話題のマイオカインについて徹底解説 -マイオカインって実在するの?-

近年注目される「マイオカイン」とは、筋肉が運動時に分泌するホルモン様物質です。筋肉が単なる運動器官ではなく、「内分泌器官」として脂肪燃焼や糖代謝の改善、さらには脳機能向上にまで影響を与えることが最新研究で明らかになってきました。本記事では、マイオカインの科学的な実在性やその生理機能、研究の最前線までを徹底解説します。

目次

はじめに(マイオカインとは何か?)

マイオカインとは、骨格筋(筋肉)から分泌されるホルモン様の物質(サイトカインやペプチド)です。筋肉が収縮すると放出され、筋肉自身や脂肪、肝臓、脳など全身の組織に作用して生理機能を調節します (Frontiers | Role of Myokines in Regulating Skeletal Muscle Mass and Function)。近年、「筋肉は内分泌器官である」という新たな概念が注目されており、筋肉が分泌するマイオカインが運動の健康効果を媒介していると考えられています (Myokine – Wikipedia)。実際、培養した筋細胞の分泌タンパク質(いわゆる筋肉の「セクレトーム」)を解析した研究では、600種類以上ものマイオカイン候補が確認されており (Frontiers | Role of Myokines in Regulating Skeletal Muscle Mass and Function)、この分野は近年急速に発展しています。

マイオカインの発見とその歴史

筋肉が物質を分泌して他臓器に影響を与えるという発見は、1990年代末から2000年代初頭にかけて大きく前進しました。特に**インターロイキン6 (IL-6)**がその先駆けとなりました。運動後の筋肉でIL-6の発現が増加し血中に放出されることが1998~2000年に報告され、これがマイオカイン研究の出発点となりました ( Skeletal Muscle as an Endocrine Organ: The Role of Myokines in Exercise Adaptations – PMC )。こうした知見を背景に、2003年にデンマークの研究者ら(ペダーセンら)によって「マイオカイン」という用語が提唱され、筋収縮によって産生・分泌され全身作用を及ぼす筋由来物質の総称として定着しました ( Skeletal Muscle as an Endocrine Organ: The Role of Myokines in Exercise Adaptations – PMC )。

その後の研究で、様々なマイオカインが次々と同定されました。例えばマイオスタチン(筋成長抑制因子とも呼ばれる)は、筋肉から分泌され筋肥大を制限するタンパク質で、1997年にその遺伝子が発見された初期のマイオカインの一つです (Frontiers | Role of Myokines in Regulating Skeletal Muscle Mass and Function)。一方、2012年には運動によって筋肉から切り出されるホルモンとしてイリシンが報告され、大きな話題を呼びました。イリシンは骨格筋膜タンパク質FNDC5から生成されるペプチドで、白色脂肪を褐色脂肪様に変化させエネルギー消費を促進する作用を持つことが示されました (Myokine – Wikipedia)。また、**脳由来神経栄養因子(BDNF)**のように、本来脳で作用する成長因子も骨格筋で産生されうることが分かり、筋肉と脳のクロストーク(相互作用)に関与するマイオカインとして注目されています。これら主要なマイオカインの発見により、筋肉が単なる運動器ではなく全身の機能調節に重要な内分泌的役割を果たすことが明らかになってきました。

マイオカインの生理学的役割

代謝調節への寄与

マイオカインは全身のエネルギー代謝を調整し、肥満や糖代謝異常の改善に関与します。運動時に筋肉から放出されるIL-6は、一見炎症性サイトカインとして知られますが、運動中にはインスリンに似た作用を示し、骨格筋や脂肪でのブドウ糖取り込みや脂肪酸の消費を促進します (Frontiers | Role of Myokines in Regulating Skeletal Muscle Mass and Function)。さらに筋由来BDNFもAMPKという酵素を介して脂肪の燃焼(脂肪酸酸化)を高める作用が報告されています (Myokine – Wikipedia)。実際、「BDNFは運動によって筋肉内で増加し脂肪酸の酸化を促進するマイオカインである」とする研究結果もあり (Association between Activity and Brain-Derived Neurotrophic Factor in Patients with Non-Alcoholic Fatty Liver Disease: A Data-Mining Analysis)、これらのマイオカインが運動時の脂肪燃焼や血糖値改善に寄与していると考えられます。こうした作用を通じて、マイオカインは肥満や2型糖尿病の予防・改善に寄与しうると期待されています ( Skeletal Muscle as an Endocrine Organ: The Role of Myokines in Exercise Adaptations – PMC )。

抗炎症作用

運動習慣が慢性炎症を軽減し生活習慣病リスクを下げる背景にもマイオカインが関与しています。筋収縮によって放出されるIL-6は、運動直後に抗炎症作用を持つサイトカインであるIL-1受容体拮抗(IL-1ra)やインターロイキン10(IL-10)の分泌を誘導し、一方で炎症促進因子であるTNF-αは増加しないことが明らかになっています (Myokine – Wikipedia)。つまり、運動に伴う筋由来IL-6の一時的増加は、免疫系において炎症を抑える方向に作用するのです。このようにマイオカインは全身の低度慢性炎症(メタボリックシンドロームや加齢に伴う慢性的な炎症状態)を軽減し、動脈硬化やインスリン抵抗性などの予防に寄与すると考えられています ( Skeletal Muscle as an Endocrine Organ: The Role of Myokines in Exercise Adaptations – PMC )。さらに一部のマイオカイン(例えばSPARCやオステオネクチンなど)は腫瘍細胞の増殖抑制にも関与する可能性が示唆されており ( Skeletal Muscle as an Endocrine Organ: The Role of Myokines in Exercise Adaptations – PMC )、運動ががんリスクを低減する仕組みの一端を担っている可能性があります。

脳機能の改善

筋肉から分泌される因子は脳にも良い影響を与えることがわかってきました。運動を続けると脳内で神経新生(ニューロンの新生)やシナプスの強化が起こり、認知機能や気分が改善することが知られていますが (Myokine – Wikipedia)、この現象にマイオカインが関与していると考えられます。先述のBDNFはその代表例で、運動によって筋肉や脳で産生が増え、神経細胞の生存や可塑性を高めることで記憶力や学習能力を向上させる作用があります。さらに近年では、イリシンが筋肉と脳をつなぐキー物質として脚光を浴びています。マウスを用いた研究では、運動で増加するイリシンを人為的に増やすと、アルツハイマー病モデルにおいて認知機能の改善や脳内の炎症軽減効果が認められました (The hormone irisin is found to confer benefits of exercise on cognitive function)。これはイリシンが血液脳関門を通って海馬など脳内で作用し、神経の保護や炎症抑制をもたらすためと考えられます (The hormone irisin is found to confer benefits of exercise on cognitive function) (The hormone irisin is found to confer benefits of exercise on cognitive function)。このようにマイオカインは脳の健康維持にも寄与し、運動による認知症予防効果のメカニズム解明につながる重要な研究対象となっています。

最新の研究動向

マイオカイン研究は現在も活発に進められており、運動の医療応用に向けた様々な成果が報告されています。特に肥満や糖尿病など代謝疾患への応用では、マイオカインを利用した「運動模倣薬(Exercise mimetics)」の可能性が探られています。例えばイリシンはその有望な候補の一つで、肥満マウスに外因的にイリシンを投与すると白色脂肪が褐色化してエネルギー消費が増加し、短期間の治療でも耐糖能の改善や体重減少効果が観察されています (Myokine – Wikipedia)。このことから、イリシンを医薬品として投与することで運動と同様の抗肥満・抗糖尿病効果を引き出せる可能性が示唆されます。ただし、現時点では動物研究の段階であり、ヒトで同様の効果を得るための安全かつ効果的な方法確立にはさらなる研究が必要です。

一方、サルコペニア(加齢に伴う筋肉減少症)や筋疾患への応用研究も進んでいます。筋肉の成長抑制因子であるマイオスタチンを阻害する抗体医薬や分子標的薬の開発が試みられ、筋ジストロフィーや加齢筋減弱の治療法として臨床試験が行われています。残念ながら現在までのところ、マイオスタチン阻害による筋量増加は確認されても機能改善という点では限定的で、期待ほどの成果には至っていません (Therapeutic applications and challenges in myostatin inhibition for …) (Lessons Learned from Discontinued Clinical Developments in …)。しかし新たなアプローチも登場しています。近年注目されるアペリンというマイオカインは、加齢とともに筋肉での産生量が低下することが報告されており、老齢マウスにアペリンを投与すると持久力や筋線維の太さが改善することが示されました (Physical Exercise and Myokines: Relationships with Sarcopenia and Cardiovascular Complications)。この発見は、アペリンを増やすことで高齢者の筋力低下(サルコペニア)を予防・治療できる可能性を示しています (Physical Exercise and Myokines: Relationships with Sarcopenia and Cardiovascular Complications) (Physical Exercise and Myokines: Relationships with Sarcopenia and Cardiovascular Complications)。このようにマイオカイン研究は、運動不足に起因する肥満・糖尿病から筋肉老化、さらには神経疾患まで、幅広い分野で新たな治療法の開発につながると期待されています。

マイオカインに関する誤解と実際のエビデンス

マイオカインがメディアで話題になる一方で、その実在性や効果に関していくつかの誤解も生じています。特に「マイオカインって本当に存在するの?」という疑問は、イリシンをめぐる議論で顕著でした。2012年のイリシン発見後、一部の研究者から「ヒトで本当にイリシンが分泌されているのか」「市販の抗体検出系は特異性に乏しく誤検出ではないか」といった批判が出されたのです (Detection and Quantitation of Circulating Human Irisin by Tandem Mass Spectrometry – PubMed)。事実、ヒトのFNDC5遺伝子は翻訳開始コドンが非標準であることなどから、イリシンがヒトで産生されない可能性も取り沙汰されました。しかし2015年、スペクルマンらのグループが最新の質量分析技術を用いてヒト血中のイリシンを直接測定することに成功し、その存在と運動による増加を明確に証明しました (Detection and Quantitation of Circulating Human Irisin by Tandem Mass Spectrometry – PubMed)。この研究では安静時の健常人の血中に約3.6 ng/mLのイリシンが存在し、運動トレーニング後には約4.3 ng/mLに上昇することが示され、「ヒトにおいてイリシン(マイオカイン)は確かに実在し、運動によって調節される」ことが結論づけられています (Detection and Quantitation of Circulating Human Irisin by Tandem Mass Spectrometry – PubMed)。つまり、マイオカインの存在自体は科学的に実証されており、「架空の物質」ではありません。

もう一つの誤解は、マイオカインの効果を過大評価しすぎる風潮です。確かにマイオカインは有望な生理活性物質ですが、それだけで魔法のように健康効果が得られるわけではありません。例えば、前述のイリシンも動物実験では体重減少効果を示しましたが、その効果は限定的であり (Myokine – Wikipedia)、長期的・大規模な検証が必要です。また、マウスで得られた顕著な効果がそのまま人間にも再現されるとは限らないという点にも注意が必要です。実際、イリシンについては「ヒトではマウスほど劇的に作用しないのではないか」との指摘もあり (Myokine – Wikipedia)、科学界でも議論が続いています。このように、マイオカインに関する情報には根拠の確かなものと不確かなものが混在しています。正しい理解のためには最新の科学的エビデンスに基づく情報を参照し、過剰な宣伝文句や断片的なデータに振り回されないことが大切です。

マイオカイン研究の課題と将来展望

マイオカイン研究は有望な反面、克服すべき課題も少なくありません。第一に、その数が非常に多いことから全容解明には時間がかかる点です。現在までに数百種類のマイオカイン候補が報告されていますが、その大半は機能が十分に解明されていません (Frontiers | Role of Myokines in Regulating Skeletal Muscle Mass and Function)。筋収縮によって実際に放出されていることが明確に証明されたものも一部に過ぎず、生体内での役割が不明なものも多く残されています (Frontiers | Role of Myokines in Regulating Skeletal Muscle Mass and Function)。第二に、マイオカイン同士や他の臓器ホルモンとの相互作用の複雑さがあります。運動時には同時に多数のマイオカインが分泌され、互いに影響し合いながら生理効果を発揮しています。そのため、単一のマイオカインの作用だけを切り離して理解するのは難しく、研究には網羅的・統合的なアプローチが求められます。さらに、ヒトを対象とした研究では運動強度や個人差など変動要因が大きく、マイオカインの測定自体も微量であるため高感度な検出技術が必要です。こうした課題に取り組みながら、研究者たちはマイオカインの生理作用の全貌解明に挑んでいます。

将来展望として、マイオカインの知見を活かした新たな予防・治療法の開発が期待されています。例えば、運動によって分泌量が増加する「善玉マイオカイン」を薬剤化し、運動困難な患者に投与して疾患を治療するアイデアです。実際に、遺伝子工学的手法で改変を加えた人工マイオカインや、運動で誘導される筋由来のエクソソーム、乳酸やβ-アミノイソ酪酸(BAIBA)などの筋代謝産物を利用した創薬研究も進みつつあります ( Skeletal Muscle as an Endocrine Organ: The Role of Myokines in Exercise Adaptations – PMC )。また、どのような運動を行えば有益なマイオカインを効率よく引き出せるのかといった運動処方の最適化も研究課題です (Myokine – Wikipedia)。筋繊維のタイプや運動様式の違いによって分泌されるマイオカインの種類や量は異なることが報告されており (Myokine – Wikipedia)、持久的な有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせることで相乗効果が得られる可能性があります。ゆえに、今後は個々の目的(例えば糖代謝改善、認知症予防、筋力維持)に合わせて最適な運動プログラムをデザインし、それに伴うマイオカイン分泌プロファイルを解明することで、「オーダーメイド運動療法」が実現するかもしれません。マイオカイン研究は、人々の健康寿命を延ばし生活習慣病を克服するための新たな地平を切り開くものとして、大いに期待されています。

まとめ

筋肉から分泌されるマイオカインは、全身の代謝や免疫、脳機能にまで影響を及ぼす重要な生理活性物質です。その存在は科学的に確立された事実であり、運動が健康にもたらす多彩な恩恵の裏にはマイオカインの働きがあると考えられます。近年の研究により多数のマイオカインが発見され、それらの機能解明や医療応用に向けた取り組みが進んでいます。まだ課題は残るものの、マイオカイン研究は「運動は最良の良薬である」という言葉を分子レベルで支えるものとして、今後さらなる発展が期待されます。私たち自身も日々の生活に適度な運動を取り入れることで、このマイオカインの恩恵を享受し、健康増進につなげていきたいものです。

本記事は以下の文献をもとに執筆しました。

(Frontiers | Role of Myokines in Regulating Skeletal Muscle Mass and Function) (Myokine – Wikipedia)

( Skeletal Muscle as an Endocrine Organ: The Role of Myokines in Exercise Adaptations – PMC )

(Frontiers | Role of Myokines in Regulating Skeletal Muscle Mass and Function) (Myokine – Wikipedia)

(Frontiers | Role of Myokines in Regulating Skeletal Muscle Mass and Function) (Myokine – Wikipedia) (Association between Activity and Brain-Derived Neurotrophic Factor in Patients with Non-Alcoholic Fatty Liver Disease: A Data-Mining Analysis) ( Skeletal Muscle as an Endocrine Organ: The Role of Myokines in Exercise Adaptations – PMC )

(Myokine – Wikipedia) ( Skeletal Muscle as an Endocrine Organ: The Role of Myokines in Exercise Adaptations – PMC )

(Myokine – Wikipedia) (The hormone irisin is found to confer benefits of exercise on cognitive function) (The hormone irisin is found to confer benefits of exercise on cognitive function)

(Myokine – Wikipedia)

(Therapeutic applications and challenges in myostatin inhibition for …) (Lessons Learned from Discontinued Clinical Developments in …) (Physical Exercise and Myokines: Relationships with Sarcopenia and Cardiovascular Complications) (Physical Exercise and Myokines: Relationships with Sarcopenia and Cardiovascular Complications)

(Detection and Quantitation of Circulating Human Irisin by Tandem Mass Spectrometry – PubMed) (Detection and Quantitation of Circulating Human Irisin by Tandem Mass Spectrometry – PubMed)

(Myokine – Wikipedia) (Myokine – Wikipedia)

(Frontiers | Role of Myokines in Regulating Skeletal Muscle Mass and Function)

( Skeletal Muscle as an Endocrine Organ: The Role of Myokines in Exercise Adaptations – PMC )

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