのです。
つまり、死後短期間でクライオニクスの準備をし、迅速に冷凍環境に置かなければそもそもスタートラインにも立てていないということになります。
クライオニクスはこのように、多くの課題を抱える技術で2023年現在復活の議論の前にクリアしなければならないことが過数多くあるような印象です。
クライオニクスはビジネスとして成立するのか
数多くの課題を抱えるクライオニクスではありますが、直近スタートアップが立ち上がっていることもあり、ビジネスとしての注目度は高いです。
ワシントン・ポストの記事によると、クライオニクスはクレイジーな手段ではなく、今後ビリオネア以外にも開かれた手段になってくるであろうと言及しています。記事の自体がTomorrow Biostasisの特集のような記事なのでポジショントークもあるかもしれませんが、大金が必要なく、あなたの身体の疾患の治療を未来に託しませんか?という謳い文句が存在した場合、多くの人が一縷の望みに賭けてそのサービスに期待することは理解に難くありません。
実際に日本でも1980年には平均寿命が男73歳、女78歳だったのが、2022年には男81歳、女87歳とそれぞれ8〜9年ほど延びています。今後100年後や200年後に何か生命科学においてブレイクスルーが起きて、200歳や300歳が当たり前の時代になる可能性は完全には否定出来ず、クライオニクス自体も何かしらの寿命延長に対して寄与する可能性もあり得るでしょう。
そうなった場合、コールドスリープのビジネスは一大ビジネスになっている可能性すらあるでしょう。
しかしながら、現代において法・技術面での壁は大きくとりわけ日本において直近数年間で大きくビジネス展開されていく可能性は低いでしょう。
ただ、日本でも著名人がサービスを利用し、なんらかのポジティブな成果が得られたとなれば爆発的に広がっていく展開もあるかもしれません。