感染症の病原体といえば細菌やウイルス、という概念を根底から覆した病があります。プリオン病です。プリオン病とは、異常なタンパク質の蓄積によって引き起こされる神経変性疾患です。脳がスポンジ状になることから伝達性海綿状脳症とも呼ばれます。2000年代初頭に発生し、世界中が混乱したBSE(牛海綿状脳症)もプリオン病の一種です。
今回は、プリオン病の発見の歴史と病理について紹介します。
プリオン病発見の歴史

1950年代、パプアニューギニアのフォレ族では原因不明の風土病が流行していました。”クールー病”と呼ばれるこの病は体の痙攣から始まり、やがて認知症に似た症状が進行し、最後は肺炎などの感染症で100%死に至ります。
調査に当たっていたアメリカのウイルス学者のガジュセックは、クールー病とフォレ族の埋葬の儀式での遺体の食人習慣を結びつけ、何かしらの病原体が生体組織を介して伝染すると仮説を立てました。その後、死亡したクールー病患者の脳組織をチンパンジーに投与、クールー病を発症したことによって、この仮説が証明されました。
ガジュセックは病原体の特定には至りませんでしたが、新しい感染症のメカニズムを発見したことで1976年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
クールー病は、それまでに人で確認されていたクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)や羊のスクレイピーといった神経変性疾患と類似する点が多々ありました。例えば、脳組織が破壊され穴だらけの海綿(スポンジ)状になることや、生体組織を介して伝染することです。これらの病気は病原体としてウイルスが有力視されていましたが、長らく特定に至りませんでした。
1982年、アメリカの生化学者プルシナーは病原体が感染性のタンパク質であるというプリオン説を発表しました。プルシナーはその後プリオンタンパク質が異常な構造に変形することでプリオン病を発病するメカニズムを解明し、1997年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
プリオン病の発症と感染のメカニズム

では、ただのタンパク質がどのように感染、発症を引き起こすのでしょうか?秘密は連鎖的に起こるタンパク質の構造変化にあります。
プリオンタンパク質自体はありふれたタンパク質で体のあらゆる細胞に存在し、特に脳に高濃度で存在しています。しかし、何らかの理由で正常プリオンが異常な形に折りたたまれることで異常プリオンに変形します。異常プリオンはβシート構造の積層によってアミロイドという繊維を構成するようになり、水や血液に溶けにくく、脳内の酵素でも分解されないようになります。熱にも強いため、加熱処理をしても不活性化されません。
また、異常プリオンは周りの正常プリオンを異常プリオンに変形させる性質を持ちます。一つの異常プリオンが隣の正常プリオンを変形させ、さらに隣の正常プリオンを変形させる……連鎖的に、まるで感染症の流行のように異常プリオンが増えていくのがイメージできるのではないでしょうか。そしてこの異常プリオンは小さな空胞を形成し、脳組織を破壊していきます。
異常プリオンが一定量蓄積すると体の震え、協調運動障害などの初期症状が現れます。病状が進行すると認知症のような症状が生じ、多くは肺炎が原因で死亡します。発症までの期間や病状の進行速度は人それぞれで、クールー病では潜伏期間が50年以上のケースもありました。
プリオン病の分類
プリオン病は発症原因によって大きく3つに分類されます。
- 孤発性:異常プリオンが自然発生して起こるもの
- 家族性:遺伝的に異常プリオンに変化しやすい遺伝子を持つことで起こるもの
- 獲得性:異常プリオンに汚染された食べ物を食べたり、臓器を移植された場合に起こるもの
食人習慣によってフォレ族で流行したクールー病は獲得性プリオン病ですが、流行の発生源は一人の孤発性CJD患者であったと推測されています。その患者が死亡し、埋葬の儀式で食されたことで周囲に伝染したのです。牛で流行したBSEも獲得性です。スクレイピーに感染した羊を肉骨粉にして牛に与えたことが原因と考えられています。そしてBSEに感染した牛を食べたことで変異型CJDが人で発生しました。全体の発生割合では孤発性が最も多く、全世界で毎年100万人に1人の割合で発生しています。
プリオン病の治療法
異常プリオンが正常プリオンに戻ることはなく、有効な治療法もありません。予防できるのは獲得性プリオン病のみです。感染が疑われる人の組織を移植に使用しない、牛でのBSE検査を定期的に行うなどの対策で感染を防ぐことができます。
まとめ
プリオン病は異常なプリオンタンパク質の蓄積によって引き起こされる神経変性疾患です。タンパク質によって伝染する新しい概念の病として未だに謎が多く、研究が続けられています。


