実験で遺伝子の発現量を測定するとき、どうすれば結果の信頼性を確保できるのでしょうか。例えば異なるサンプル間で得られる数値の差が、本当に遺伝子発現の差によるものか、それとも試料の量や品質の違いによるものなのかを見極める必要があります。このとき重要な役割を果たすのがハウスキーピング遺伝子と呼ばれる存在です。ハウスキーピング遺伝子は実験結果の内部対照として機能し、まさに生命科学実験の成否を握るカギとなっています。本記事では、ハウスキーピング遺伝子の定義や役割から、定量PCR(qPCR)での利用法、さらには最新の研究動向や新しい参照遺伝子候補まで、幅広く解説します。一般の科学愛好者にもわかりやすく、それでいて研究者にも読み応えのある深い内容を目指します。



ハウスキーピング遺伝子の定義と基本的な役割
ハウスキーピング遺伝子とは、多くの組織や細胞において共通して安定した量で発現している遺伝子のことです (ハウスキーピング遺伝子|キーワード集|実験医学online:羊土社 – 羊土社)。これらの遺伝子は常時発現しており、細胞の基本的な維持や増殖に不可欠なタンパク質をコードしています。言い換えれば、細胞が「生きていくための家事」を休みなくこなすように働く遺伝子であるため、「ハウスキーピング(家政)遺伝子」と呼ばれます。典型的な例として、GAPDH(グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ)やβ-アクチン(β-actin)、β2-マイクログロブリン、HPRT1(ヒポキサンチングアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ1)などが挙げられます。これらは細胞の代謝、構造維持、タンパク質合成など、基本的プロセスに関わる遺伝子であり、通常の生理状態では発現量が大きく変動しないと考えられてきました。
ハウスキーピング遺伝子のこうした性質により、生命科学のさまざまな実験で内部対照(ノーマライゼーションの基準)として利用されています。RT-PCRやリアルタイムPCR(定量PCR, qPCR)による遺伝子発現解析では、ハウスキーピング遺伝子の発現量を基準に他の遺伝子の相対的な発現量を計算します 。また、タンパク質実験のウエスタンブロットでは、試料間で等量のタンパク質がロードされたことを確認するために、ハウスキーピング遺伝子産物(例えばアクチンやチュブリンなど)のバンド強度をローディングコントロールとして用います。さらにRNA干渉(RNAi)実験でも、ハウスキーピング遺伝子をノックダウンする陽性コントロールを設定して実験系が正常に機能するか検証するなど、幅広い用途があります。このようにハウスキーピング遺伝子は実験結果の信頼性を支える縁の下の力持ちなのです。
遺伝子発現解析における内部対照としての重要性
遺伝子発現を解析する実験では、サンプル間の比較を正確に行うために内部対照(エンドジーンとも呼ばれます)としてハウスキーピング遺伝子を測定します。特にqPCRでは、鋳型となるcDNAの量や反応効率のわずかな違いでも結果に影響を及ぼすため、内部対照による補正が不可欠です (Choosing an Endogenous Control | Thermo Fisher Scientific – US)。例えば、ある遺伝子の発現量を処理ありと処理なしのサンプルで比較するとき、その差が本当に処理効果によるものか、それとも試料調整段階で生じた誤差によるものかを判断する必要があります。ここで役立つのがハウスキーピング遺伝子です。処理の有無にかかわらず発現量が変わらない遺伝子(=ハウスキーピング遺伝子)を各サンプルで同時に測定し、そのCt値(サイクル閾値)の差から試料間のcDNA量のズレを推定します。仮に目的遺伝子で観察された発現差が、内部対照でも同程度見られた場合、それは単にサンプル間の総RNA量の違いに起因する可能性が高いと判断できます。逆に、内部対照で差がなければ、目的遺伝子の差は実際の発現変動によるものと裏付けられるわけです。このようにハウスキーピング遺伝子によるノーマライゼーション(発現量の正規化)は、試料調製やPCR反応のばらつきを補正し、真の発現変動を抽出する鍵となります (Do Your Homework to Find Good Reference Genes)。
実際、qPCRではΔΔCt法などの相対定量手法が広く使われていますが、その前提として「内部対照遺伝子の発現が条件間で一定であること」が求められます。適切なハウスキーピング遺伝子を選べば、異なる細胞型や処理条件間でも発現量を比較でき、サンプル量の違いを気にせず信頼性の高い比較が可能になります (Do Your Homework to Find Good Reference Genes)。例えばThermo Fisher Scientific社は、人やマウスの各種サンプルで安定発現するTaqManエンドジーンパネル(32種類の安定発現遺伝子アッセイ)を提供しており、研究者はそこから適した内部対照を選ぶことができます (Choosing an Endogenous Control | Thermo Fisher Scientific – US)。このように、適切な内部対照の選択は遺伝子発現実験の精度を左右する重要事項なのです。

ハウスキーピング遺伝子の発現安定性と選定のポイント
「ハウスキーピング遺伝子ならどんな条件でも一定」と思われがちですが、実際には発現が文脈依存的に変動する場合があることが分かってきました。近年の研究により、従来ハウスキーピングとされてきた遺伝子であっても、生物種・組織・細胞種や処理条件によっては発現量が調節を受け変動することが明らかになっています (Identification of suitable reference genes for gene expression studies in rat skeletal muscle following sciatic nerve crush injury) (HRT Atlas v1.0 database: redefining human and mouse housekeeping genes and candidate reference transcripts by mining massive RNA-seq datasets | Nucleic Acids Research | Oxford Academic)。つまり「万能な内部対照」は存在せず、どんな条件でも発現が不変な遺伝子は知られていないのです。このため、各実験系においてどの遺伝子を内部対照に選ぶかを慎重に検討する必要性が強調されています。適切でないハウスキーピング遺伝子を内部対照に用いると、qPCR結果の定量精度が大きく損なわれ、場合によっては発現変動の見逃しや誤検出(偽陰性・偽陽性)につながる可能性があります。実際、再現性の危機といわれる問題の一因として、不適切な参照遺伝子選択が挙げられるとの指摘もあります。
では具体的に、ハウスキーピング遺伝子の発現はどの程度条件によって変わり得るのでしょうか。一例として、組織や細胞種による違いがあります。古典的なβ-アクチンやGAPDHでさえ、組織の種類によっては発現量が大きく異なることが報告されています (Choosing an Endogenous Control | Thermo Fisher Scientific – US)。また、病態や処理刺激による影響も見逃せません。図1に示すように、マウス皮膚で13種類の候補遺伝子の発現安定性(geNormというプログラムで算出される安定性指標M値)を比較した研究では、正常皮膚ではUBC(ユビキチンC遺伝子)が最も安定していた一方、ACTB(β-actin遺伝子)が最も不安定(変動が大きい)という結果でした ( Importance of Housekeeping gene selection for accurate RT-qPCR in a wound healing model – PMC )。ところが同じ解析を傷害を受けた皮膚で行うと、48時間後の創傷組織では逆にACTBが最も安定な遺伝子の一つとなり、UBCが不安定な遺伝子に転落したのです。このように、ある条件で安定な遺伝子も、別の条件では発現が変動する可能性があるため、思い込みに頼らず客観的データに基づき参照遺伝子を選ぶ必要があります。
( Importance of Housekeeping gene selection for accurate RT-qPCR in a wound healing model – PMC ) 図1: マウス皮膚組織における候補ハウスキーピング遺伝子の発現安定性評価(正常皮膚の場合)。13種類の遺伝子について、発現の安定性指標M値(低いほど安定)をgeNorm法で算出した結果。最も安定な遺伝子UBCから、最も不安定な遺伝子ACTBへと順位付けされている。条件を変えて同様の解析を行うと、この順位は大きく変動し得る(例えば傷害モデルではACTBが安定上位に入る)ことが報告されている。
こうした知見を踏まえ、現在では実験ごとに最適な参照遺伝子を選定・検証することが推奨されます。具体的には、候補となる複数のハウスキーピング遺伝子をピックアップし、それらの発現量を自分の実験条件下で測定・比較して、どれが最も一定か(変動が少ないか)を調べます (Choosing an Endogenous Control | Thermo Fisher Scientific – US)。幸い、安定性を定量的に評価するための統計アルゴリズムやツールも開発されています。代表的なものにgeNorm、NormFinder、BestKeeper、比較ΔCt法などがあり、複数遺伝子の発現データから安定度をスコア付けして最適な遺伝子を選ぶことができます。例えばgeNormでは各遺伝子のM値(他の遺伝子との発現比のブレを平均した指標)を計算し、不安定なものから順次除外していくことで安定な遺伝子を絞り込みます。このような方法で候補を比較検討し、自分の系統に最も適した内部対照を決めるのが現在の標準的なアプローチです。
さらに、複数の参照遺伝子を併用する動きも一般的になりつつあります。単一の遺伝子では完全に補正しきれない変動も、複数遺伝子の幾何平均を用いることで精度が向上することが報告されています (The dilution effect and the importance of selecting the right internal control genes for RT-qPCR: a paradigmatic approach in fetal sheep | BMC Research Notes | Full Text)。事実、腎疾患組織の発現解析では「どの単一遺伝子も安定とは言えない」ため、18S rRNAと**シクロフィリンA(PPIA)**の2種類を同時に内部対照とすることで信頼性を高めた例があります (Choosing an Endogenous Control | Thermo Fisher Scientific – US)。国際的な定量PCRのガイドライン(MIQEガイドライン)でも、可能であれば複数の参照遺伝子を用いて相対定量することが推奨されています。近年では、大規模なRNAシーケンスデータから安定発現遺伝子を網羅的に抽出する試みも行われており、ヒトで2000以上のハウスキーピング遺伝子候補のリストが報告されています (HRT Atlas v1.0 database: redefining human and mouse housekeeping genes and candidate reference transcripts by mining massive RNA-seq datasets | Nucleic Acids Research | Oxford Academic)。こうしたデータベースから実験系や組織特異性に応じた安定遺伝子を選ぶことも可能になりつつあり、参照遺伝子選定の基準は進化を続けています。
従来の代表的ハウスキーピング遺伝子と新たな候補
ハウスキーピング遺伝子として歴史的によく使われてきたものには、GAPDHや**β-アクチン(ACTB)のほか、β2-マイクログロブリン(B2M)、HPRT1、18SリボソームRNA、チュブリンなどが挙げられます (HRT Atlas v1.0 database: redefining human and mouse housekeeping genes and candidate reference transcripts by mining massive RNA-seq datasets | Nucleic Acids Research | Oxford Academic)。これらは古くから「細胞の基本機能に関与し常に発現している」と考えられてきたため、特に詳しい検証がなくとも内部対照に用いられる傾向がありました 。実際、2000年代初頭にはこれら限られた遺伝子が定量PCRのデファクトスタンダードとして広く使用され、研究コミュニティでも半ば慣習的に選ばれてきた経緯があります。しかし先述の通り、例えば「GAPDHだから絶対安定」**とは言い切れない場合があることが分かり、近年ではより慎重なアプローチが取られるようになりました。従来型の代表選手であるGAPDHやACTBも、場合によっては実験条件に応じて発現量が変動しうるため、必要に応じて他の遺伝子と入れ替えたり併用したりする姿勢が求められます 。
その結果、新しい参照遺伝子の候補も数多く報告されるようになりました。例えばリボソームの構成要素であるリボソームタンパク質系の遺伝子(RPLP0やRPL13Aなど)は、mRNAの安定性が高く多くの細胞で一定量発現することから、新たなハウスキーピング候補として注目されています ( Housekeeping gene stability influences the quantification of osteogenic markers during stem cell differentiation to the osteogenic lineage – PMC )。実際、ヒト骨髄由来幹細胞を骨への分化誘導した実験では、従来よく使われてきたβ-アクチンが分化に伴い発現量を大きく上昇させたのに対し、RPL13A遺伝子は発現変動がごくわずかで安定しており、内部対照として優れた性能を示しました。その結果、RPL13Aを用いて正規化した場合に得られた骨形成マーカー遺伝子の発現パターンは、分化の実態をよく反映したものになったと報告されています。このようにリボソーム関連遺伝子は有望な参照候補ですが、一方で18S rRNAのような極めて高発現の分子は、対象となるmRNAとは発現量が桁違いに異なるために解析上のバイアスを生む可能性も指摘されています(例:rRNAが総RNA中に占める割合変動による希釈効果 (The dilution effect and the importance of selecting the right internal control genes for RT-qPCR: a paradigmatic approach in fetal sheep | BMC Research Notes | Full Text))。そのため、リボソームRNA自体よりはリボソームタンパク質遺伝子や翻訳関連因子のほうが参照遺伝子として適している場合が多いようです。
他にも、代謝酵素(例:PGK1ホスホグリセリン酸キナーゼやSDHAコハク酸脱水素酵素)、シャペロン(例:CANXカルネキシン)、ユビキチン経路(例:UBCユビキチンC)、シグナル伝達調節(例:YWHAZ14-3-3ζ)、転写因子(例:TBPTATAボックス結合タンパク質)など、多様な機能を持つ遺伝子が参照候補として利用されています ( Importance of Housekeeping gene selection for accurate RT-qPCR in a wound healing model – PMC )。どの遺伝子が最適かは生物種や組織、処理条件に大きく依存するため、一概に「これが新定番」と断言することはできません。しかしGAPDHやβ-アクチンに代わる選択肢は確実に増えており、実験手法の高度化に伴って参照遺伝子の選定基準もアップデートされ続けています (HRT Atlas v1.0 database: redefining human and mouse housekeeping genes and candidate reference transcripts by mining massive RNA-seq datasets | Nucleic Acids Research | Oxford Academic)。例えば神経芽細胞腫の細胞ではHPRT1やSDHA、UBCが特に安定であったという報告や (Do Your Homework to Find Good Reference Genes)、ラット骨格筋損傷モデルでは先述の通りHPRT1が安定性トップであったとの報告 (Identification of suitable reference genes for gene expression studies in rat skeletal muscle following sciatic nerve crush injury)もあります。研究分野ごとに蓄積されたデータから、「この条件ではこの遺伝子がおすすめ」という知見が徐々に共有されつつあります。文献調査(文献検索)を行い自分の実験条件に近い研究ではどの参照遺伝子が使われ評価されているかを確認することは、今や実験計画の重要な一部となっています (Do Your Homework to Find Good Reference Genes)。
情報まとめ
本文中で紹介した内容を表にまとめて以下に示します。
表1: ハウスキーピング遺伝子の定義と一般的特徴
項目 | 内容 |
---|---|
定義 | ハウスキーピング遺伝子は、ほぼすべての組織や細胞で恒常的(コンスティテュティブ)に発現する遺伝子であり、特定の臓器や細胞種に限定された発現を示しません。 |
基本的役割 | 細胞の生存と基本的機能維持に不可欠なタンパク質群をコードします。これらの遺伝子産物は代謝、細胞構造維持、タンパク質合成など正常な細胞生理に必要な「最低限基本の」機能を担います。 |
発現パターン | 多様な組織や条件下で比較的一定量の発現を示し、大きな変動が少ないと考えられます。通常、発現レベルは細胞種間で大きく変わらず、発生段階や外部刺激によっても大きく変動しないことが期待されます。 |
発現調節 | 他の多くの遺伝子に比べ転写調節エレメント(エンハンサーなど)による強い制御を受けにくく、常に転写されている傾向があります。ただし、状況によって発現量が変化し得ることも報告されており、必ずしも完全に一定ではありません。 |
進化的保存性 | ハウスキーピング遺伝子は種を超えて配列が高度に保存されている傾向があります。組織特異的遺伝子よりも進化的に変化が少なく、平均的に進化速度が遅いことが知られています。 |
遺伝子構造 | 他の遺伝子と比較した特徴として、イントロンや非翻訳領域が短くコンパクトな構造を持つ例が多いとされます。実際、ヒトのハウスキーピング遺伝子ではイントロン長や遺伝子長が短めであり、ゲノム上で経済的な構造になっているとの報告があります。 |
参考文献(表1):
- Butte AJ, Dzau VJ, Glueck SB. Further defining housekeeping, or “maintenance,” genes: focus on “A compendium of gene expression in normal human tissues.” Physiol Genomics. 2001;7(2):95-6. PMID: 11773595
- Eisenberg E, Levanon EY. Human housekeeping genes, revisited. Trends Genet. 2013;29(10):569-574. PMID: 23810203
- Kouadjo KE et al. Housekeeping and tissue-specific genes in mouse tissues. BMC Genomics. 2007;8:127. PMID: 17519037
- Eisenberg E, Levanon EY. Human housekeeping genes are compact. Trends Genet. 2003;19(7):362-5. PMID: 12850439
表2: 主なハウスキーピング遺伝子の例と機能
遺伝子名 | 機能・特徴 |
GAPDH(グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ) | 解糖系の酵素であり、エネルギー産生に必須。多くの細胞で高い発現を示し、遺伝子発現解析の内部対照として頻繁に使用される。 |
ACTB(β-アクチン) | 細胞骨格(アクチンフィラメント)を構成する構造タンパク質。ほぼすべての真核細胞に存在し、細胞形状維持や運動に必須。発現量が比較的安定なため内部標準として用いられる。 |
B2M(β2-ミクログロブリン) | 細胞表面抗原であるMHCクラスI分子の軽鎖成分。全ての有核細胞に発現し、血清中にも放出される。転写レベルが多くの組織で一定であることから、リアルタイムPCRの参照遺伝子として用いられることがある。 |
RPLP0(リボソーム大サブユニット酸性ホスホプロテインP0) | リボソームの構成要素(60Sサブユニットタンパク質)で、タンパク質合成に関与。リボソームタンパク質遺伝子は細胞増殖に不可欠で広く発現し、発現変動が小さいため内部対照として用いられる。 |
HPRT1(ヒポキサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ1) | プリン塩基のサルベージ経路を担う酵素で、細胞内の核酸代謝に必須。X染色体上の遺伝子であり、多くの組織で安定した発現を示すため発現解析の基準として使われる。 |
PPIA(ペプチジルプロリルイソメラーゼA、シクロフィリンA) | タンパク質のフォールディングを助ける酵素(ロタメラーゼ)の一種で、ほとんどの細胞に発現。ハウスキーピング遺伝子の一例として各種組織で一定量発現し、内部対照遺伝子として利用される。 |
参考文献(表2):
- Song H et al. Selection of housekeeping genes as internal controls for quantitative RT-PCR analysis of the veined rapa whelk (Rapana venosa). PeerJ. 2017;5:e3398. PMID: 28584723
- Huggett J et al. Real-time RT-PCR normalisation; strategies and considerations. Genes Immun. 2005;6(4):279-284. PMID: 15815687
表3: ハウスキーピング遺伝子発現の安定性と変動要因
項目 | 内容 |
発現の安定性 | 理想的には、ハウスキーピング遺伝子は試料間で発現量が一定であり、細胞周期や刺激の有無にかかわらず発現量が変わらないことが求められます。すなわち「外部刺激に反応せず、全サンプルでほぼ同程度に発現する」のが理想的な内部対照です。 |
発現変動の報告 | 実際には、GAPDHやACTB(β-アクチン)、18S rRNAなど広く用いられてきた遺伝子でも条件によって発現量が変動しうることが多数の研究で示されています。例えば、低酸素ストレスやがん細胞ではGAPDHの発現が上昇するケースが報告されており、一律に不変とは言えません。 |
不適切な基準の影響 | 発現が変動する遺伝子を内部対照に選ぶと、ターゲット遺伝子の解析結果に誤差を生じます。不適切なハウスキーピング遺伝子を用いた場合、比較対象間で見かけ上の差異が過大または過小評価され、定量結果を誤導する可能性があります。実際、安定とは言えないGAPDHを基準にした場合と、安定なHPRT1を基準にした場合とで、同じ標的遺伝子の発現パターンが大きく異なるという報告があります。 |
対策 | このような変動を避けるため、実験ごとに適切なハウスキーピング遺伝子を事前に評価・選定することが重要です。必要に応じて複数の候補遺伝子の発現安定性を統計的手法(GeNormやNormFinderなど)で検証し、最も安定なもの、または複数を組み合わせて内部対照とすることで、正確な正規化が可能となります。 |
参考文献(表3):
- Thellin O et al. Housekeeping genes as internal standards: use and limits. J Biotechnol. 1999;75(2-3):291-5. PMID: 10617337
- Dheda K et al. The implications of using an inappropriate reference gene for real-time RT-PCR data normalization. Anal Biochem. 2005;344(1):141-3. PMID: 16054107
- Ni M et al. Selection and validation of reference genes for the normalization of qPCR in different muscle tissues of rabbits. BMC Zoology. 2022;7(1):60. PMID: 37170359
表4: 実験におけるハウスキーピング遺伝子の利用と留意点
項目 | 内容 |
内部対照としての利用 | ハウスキーピング遺伝子は、定量PCR(qRT-PCR)やノーザンブロット解析などで発現量を比較する際の内部対照(リファレンス)として広く利用されます。試料間で一定と見なせる発現を基準にすることで、目的遺伝子の相対発現量を正確に比較できます。例えば、qRT-PCRではRNA量や逆転写効率のばらつきを補正するため、GAPDHやACTBなどを基準に相対定量するのが一般的です。 |
基準遺伝子の選択 | 適切な基準遺伝子の選択は実験結果の信頼性に直結します。組織や処理条件によって最適なハウスキーピング遺伝子は異なるため、事前に候補遺伝子の中から発現変動の少ないものを選びます。近年では、GeNormやNormFinderなどのアルゴリズムを用いて候補遺伝子の発現安定性を評価し、最適な基準遺伝子を決定する手法が確立しています。 |
複数遺伝子の併用 | 単一の基準遺伝子に頼ると偏りが生じる可能性があるため、複数のハウスキーピング遺伝子を用いた幾何平均による正規化が推奨されます。Vandesompeleらの研究では、複数遺伝子の平均を基準に用いることで、より安定した正規化と高い再現性が得られることが示されています。実際、MIQEガイドラインでも複数の参照遺伝子による検証を推奨しています。 |
誤った基準の影響 | 不適切な基準遺伝子を用いた場合、定量結果に系統的誤差を導きます(表3参照)。例えば、発現が変動していたGAPDHを内部対照に用いたためにターゲット遺伝子の発現変化を過大評価してしまう、といった問題が報告されています。そのため、基準遺伝子選択の段階で十分な検証を行い、実験条件下で安定な発現を示す遺伝子を用いる必要があります。 |
参考文献(表4):
- Vandesompele J et al. Accurate normalization of real-time quantitative RT-PCR data by geometric averaging of multiple internal control genes. Genome Biol. 2002;3(7):RESEARCH0034. PMID: 12184808
- Dheda K et al. The implications of using an inappropriate reference gene for real-time RT-PCR data normalization. Anal Biochem. 2005;344(1):141-3. PMID: 16054107
- Bustin SA et al. The MIQE guidelines: minimum information for publication of quantitative real-time PCR experiments. Clin Chem. 2009;55(4):611-22. PMID: 19246619
表5: ハウスキーピング遺伝子と組織特異的遺伝子の比較
比較項目 | ハウスキーピング遺伝子 | 組織特異的遺伝子 |
発現の範囲 (Expression breadth) | ほぼ全ての組織・細胞で発現し、汎発現型(ユビキタス)を示す。各種組織でmRNAが検出され、発現の有無にはあまり差がない。 | 特定の組織や細胞種でのみ高発現し、それ以外の組織では発現が低いか検出されない。組織限定的またはステージ特異的な発現パターンを持つ。 |
発現レベル (Expression level) | 中程度の発現量で安定している場合が多い。調節は緩やかで、外的要因で急激に発現量が増減することは少ない。 | 発現レベルは非常に高い(例: 肝臓におけるアルブミン)か、あるいは全く発現しないという両極端なパターンをとることが多い。組織固有のシグナルに応答して劇的に発現誘導される場合もある。 |
プロモーター 領域の特徴 | CpGアイランドを含むGCに富んだプロモーターを持つ傾向があります。TATAボックスや強力なエンハンサーを欠く場合が多く、転写因子Sp1などによる基礎的な転写が継続する構造です。プロモーターのメチル化率も低く、常に開いたクロマチン状態に保たれることが多い。 | ATに富むプロモーター配列を持ち、明確なTATAボックスや組織特異的エンハンサー配列を含むことが多い。発現しない細胞ではプロモーター領域がDNAメチル化され不活性化されている場合も多く、クロマチンも凝縮した状態となる。CpG含量が低く、転写開始制御が厳密に調節されたプロモーターである。 |
進化速度 (進化的特徴) | 塩基配列が種間でよく保存されており、進化的に保守的です。機能が基本的で重要なため強い精密保持の圧力が働き、配列変化が起こりにくいと考えられます。実際、ハウスキーピング遺伝子群は組織特異的遺伝子群に比べて平均的な進化速度が遅いことが報告されています。 | 種ごとや系統ごとに配列の多様化が進みやすく、比較的進化速度が速い傾向があります。特定の環境や生理機能に適応して進化した結果、同一遺伝子でも種間で配列差異が大きい場合があります。 |
遺伝子構造 (Gene structure) | コーディング領域やイントロンが短くコンパクトな構造を持つ例が多い。不要な配列部分が少なく、効率的な転写・スプライシングが行われる傾向があります。例えばヒトでは、ハウスキーピング遺伝子ほどイントロン総長が短いとの解析があります。 | 複雑な調節を受けるため、長いイントロンや多様な調節配列を含む場合が多い。転写制御に必要なエレメント(エンハンサー、サプレッサーなど)が散在する結果、遺伝子全長が長くなる傾向があります。 |
参考文献(表5):
- Saxonov S et al. A genome-wide analysis of CpG dinucleotides in the human genome distinguishes two distinct classes of promoters. Proc Natl Acad Sci U S A. 2006;103(5):1412-7. PMID: 16432200
- Kouadjo KE et al. Housekeeping and tissue-specific genes in mouse tissues. BMC Genomics. 2007;8:127. PMID: 17519037
- Eisenberg E, Levanon EY. Human housekeeping genes are compact. Trends Genet. 2003;19(7):362-5. PMID: 12850439
表6: ハウスキーピング遺伝子のデータベースと代表的リスト
情報源 | 概要 |
Eisenberg & Levanonリスト(2013) | マイクロアレイ発現データを用いて同定されたヒトのハウスキーピング遺伝子リスト。【Eisenbergら(2003)】の手法を発展させ、RNAシーケンシング時代に合わせて再評価を行った結果、3,804種類の遺伝子が全ての検討組織で一様に発現すると報告しました。このリストは古典的なハウスキーピング遺伝子から未知のものまで含み、以後の研究で頻繁に参照されています。 |
HRT Atlasデータベース (Housekeeping and Reference Transcript Atlas, 2021) | 大規模RNA-seqデータを統合してヒトおよびマウスのハウスキーピング遺伝子を再定義した信頼性の高いオンラインデータベース。正常ヒト52組織・細胞の11,281サンプルを解析し、ヒトでは2,176遺伝子(2,158転写産物)が全サンプルで恒常的に発現するものとして選定されました。HRT Atlasでは各遺伝子の発現プロファイルやプライマー情報も提供されており、最新の参照遺伝子選択に活用できます。 |
Joshiらによる大規模解析 (2022) | ハウスキーピング遺伝子の定義を包括的に見直し、ヒトおよび他の10種(マウス、サル、ニワトリ、線虫など)におけるハウスキーピング遺伝子集合を抽出した最新の研究。この研究では、遺伝子必須性と発現安定性の関係を検証し、単一細胞レベルの解析も含めて複数のデータセットからハウスキーピング遺伝子リストを提供しています。例えばヒトでは、GTExやHPAなど複数の発現データを組み合わせて高精度な候補リストを作成しており、従来報告より増加した遺伝子数が提示されています。 |
参考文献(表6):
- Eisenberg E, Levanon EY. Human housekeeping genes, revisited. Trends Genet. 2013;29(10):569-574. PMID: 23810203
- Hounkpe BW et al. HRT Atlas v1.0: redefining human and mouse housekeeping genes and candidate reference transcripts by mining massive RNA-seq datasets. Nucleic Acids Res. 2021;49(D1):D947-D955. PMID: 32663312
- Joshi CJ et al. What are housekeeping genes? – Towards a unified evidence-based definition. PLoS Comput Biol. 2022;18(7):e1010362. PMID: 35830477
おわりに
ハウスキーピング遺伝子は、一見地味ながら実験データの信頼性を支える極めて重要な要素です。適切な内部対照の選択と使用により、研究者はノイズに惑わされず本質的な遺伝子発現の変化を捉えることができます。逆に言えば、参照遺伝子選びを誤ると実験の成否が左右されかねません。幸い現在では、多数の候補遺伝子や評価手法が利用可能であり、従来より格段に精度の高いノーマライゼーションが実現しています。一般の科学愛好者の方も、本記事を通じてハウスキーピング遺伝子という縁の下の力持ちに注目していただけたなら幸いです。最先端の研究では、新たなハウスキーピング遺伝子の探索や条件依存性の解明が進んでおり、この地味な脇役はこれからも実験成功のカギとして重要な役割を果たし続けるでしょう。