転写因子の基本 -生命科学系履修者にとっての必須概念を一挙解説-

目次

はじめに

転写因子とは何か?
転写因子(Transcription Factor, TF)とは、DNA上の特定の配列に結合し、その遺伝子の転写(RNAへの写し取り)を調節するタンパク質の総称です (Transcription factors and evolution: An integral part of gene expression (Review))。ゲノム上にコードされた遺伝情報を必要に応じてオンまたはオフに切り替えるスイッチ役であり、生物が一つのゲノムから細胞種類ごとの多様な遺伝子発現パターンを作り出す原動力となっています。ヒトでは約1600種類ものDNA結合性転写因子が存在し、そのおよそ19%が何らかの疾患と関連付けられています (Advances in targeting ‘undruggable’ transcription factors with small molecules)。例えば細胞の増殖や分化を司る転写因子の変異や異常発現はがんや発生異常の原因となり得るため、生命科学分野において転写因子は極めて重要な研究対象です。

生命科学分野における転写因子の重要性
発生過程では、転写因子が時空間的な遺伝子発現ネットワークを制御することで、胚のパターン形成や細胞分化が実現します。例えばショウジョウバエのHox遺伝子群(ホメオボックス遺伝子群)は、胚の体節(前後軸)に沿った体の構造決定に不可欠であり、対応する転写因子の働きで各部位の遺伝子活性が制御されます(後述) (ホメオボックス – 脳科学辞典)。また、幹細胞生物学では山中因子と呼ばれる4つの転写因子(Oct4、Sox2、Klf4、c-Myc)を人工的に発現させることで体細胞を初期化し、人工多能性幹細胞(iPS細胞)へと書き換えることが可能であると示されました ( Application of the Yamanaka Transcription Factors Oct4, Sox2, Klf4, and c-Myc from the Laboratory to the Clinic – PMC )。このように転写因子は生物の発生・分化から再生医療まで幅広い文脈で中心的な役割を果たしており、その機能解明と応用は今後の生命科学・医学に大きな影響を与えると期待されています。

転写因子の基本メカニズム

転写因子の役割と分類
転写因子は基本的に「DNAの特定配列を認識するセンサー」と「転写装置へ指令を伝えるエフェクター」という二つの役割を担います。RNAポリメラーゼが遺伝子のプロモーター(転写開始領域)に結合して転写を開始する際、転写因子はしばしばその手助けをします。大きく分類すると、基本転写因子(general transcription factors)と調節転写因子に分けられます。基本転写因子とはRNAポリメラーゼⅡによる転写開始に必須な因子群(例えばTFIIDやTFIIBなど)で、これらはDNA配列への直接結合よりも転写開始複合体の構成要素として働きます。一方、調節転写因子は特定の遺伝子の発現量を調節する因子で、エンハンサーやサイレンサーといった調節配列に結合し、標的遺伝子の転写を活性化あるいは抑制します。調節転写因子には後述するような様々な構造上のファミリーが存在し、発現する細胞種やシグナルに応じて遺伝子発現プログラムを制御しています。

DNA結合ドメインと転写制御領域
調節転写因子の多くは、構造的に大きく二つのドメイン(領域)から成ります。一つはDNA結合ドメインで、特定の塩基配列(モチーフ)を認識して二重らせんDNAに直接結合します。もう一つは転写制御ドメインで、転写そのものを促進または抑制する働きを持ちます。転写制御ドメインはしばしば他のタンパク質(共役因子)をリクルートすることで機能を発揮します。例えば転写活性化因子では、制御ドメインが共激活化因子(co-activator)を呼び寄せ、ヒストン修飾酵素やMediator複合体などを介してクロマチンを開きRNAポリメラーゼを活性化します。一方、転写抑制因子では、制御ドメインが**共抑制因子(co-repressor)**を招集し、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)などによりクロマチンを閉ざして転写を抑えます (Frontiers | Mechanistic Insights Into the Interaction Between Transcription Factors and Epigenetic Modifications and the Contribution to the Development of Obesity)。このように、同じDNA結合ドメインを持つ転写因子でも制御ドメインの違いによって遺伝子のオン・オフを切り替えるスイッチとして働くのです。

転写活性化因子と転写抑制因子の違い
活性化因子(アクチベーター)と抑制因子(リプレッサー)は、転写制御ドメインの作用様式が逆である点以外は基本構造は共通です。活性化因子はプロモーター近傍やエンハンサーに結合し、前述のように共激活化因子を介してRNAポリメラーゼの転写開始を助けます。例えば酵母のGal4タンパク質は上流活性化配列UASに結合し、転写活性ドメインがMediator複合体やTBP(TATA結合タンパク質)に相互作用して標的遺伝子の転写を促進します。一方、抑制因子はオペレーターやサイレンサー配列に結合し、物理的にRNAポリメラーゼの結合を妨げたり、クロマチンを凝縮させる因子を動員したりします。例えば哺乳類ではメチル化DNA結合タンパク質(MBDファミリー)がプロモーター上のシトシンのメチル化部位に結合し、他の転写因子やRNAポリメラーゼがプロモーターに近づけないようブロックすることで遺伝子発現を抑制します (Frontiers | Mechanistic Insights Into the Interaction Between Transcription Factors and Epigenetic Modifications and the Contribution to the Development of Obesity)。さらに、一部の抑制因子はDNAメチルトランスフェラーゼ(DNMT)をプロモーターにリクルートし、自ら標的遺伝子のプロモーター領域をメチル化して長期的なサイレンシング効果をもたらすことも報告されています (Frontiers | Mechanistic Insights Into the Interaction Between Transcription Factors and Epigenetic Modifications and the Contribution to the Development of Obesity)。

代表的な転写因子ファミリー

転写因子は進化的・構造的な類似性に基づき多くのファミリー(群)に分類されます。ここではその中でも代表的なものをいくつか紹介します。

ホメオボックス遺伝子群(Hox遺伝子とホメオドメイン)

発生生物学で有名なホメオボックス遺伝子群は、約180塩基対からなるホメオボックスと呼ばれる共通配列を持つ遺伝子群です。これらはホメオボックス配列にコードされた約60アミノ酸からなるホメオドメインというDNA結合ドメインを含む転写因子をコードします。ホメオドメインはヘリックスターンヘリックス(HTH)構造の一種であり、DNAの主溝に挿入される認識ヘリックスによって特定配列に結合します (Helix-turn-helix – Wikipedia)。Hox遺伝子はショウジョウバエからヒトまで広く保存されており、胚の前後軸(頭尾方向)に沿った体の構造(体節アイデンティティ)を決定するスイッチとして機能します。例えばショウジョウバエでは Antennapedia(アンテナペディア)遺伝子 が頭部の触角形成を抑え胸部の脚形成を誘導する役割を持ちますが、この遺伝子が変異で機能しなくなると本来触角が生える部分に脚が生えてしまうという有名なホメオティック変異(器官転換変異)が起こります (ホメオボックス – 脳科学辞典)。

(Index of /w/images/c/c8) 図1:ショウジョウバエ(上)とマウス(下)におけるHoxホメオボックス遺伝子クラスターの比較模式図 (ホメオボックス – 脳科学辞典).ショウジョウバエでは頭側から尾側に向かって Antennapedia複合体(紫・赤)および bithorax複合体(青・水色)が直線上に並ぶ。一方、哺乳類(マウス)では対応するHox遺伝子群が4つの異なる染色体上(HoxA~HoxD)にクラスターを形成し、それぞれのクラスター内で3’側(左端)から5’側(右端)への遺伝子配列が胚の前側から後側への発現領域に対応する(遺伝子の重複によりパラログと呼ばれる同系列の遺伝子が存在) (ホメオボックス – 脳科学辞典)。このようにHox遺伝子はゲノム上の配置と発現パターンに「コリニアリティ(共線性)」と呼ばれる対応関係が見られる点が特徴です。

ホメオボックス遺伝子群にコードされるホメオドメイン転写因子は主に発生・分化の時期に働き、他の遺伝子のカスケード的な発現制御を引き起こすマスターレギュレーターとして機能します。そのため一つの転写因子の変異が全体の体のパターンに劇的な影響を与えることがあり、前述のAntennapedia変異のように器官のアイデンティティが入れ替わる現象が観察されます。

bHLHファミリー(基本ヘリックスループヘリックス)

基本ヘリックスループヘリックス(basic Helix-Loop-Helix, bHLH)転写因子は、巨大なファミリーを形成する真核生物の転写因子群です。その名が示すように塩基性アミノ酸に富むαヘリックス2本がループで連結した構造モチーフ(ヘリックス-ループ-ヘリックス)を持ち、活性型では二量体を形成してDNAに結合します (Basic helix–loop–helix – Wikipedia)。bHLH転写因子は片方のサブユニットのヘリックスがもう一方のサブユニットのヘリックスとループで絡み合い二量体を作ることで、DNA結合配列に適合した構造となります。典型的にはEボックスと呼ばれる6塩基のコンセンサス配列(CANNTG、特にCACGTGが代表例)を認識し、二量体でその両側のヘリックスをDNA主溝に差し込む形で結合します (Basic helix–loop–helix – Wikipedia)。このファミリーにはMyoD(筋分化誘導因子)やNeuroD(神経分化因子)など発生に重要な因子から、c-MycHIF-1のように細胞増殖・代謝や低酸素応答に関与しがんに関連する因子まで、ヒトでは100種類以上のメンバーが知られています (Basic helix–loop–helix – Wikipedia)。例えばMyoDは線維芽細胞に強制発現させるだけで筋細胞への分化を誘導できることが示されており、bHLH因子は特定の細胞運命を決定づけるスイッチとして機能します。

ステロイド受容体(核内受容体)ファミリー

ステロイドホルモン受容体は、一見ホルモンのセンサーのように思われますが、その実体はリガンド依存的な転写因子です。代表例としてエストロゲン受容体(ER)やグルココルチコイド受容体(GR)などが挙げられます。これらは細胞質に存在してホルモン分子をリガンドとして結合すると活性化し、核内に移行してDNA上の特定配列(エストロゲン応答配列やグルココルチコイド応答配列)に結合して標的遺伝子群の転写を調節します (Transcription factor – Wikipedia)。ステロイド受容体ファミリーの転写因子は特徴的な構造としてC4型ジンクフィンガーモチーフを含むDNA結合ドメインを持ち、しばしばヘテロ二量体またはホモ二量体としてDNAの両鎖にまたがるパリンドローム配列に結合します。例えばエストロゲン受容体はエストロゲンが存在するとホモ二量体化し、DNAのエストロゲン応答エレメント(5’-AGGTCAnnnTGACCT-3’の逆向き繰り返し配列)に結合して乳腺の増殖関連遺伝子などの転写を活性化します。ステロイド受容体は生体内シグナル(ホルモン)を直接感知して転写制御に結びつける仕組みであり、生理機能の調節に重要です。その一方で、エストロゲン受容体は乳がん細胞の増殖を促すため抗エストロゲン薬(例えばタモキシフェン)の標的となるなど、創薬の面からも核内受容体型転写因子は特に注目されるファミリーです。

ヘリックスターンヘリックス(HTH)型転写因子

ヘリックスターンヘリックス(helix-turn-helix, HTH)は、DNA結合ドメインとして最も古典的に知られる構造モチーフです。2本のαヘリックスが短いターン(曲がり)で連結したシンプルな構造で、一方のヘリックス(認識ヘリックス)がDNAの主溝に深く挿入して塩基配列を読み取り、もう一方のヘリックスがDNAと直交するように支えとなって安定化します (Helix-turn-helix – Wikipedia)。HTHモチーフは主に原核生物の転写調節タンパク質で最初に見出され、大腸菌のラクトースオペロンのリプレッサー(Lacリプレッサー)やバクテリオファージλのクロ(Cro)やλリプレッサーなど多くのDNA結合タンパク質がこのモチーフを利用しています。例えばLacリプレッサーはオペレーター配列にHTHドメインを介して結合し、RNAポリメラーゼのプロモーター結合を物理的に妨害することでラクトース分解酵素遺伝子群の転写を抑制します。一方、HTHモチーフは真核生物にも存在し、前述のホメオドメインも広義にはHTH型に属します(ホメオドメインはHTHにN末端テールが付加された特殊型)。このようにHTH型転写因子は進化的に古くから存在する基本構造で、遺伝子発現制御に普遍的に利用されるモチーフと言えます。

転写因子とエピジェネティクス

ヒストン修飾と転写因子の関係
転写因子の機能は、DNAそのものへの結合だけでなく、染色体を構成するヒストンタンパク質への働きかけとも深く関わっています。活性化因子は共激活化因子としてしばしばヒストンアセチル化酵素(HAT)を呼び込み、ヌクレオソーム(DNAとヒストンの複合体)を構成するヒストンのリシン残基をアセチル化します。このヒストンアセチル化はクロマチンの凝集を緩め、転写装置がDNAにアクセスしやすい「オープンクロマチン」状態を作り出すため、転写活性化に寄与します (Frontiers | Mechanistic Insights Into the Interaction Between Transcription Factors and Epigenetic Modifications and the Contribution to the Development of Obesity)。逆に抑制因子はヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)複合体を招集し、ヒストンのアセチル基を除去してクロマチンを再凝集させることで転写を抑制します (Frontiers | Mechanistic Insights Into the Interaction Between Transcription Factors and Epigenetic Modifications and the Contribution to the Development of Obesity)。さらに、ヒストンにはアセチル化以外にもメチル化、ユビキチン化、リン酸化など多様なエピジェネティック修飾が存在し、転写因子はそれら修飾を読み取る「リーダー」タンパク質と複合体を組んだり、自ら修飾酵素をリクルートしたりして転写制御を行います。例えば有名な共激活化因子CBP/p300はHAT活性を持ち、多くの転写因子と相互作用して標的遺伝子のヒストンをアセチル化することで転写を促進します。一方、抑制因子の相互作用パートナーであるNCoR/SMRT複合体はHDAC活性を持ち、ヒストンを脱アセチル化して転写サイレンシングを行います。このように転写因子はヒストン修飾酵素を使い分けることでエピジェネティックな層で遺伝子発現を制御しています。

DNAメチル化と転写因子の相互作用
DNAのシトシン残基がメチル化されるDNAメチル化は、一般に真核生物の遺伝子サイレンシングに関わるエピジェネティック修飾です。DNAメチル化は転写因子との相互作用にも影響を与えます。プロモーター領域のCpG配列がメチル化されると、多くの場合その部位への転写因子の結合親和性が低下し、転写活性が抑制されます。また前述のようにメチル化CpG配列を認識するMBDタンパク質がプロモーターに結合すると、物理的に他の転写因子やRNAポリメラーゼの結合が阻害され、転写が強力に抑制されます (Frontiers | Mechanistic Insights Into the Interaction Between Transcription Factors and Epigenetic Modifications and the Contribution to the Development of Obesity)。一方で、転写因子自身がDNAメチル化酵素をリクルートすることで特定の遺伝子を選択的にメチル化し、発現を長期間オフにしてしまうこともあります (Frontiers | Mechanistic Insights Into the Interaction Between Transcription Factors and Epigenetic Modifications and the Contribution to the Development of Obesity)。例えば神経細胞で発現するある転写因子は、グリア細胞でDNAメチル化酵素と複合体を形成し神経特異的遺伝子をメチル化サイレンシングする、といった細胞種間の発現差を生み出す仕組みが報告されています。さらに近年では、転写因子自身がメチル化修飾(リジンメチル化など)の標的となり活性が調節される場合も知られてきており、DNAメチル化と転写因子の関係は双方向的な複雑さを持っています。

クロマチンリモデリングと転写調節
細胞内のDNAはヒストンに巻き取られてクロマチンを構成しています。遺伝子のスイッチを入れるには、このクロマチン構造を必要に応じて緩め、転写装置がDNA配列にアクセスできるようにしなければなりません。転写因子は自身ではクロマチンを大きく動かすことができないため、ATP依存性クロマチンリモデリング複合体を動員することでこれを実現します (Frontiers | Mechanistic Insights Into the Interaction Between Transcription Factors and Epigenetic Modifications and the Contribution to the Development of Obesity)。一部の転写因子、特にパイオニア因子と呼ばれる種類のもの(例:肝臓のFoxAや筋肉のPFMなど)は、凝集したヘテロクロマチン中の標的配列にも結合できる特徴があり、リモデリング酵素SWI/SNF複合体を直接呼び寄せて局所的にヌクレオソームをずらし、クロマチンを開放して他の転写因子が結合しやすい環境を作ります (Frontiers | Mechanistic Insights Into the Interaction Between Transcription Factors and Epigenetic Modifications and the Contribution to the Development of Obesity)。この働きによって、発生の初期段階などクロマチンが閉じた状態から新たな遺伝子発現プログラムを開始することが可能になります。一方で多くの転写因子はパイオニア因子ほどの「開拓能力」は持たないため、既にある程度開いたエンハンサー領域に結合して活性を発揮し、必要に応じてさらにリモデリング複合体を招集すると考えられています。ATP駆動型のリモデリング複合体(SWI/SNF、ISWI、CHD、INO80など)は、ヌクレオソームを構成するヒストン八量体をDNA上でスライドさせたり、一時的に抜き取ったり、ヒストンバリアントを置き換えたりすることでクロマチン構造を動的に変化させます。転写因子はこれらリモデラーを介して、標的遺伝子のプロモーター近傍のヌクレオソーム配置を変更し、RNAポリメラーゼの進入経路を整えることで転写活性を制御します。最近の研究では、特定の超エンハンサー領域で転写因子と共役因子が多数集積して液滴(凝縮体)を形成し、局所的に高濃度の転写装置を組み立てるといった新しいクロマチン制御の様式(液-液相分離による凝集)も提唱されており、エピジェネティクスと転写因子の関係は現在も盛んに研究が進められています。

人工転写因子と最新技術

人工転写因子(ATFs)の概要
近年、天然の転写因子の働きを工学的に利用・改変した人工転写因子(Artificial Transcription Factors, ATFs)が開発されています。人工転写因子とは、狙った遺伝子の発現を人為的に調節するために設計された分子ツールであり、異なるドメインを組み合わせて作られます。典型的には「任意のDNA配列に結合できるモジュール」と「転写活性化ドメインまたは抑制ドメイン」を人工的に融合させたタンパク質として構築されます (Frontiers | CRISPR-dCas9-Based Artificial Transcription Factors to Improve Efficacy of Cancer Treatment With Drug Repurposing: Proposal for Future Research) (Frontiers | CRISPR-dCas9-Based Artificial Transcription Factors to Improve Efficacy of Cancer Treatment With Drug Repurposing: Proposal for Future Research)。例えば、過去にはDNA結合モジュールとして特定配列を認識するジンクフィンガーTALエフェクターを利用し、それに強力な転写活性ドメイン(VP16由来のVP64など)を繋げた人工活性化因子が作製されてきました。これらは細胞内に導入すると標的遺伝子のプロモーターやエンハンサーに結合し、転写を誘導することができます。同様に、KRABドメイン(強力な転写抑制ドメイン)を融合した人工因子を導入すれば、標識した遺伝子の発現を低下させることができます。人工転写因子は生物学の研究において「ある遺伝子だけを狙ってオンオフする」という実験を可能にし、遺伝子機能の解明や将来的な治療応用へのステップとして重要な技術基盤となっています。

CRISPR/Cas9を用いた転写制御
人工転写因子技術の飛躍的進歩として、CRISPR/Cas9システムの転写制御への応用が挙げられます。Cas9は本来はDNAを切断する核酸酵素ですが、その切断活性を失わせた不活性型Cas9(dCas9)を用いることで、DNAを切断せずに狙った配列へ誘導することができます。このdCas9に前述の転写制御ドメイン(活性化ドメインや抑制ドメイン)を融合させれば、ガイドRNAで指定した任意の遺伝子座の転写を自由に操作できるRNA誘導型人工転写因子を構築できます。実際に2013年にはdCas9にVP64活性化ドメインを融合したシステムが報告され、ゲノム上の標的遺伝子を選択的かつ効率的に活性化できることが示されました ( Repurposing CRISPR System for Transcriptional Activation – PMC )。この技術はCRISPRa(CRISPR activation)と呼ばれ、複数のガイドRNAを使って同時に複数の内在性遺伝子をオンにすることも可能です。一方でdCas9にKRABドメインなどを融合すればCRISPRi(CRISPR interference)と称される転写抑制系となり、標的遺伝子の発現をノックダウンすることができます。従来の人工転写因子(ZFやTAL)に比べ、CRISPRを用いた方法はガイドRNAの配列を変えるだけで新たな標的に対応できる汎用性が高い利点があります。このため、CRISPRベースの人工転写因子は細胞内経路のマッピングや遺伝子ネットワーク解析、さらには将来的なエピゲノム編集療法への応用など、幅広い分野で注目を集めています。

転写因子を標的とした創薬の可能性
転写因子は多くの疾患で鍵となる分子であるにも関わらず、これまで医薬品の標的としては**「創薬困難なターゲット」と見なされてきました (Advances in targeting ‘undruggable’ transcription factors with small molecules)。その理由の一つは、転写因子の多くが酵素のような明確な活性部位(ポケット)を持たず、小分子化合物が結合しにくい立体構造の柔軟さ(低い構造安定性)を持つためです (Advances in targeting ‘undruggable’ transcription factors with small molecules)。またDNA上で他のタンパク質と複雑な複合体を形成して機能するため、小分子でその相互作用全てを阻害するのは難しい場合が多いのです。実際、疾患と関連する約300種類以上の転写因子のうち、創薬標的として成功裏に薬剤が開発された例はごく一握りしかありません (Advances in targeting ‘undruggable’ transcription factors with small molecules)。しかしながら、全く攻略不可能というわけではありません。核内受容体ファミリー(前述のステロイド受容体)は内因性のリガンド結合ポケットを持つため古くから創薬が盛んで、ステロイドホルモン製剤や抗ホルモン薬など多数の医薬品が開発されています (Advances in targeting ‘undruggable’ transcription factors with small molecules)。また近年では、転写因子間のタンパク質相互作用を撹乱するペプチドや小分子、転写因子に結合して分解を誘導するPROTAC分子**、さらには転写因子遺伝子そのものを標的とするRNA干渉薬遺伝子治療など、新たなアプローチが模索されています。例えばがんにおいては、長らく「アンタッチャブル」とされてきた転写因子c-Mycを間接的に狙う阻害剤や、変異型転写因子p53の機能を復元する低分子化合物などの開発研究が進められています (Advances in targeting ‘undruggable’ transcription factors with small molecules)。このように転写因子は創薬上チャレンジングな標的ですが、もし特定の病態で暴走する転写因子だけを安全に抑制できる薬剤が実現すれば、副作用を最小限にしつつ病気の根本にアプローチできる「夢の新薬」となる可能性を秘めています。

(File:Transcription factor Zif268 binding DNA.jpg – Wikimedia Commons) 図2:3本の亜鉛フィンガードメイン(ZnF1〜3)を持つ転写因子Zif268がDNAに結合した立体構造(上面から見た模式図) (File:Transcription factor Zif268 binding DNA.jpg – Wikimedia Commons).DNAの塩基は黄色(中央)、Zif268タンパク質の各ジンクフィンガードメインの骨格がピンク・緑・青で描かれており、亜鉛イオン(灰色の球)はヒスチジンとシステイン残基(赤)によって配位されている。各フィンガードメインは連続する3塩基対のエッジに接触しており、Zif268全体で9塩基対の配列を認識する (File:Transcription factor Zif268 binding DNA.jpg – Wikimedia Commons)。このようなジンクフィンガー型転写因子はドメインの組み合わせにより多様な配列を認識できるため、人工的に組み替えて任意のDNA配列に結合させる技術(ジンクフィンガーヌクレアーゼ等)にも応用されている。

転写因子研究の課題と展望

研究技術の進化と今後の課題
ヒトゲノムが解読されて以降、全転写因子の網羅的な同定や分類が進み、それぞれの結合配列や発現パターン、進化的保存性などが明らかになってきました。しかし、依然として「転写因子がゲノム上のどの標的遺伝子をどのように制御しているか」を包括的に理解するには課題が残ります。近年の技術革新により、ChIP-seq(クロマチン免疫沈降とシーケンス)で全ゲノム規模の結合サイトを網羅したり、シングルセル解析で個々の細胞における転写因子活性やクロマチン状態を調べたりできるようになりました。さらにCRISPRを用いたゲノム編集遺伝子スクリーニング技術で、転写因子やその結合サイトの機能を高効率に検証することも可能です。こうした新手法により、一見すると冗長性が高く複雑だった転写因子ネットワークの論理が徐々に解き明かされています。一方で、ある転写因子が文脈依存的に活性化因子にも抑制因子にも振る舞う場合があることや (Advances in targeting ‘undruggable’ transcription factors with small molecules)、複数の転写因子が協調作用して初めて機能を発揮するケース(「転写因子カクテル」の効果)など、新たな理解も得られました。今後、転写因子研究の大きな課題は、このような高次の遺伝子調節ネットワークの全貌を捉え、数理的モデルで予測可能にすることです。そのためには実験技術の更なる向上とともに、得られた大量のデータを統合して解釈するバイオインフォマティクス・システム生物学的アプローチが重要となるでしょう。

転写因子を活用した疾患治療の可能性
転写因子研究の知見は、将来の疾患治療やバイオテクノロジーにも応用が期待されています。例えば、山中因子を用いた細胞初期化技術は再生医療に革命をもたらしましたが、近年はこれを部分的に適用して老化細胞を若返らせる試み(いわゆるリプログラミングによるアンチエイジング)も注目されています ( Application of the Yamanaka Transcription Factors Oct4, Sox2, Klf4, and c-Myc from the Laboratory to the Clinic – PMC )。また、特定の転写因子の活性を操作して疾患を治療するコンセプトも現れています。遺伝子治療の分野では、欠損した転写因子遺伝子をウイルスベクターで導入して機能を補完する試み(例:特定の発生疾患で不足する転写因子を補充)や、がんで過剰活性な転写因子をsiRNAやASOで抑制する治療法の研究が進んでいます。さらに創薬の面でも、前述の難しさはあるものの、小分子で転写因子のパートナーとの結合を阻害したり、プロテアソーム経路に誘導して分解させたりする巧妙な戦略が検討されています。社会的にも、環境応答型の転写因子(例えばストレス応答のHSFや低酸素応答のHIF)を標的にした作物改良や、合成生物学におけるバイオセンサー開発など、応用範囲は多岐にわたります。これらはまだ研究段階のものも多いですが、転写因子の制御技術が成熟すれば、難治疾患の克服や持続可能な社会の構築に繋がる可能性があります。

まとめ

転写因子は「遺伝子の取扱説明書」を読み解き、細胞に適切な行動をとらせる指揮官のような存在です。その基本原理(特定配列認識と転写制御ドメインによるオンオフ切替)はシンプルですが、実際の生物では何百もの転写因子が相互に作用しあい、精緻なネットワークを構築しています。本記事では転写因子の基礎から代表例、エピジェネティクスとの関係、そして最新技術まで概観しました。転写因子研究は生命現象の理解に不可欠であると同時に、iPS細胞に代表されるようなイノベーションを生み出してきました。今後も解析技術や人工制御手段の発展によって、このネットワークの「プログラム」を人為的に書き換えることが可能になれば、再生医療や難病治療への新たな道が開けるでしょう。その未来に向けて、転写因子という生命の根幹スイッチを理解し活用する研究はますます重要性を増すと考えられます。

引用文献(References):

  1. Mitsis et al., World Acad Sci J (2020) – Transcription factors as primary regulators of gene expression (Transcription factors and evolution: An integral part of gene expression (Review))
  2. Rothenberg EV., Genes Dev (2022) – 定義: 転写因子は配列特異的DNA結合と選択的な遺伝子発現制御能で定義される ( Transcription factors specifically control change – PMC )
  3. Atuesta et al., J. Clin. Med. (2023) – 山中因子Oct4/Sox2/Klf4/c-Mycは体細胞を多能性細胞に初期化できる ( Application of the Yamanaka Transcription Factors Oct4, Sox2, Klf4, and c-Myc from the Laboratory to the Clinic – PMC )
  4. Henley & Koehler, Nat Rev Drug Discov (2021) – ヒト転写因子は少なくとも1600種・19%が疾患関連 (Advances in targeting ‘undruggable’ transcription factors with small molecules);創薬標的としての課題 (Advances in targeting ‘undruggable’ transcription factors with small molecules)
  5. Frontiers in Endocrinology (2018) – 転写因子はHATやHDACをリクルートして遺伝子発現を調節する (Frontiers | Mechanistic Insights Into the Interaction Between Transcription Factors and Epigenetic Modifications and the Contribution to the Development of Obesity);MBDタンパク質によるメチル化DNA介在の抑制 (Frontiers | Mechanistic Insights Into the Interaction Between Transcription Factors and Epigenetic Modifications and the Contribution to the Development of Obesity);転写因子がDNMTを動員しプロモーターをメチル化 (Frontiers | Mechanistic Insights Into the Interaction Between Transcription Factors and Epigenetic Modifications and the Contribution to the Development of Obesity)
  6. Frontiers in Endocrinology (2018) – パイオニア因子はSWI/SNF複合体と複合体を形成してクロマチンを開き他の因子の結合を促進 (Frontiers | Mechanistic Insights Into the Interaction Between Transcription Factors and Epigenetic Modifications and the Contribution to the Development of Obesity);転写因子は単独でクロマチンリモデリングできず複合体を要する (Frontiers | Mechanistic Insights Into the Interaction Between Transcription Factors and Epigenetic Modifications and the Contribution to the Development of Obesity)
  7. Martinez-Escobar et al., Front. Oncol. (2021) – 人工転写因子(ATF)は遺伝子発現を操作できる分子ツール;CRISPR/dCas9ベースのATFが精密な転写制御を可能に (Frontiers | CRISPR-dCas9-Based Artificial Transcription Factors to Improve Efficacy of Cancer Treatment With Drug Repurposing: Proposal for Future Research)
  8. Liu et al., Methods Mol Biol. (2023) – dCas9に活性化ドメインを融合することで標的遺伝子の転写活性化が可能 ( Repurposing CRISPR System for Transcriptional Activation – PMC )
  9. Wikipedia英語「Estrogen receptor」- エストロゲンは受容体と結合し核内でDNA結合、標的遺伝子の転写を変化させる (Transcription factor – Wikipedia)
  10. 脳科学辞典「ホメオボックス」(2014)- ショウジョウバエと哺乳類のHoxクラスター比較、パラログ群と体軸に沿った発現(図1説明) (ホメオボックス – 脳科学辞典);Antp突然変異体では触角が脚に変わる(図2) (ホメオボックス – 脳科学辞典)
  11. Wikipedia英語「Helix-turn-helix」- HTHは主要なDNA結合モチーフで、ヘリックス2本がターンで繋がりDNA主溝に結合 (Helix-turn-helix – Wikipedia)
  12. Wikipedia英語「Basic helix–loop–helix」- bHLHは二量体化する転写因子の大ファミリー;塩基性残基がDNA結合を助け、典型的にE-box配列CANNTGに結合 (Basic helix–loop–helix – Wikipedia)
  13. Wikimedia Commons (Dcrjsr作成, 2006) – Zif268亜鉛フィンガー転写因子がDNAに結合した構造(PDB 1AAY) (File:Transcription factor Zif268 binding DNA.jpg – Wikimedia Commons)
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