2023年9月7日、プロジェクト発足以来支えたWoven Cityの実質的な責任者であったジェームズ・カフナー(James J. Kuffner Jr.)の10月1日付けでの退任が報道された。後任はジェイクワッドダイナミクスの隈部肇社長がウーブン・バイ・トヨタのCEOに就任する。
トヨタのスマートシティプロジェクトであるWoven Cityを追っていた人からするとジェームズ・カフナーの退任は衝撃的なニュースであったろう。研究者出身で、工学系の博士号を持ち、Googleにも在籍した経験を持つ天才がトップであることはトヨタが思い描く未来の先進的な街の象徴的な存在でもあった。
ジェームズカフナーの退任は今後のWoven Cityの方向にどのような影響を与えていくのか。また、新しい社長はWoven Cityにどのようなポジティブな情報を与えうるのか。
公開されている情報をたどりながら、本記事では考察を記載していく。

ジェームズカフナーの就任で皆がWoven Cityに期待したもの

一般に「研究者」や「科学者」と呼ばれる人種へは並外れた多くの期待を向ける。例えば脳科学者と聞くと、脳に関わることの全ての専門家であるように感じる。脳科学者として有名な茂木健一郎氏は東京大学で学位を取り、理研の基礎科学特別研究員という若手研究者のトップのみが採用される登竜門を突破する紛うことなき天才の一人であるが、生物学的な脳の機能の研究では研究者としての実績はあまり多くないことは一般にはあまり知られていないことだろう。
期待を持つことは自由であるが、勝手に裏切られたと感じるのも問題なので、今一度ジェームズカフナーの実績を論文ベースで整理していく。
RRT
分野にもよるが、研究者は論文か学会発表、もしくは特許で業績を評価されることが一般的である。ジェームズカフナーが執筆した論文の中で最も有名な論文は以下の2本である。
Randomized Kinodynamic Planning Steven M. LaValle and James J. Kuffner, Jr.
RRT-connect: An efficient approach to single-query path planning James J. Kuffner, Jr. and Steven M. LaValle
いずれもgoogle scholarでの検索ベースで4000回以上の被引用件数があるヒット論文である。
私はジェームズカフナーの学術領域の専門家ではないため、詳細な説明は出来ないが、これらは自動運転技術に関連するアルゴリズムの研究のようである。
英語版wikipediaでもジェームズカフナーの説明箇所に「カフナー博士はRRTsとRRT-Connectアルゴリズムの共同開発者としておそらく最もよく知られている(筆者による訳)」と記載がある。RRTとはrapidly exploring random treeの略でランダムツリーと呼ばれる経路計画アルゴリズムの一つで高次元空間で高速に経路が生成できるアルゴリズムである。詳細はわからないものの、これらの説明を合わせ読むと自動運転の、さらにはアルゴリズムに関わるような研究者というのがジェームズカフナーの最もコアなところにありそうである。
クラウドロボティクス
また、ジェームズカフナーはGoogle参画後にアルゴリズムを活かした自動運転の技術開発に従事し、クラウドロボティクスと呼ばれる概念を2010年に提唱している。クラウドロボティクスとは文字通り、クラウドを介してロボットやセンサーが繋がって、より高度なサービスを提供することを目指す概念である。
このRRTと呼ばれる自動運転に関わるアルゴリズムの開発とクラウドロボティクスの概念の提唱から、Woven Cityにおいてジェームズカフナーが目指した未来の街がなんとなく想像出来る。
より効率の良いアルゴリズムを搭載した自動運転車が街を走り、街に存在するロボットは自動運転車も含み全てクラウドに接続されていて、日々ソフトウェアがアップデートされていく。
さて、そんなWoven Cityではあるが、ジェームズカフナーが去った後どのような街に進化を遂げていくのであろうか。新しく就任した隈部肇(くまべはじめ)社長のバックグランドから考えてみる。
ジェームズカフナー氏、RRT、クラウドロボティクス関連の参考サイト:
https://en.wikipedia.org/wiki/James_J._Kuffner_Jr.
https://qiita.com/yuishihara/items/fc0d7230f86caed9653a
ジェームズカフナーが去った後のWoven Cityへの一考察 -隈部社長のバックグラウンド-
新しくウーブン・バイ・トヨタの社長に就任する隈部肇(くまべはじめ)氏は同志社大学工学部を卒業した後に日本電装(現デンソー)に入社されキャリアを培われてきた方である。
ウーブン・バイ・トヨタの隈部氏のページによると、デンソー入社後は電子プラットフォーム開発、走行安全等を担当され、その後アドバンストセーフティ事業部担当常務役員やモビリティシステム開発など自動運転に関連していそうなことが経歴に並んでいる。
直近では2019年にデンソー、アイシン、アドヴィックス、ジェイテクト4者により設立された自動運転の統合制御ソフトウェアを開発する株式会社J-QuAD DYNAMICSのCEOに就任されており、とりわけ自動運転の中でも研究開発というより実際の運用面や安全性に関わる実務経験、実績が豊富そうな印象を受ける
https://woven.toyota/jp/leader/hajime-kumabe/
自動運転の「研究」から「実装」へ
トヨタの自動運転車e-Paletteを始め、いくつか自動運転に関わる技術は既に部分的に実用化されているものの、Woven Cityで実現を予定しているような規模のものとなると話は変わってくることが想像される。東京五輪・パラリンピックの選手村でe-Paletteが事故を起こしたのは2021年であるが、その記憶皆さんにも新しいだろう。
街に自動運転車が走り抜ける日常を実現するためにも、新しい自動運転アルゴリズムの研究開発が重要であり続けることは想像に難くない。しかしながら、どこまでアルゴリズムを完璧なものに近づけても、実際に街で自動運転の車を日常に取り入れる以上、より「実装」が重要視されることも理解出来る。
そう考えると、アカデミックなバックグラウンドを持ち、自身も自動運転技術のアルゴリズムに精通したジェームズカフナー氏から、よりビジネス的なオペレーションに精通しているであろう隈部氏へのCEOの交代は非常に理にかなっていそうである。
デンソーとのパイプ強化
また、一方別の見方もある。隈部氏の出身であるデンソーとウーブン・バイ・トヨタの結びつきを強める効果があることも一部雑誌で指摘されている。新潮社のForesightの無料掲載部分までの情報では、ウーブン・バイ・トヨタはIT人材の確保に苦戦しており、デンソーとの結びつきによって車載制御ソフトウェアの開発を進めることが出来る狙いもありそうとのことである。
https://www.fsight.jp/articles/-/50057
https://news.yahoo.co.jp/articles/dd282819b6e2b7d28615f19234421dfc66d3849e
まとめ
さて、このようにWoven Cityのトップ交代は一定の狙いがありそうなことは公式発表や報道等から想像できるが、果たしてそれだけでジェームズカフナー氏が退任すべきであったかは若干疑問が残る。
特にアカデミックな領域に強みを持つジェームズカフナー氏と良好な人間関係を保てているのであれば、ジェームズカフナー氏が何らかのポストで研究部分に関しては実権を持ったまま、実装に向けて新CEO就任のほうが対外的にもアピールになったように思う。
そう出来なかった何らかの内部的な理由があるのか、ジェームズカフナー氏との関係性なのかは今後も注視していきたい。
