iPS細胞で脊髄損傷を治療? – 脊髄損傷に人類は打ち勝つ未来はすぐそこに –

目次

はじめに

脊髄損傷は、交通事故や転落などで脊髄が傷つくことで手足の麻痺や感覚消失を引き起こす重篤な障害です。一度損傷した中枢神経は自然には再生しないため、患者は生涯にわたり車椅子での生活や介護を必要とすることも少なくありません。現在、脊髄損傷に対する根本的治療法は確立されておらず (世界初 iPS細胞用いた脊髄損傷治療 臨床研究の成果発表(2025年3月21日掲載)|日テレNEWS NNN)、リハビリテーションなどの対症療法が中心です。しかし近年、再生医療の進歩により**人工多能性幹細胞(iPS細胞)**を用いて損傷した脊髄の機能を回復させる研究が飛躍的に進展しています。特に2025年3月には、京都大学の研究所と慶應義塾大学などのチームによる世界初の臨床研究成果が報じられ、脊髄損傷克服への期待が大きく高まりました。本記事では、iPS細胞とは何か、その分化メカニズムから脊髄損傷の基礎、従来治療の限界、そしてiPS細胞による神経再生医療の最前線まで、最新の研究成果を交えて解説します。臨床応用への進捗や今後の展望、さらには倫理的・社会的側面についても考察し、人類が脊髄損傷に打ち勝つ未来にどこまで近づいているのかを探ります。

本記事は生成AIを利用して執筆しています。他記事でも生成AIを利用していますが、本記事では医療に関わる内容が多く記載されているため、明示しております。

iPS細胞とは?その仕組みと分化のメカニズム

**iPS細胞(induced Pluripotent Stem cell、人工多能性幹細胞)とは、体の成熟した細胞に特定の遺伝子を導入することで、受精卵に由来する胚性幹細胞(ES細胞)**のような多能性を獲得させた細胞のことです。2006年に京都大学の山中伸弥教授らがマウスで世界に先駆けて作製に成功し、続いて2007年にはヒト皮膚細胞からの樹立にも成功しました (Induced pluripotent stem cell – Wikipedia)。山中教授は体細胞を初期化する鍵となる4つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc、通称「山中因子」)を細胞に導入することで、分化した細胞を多能性幹細胞に“巻き戻す”ことに成功したのです。この画期的発見により、受精卵を壊して樹立する従来のES細胞と異なり、自分自身の細胞から作製でき倫理的問題の少ない幹細胞が得られるようになりました。iPS細胞はES細胞と同様、あらゆる細胞に分化できる能力(多能性)と自己複製能を持ち、無限に増やせるため、再生医療や創薬への応用が期待されています。

(iPS cells | EuroGCT)
図1:患者から採取した体細胞(例:皮膚の線維芽細胞)に山中因子(Oct4, Sox2, Klf4, c-Myc)を導入してiPS細胞を作製し、さまざまな細胞種へ分化させるまでの模式図 。iPS細胞は胚性幹細胞に似た多能性を持ち、適切な誘導条件下で神経細胞や心筋細胞、軟骨細胞など体中のあらゆる細胞に分化できる。患者自身の細胞から作れば拒絶反応のリスクも低減できるが、脊髄損傷の急性期治療に間に合わせるには他者由来iPS細胞ストックの活用が現実的とされる。 (World’s First Regenerative Therapy for Spinal Cord Injury Using iPS Cells: Keio University)

iPS細胞から目的の細胞へ分化させるには、胚発生の過程を試験管内で再現するように段階的な培養条件の変更(分化誘導)が必要です。例えば神経系の細胞を作る場合、まずiPS細胞に特定の増殖因子を加えて神経前駆細胞(NPC)あるいは神経幹細胞と呼ばれる「神経のもと」になる細胞に分化させます。続いて神経前駆細胞を培養すると、一部はニューロン(神経細胞)に、一部はアストロサイトやオリゴデンドロサイトといったグリア細胞へと成熟させることができます。このようにiPS細胞は私たちの身体を構成するあらゆる細胞の源となりうるため、“細胞の種”として再生医療の材料に用いることが可能です。さらに、自分の細胞から作製したiPS細胞由来組織を移植すれば免疫拒絶の問題も回避できる可能性があります(ただし重篤な脊髄損傷の場合、患者自身の細胞から作っていては治療のタイミングを逃すため、事前に備蓄された他者由来iPS細胞を用いた治療が検討されています)。一方で、iPS細胞には無限に増殖できるがゆえの腫瘍化リスクも伴うため、分化のタイミングを精密に制御し、未成熟な細胞が混入しないよう注意する必要があります。このような課題に対処しつつ、近年では臨床応用に耐えうる安全なiPS細胞由来細胞の大量製造法も確立されつつあります。

脊髄損傷とは:病態と従来治療の限界

脊髄損傷の病態

脊髄は脳から続く中枢神経の束であり、脳と体の各部位を結ぶ情報の幹線です。これが外傷によって潰れたり切断されたりすると、損傷部位より下位の神経回路が途絶し、運動麻痺(筋力が入らない)や知覚麻痺(感覚が感じられない)が生じます。重症例では四肢麻痺や対麻痺となり、自力で歩行や日常動作ができなくなります。脊髄損傷の障害レベルはアメリカ脊髄損傷協会(ASIA)尺度でA(完全麻痺)〜E(正常)に分類され、Aと判定されると感覚・運動とも完全に失われた状態です (世界初 iPS細胞用いた脊髄損傷治療 臨床研究の成果発表(2025年3月21日掲載)|日テレNEWS NNN)。脊髄損傷が起きると、その場で生じる一次損傷(神経の断裂・出血など)に加え、直後から起こる炎症反応や浮腫、興奮性物質の放出による二次損傷によってダメージが拡大します。二次損傷により神経細胞の死や髄鞘の脱落が広がり、最終的には空洞形成や**膠化瘢痕(グリア瘢痕)**が起こって、脊髄内部に物理的・化学的な再生障壁ができてしまいます。中枢神経系では、損傷後にこれらの障壁や阻害因子が存在するため、末梢神経のように軸索(神経線維)が再生して再びつながることが極めて困難です。その結果、いったん失われた機能は自然には回復しにくくなります。

従来の治療法とその限界

急性期の脊髄損傷に対しては、可能な限り障害を軽減するための保存的・外科的治療が行われます。具体的には、抗炎症目的でステロイド薬(メチルプレドニゾロン)の投与、骨折の整復や脊椎固定術による脊髄圧迫の除去、圧迫を減らす牽引装置の装着などが検討されます (脊髓损伤- 诊断与治疗- 妙佑医疗国际 – Mayo Clinic)。これらの処置は二次損傷を抑え、残存する神経機能を少しでも保護することが目的ですが、完全に切断された神経経路を元通りにつなぐ治療ではありません。したがって、重度の脊髄損傷患者が再び歩けるようになる、といった劇的な改善は現在の標準治療だけでは極めて難しいのが現状です。リハビリテーションによる機能訓練は患者の潜在的な残存機能を最大限に引き出す上で重要ですが、完全麻痺レベルの患者でリハビリのみで有意な回復が得られる可能性は一部に限られます (世界初 iPS細胞用いた脊髄損傷治療 臨床研究の成果発表(2025年3月21日掲載)|日テレNEWS NNN)。例えば、近年の調査ではASIA-A(完全麻痺)の患者がリハビリ等で数段階も機能が改善する例は1割程度とされます。このように現在の医療では脊髄損傷を根本的に治すことは難しく、効果的な治療法の研究開発が喫緊の課題となっています ( Stem cell therapies for spinal cord injury in humans: A review of recent clinical research – PMC )。そのため、失われた神経回路を再生させる再生医療への期待が非常に高まっているのです。

iPS細胞を用いた神経再生医療の研究最前線

胚性幹細胞・胎児細胞からiPS細胞へ:研究の歩み

中枢神経系の再生医療研究は、iPS細胞が登場する以前から模索されてきました。2000年代初頭には、他人由来の胎児の脳から採取した神経幹細胞を脊髄損傷モデル動物に移植し、劇的な運動機能回復を得ることに成功しています (World’s First Regenerative Therapy for Spinal Cord Injury Using iPS Cells: Keio University)。慶應義塾大学の岡野栄之教授らは、「筋肉の萎縮を防ぐグリア細胞の補充」「髄鞘の再形成」「切断された軸索の架橋」といった神経再生メカニズムを明らかにしつつ、マウスやサルを用いた実験で脊髄損傷が治る可能性を示しました。しかし当時は倫理面の議論からヒト胎児由来細胞を用いる臨床研究は認められず、計画は一旦断念を余儀なくされます。転機が訪れたのは2007年、山中教授によるヒトiPS細胞の樹立成功です (World’s First Regenerative Therapy for Spinal Cord Injury Using iPS Cells: Keio University)。岡野教授ら研究チームは山中教授から提供を受けたiPS細胞から神経前駆細胞を作製し、再び動物実験を開始しました。そして2012年にはヒトiPS細胞由来の神経前駆細胞をマウスやサルの脊髄損傷モデルに移植し、機能回復を実現することに成功しています。iPS細胞の登場によって倫理的ハードルが下がり、研究は一気に臨床への道筋を歩み始めたのです。

神経再生医療の研究では、日本だけでなく世界中でさまざまなアプローチが試みられています。アメリカでは胚性幹細胞(ES細胞)由来の細胞を用いた世界初の臨床試験が2009年に承認され(Geron社による試み)、その後継となったAsterias社(現 Lineage社)の試験では、外傷性脊髄損傷患者に純化されたオリゴデンドロサイト前駆細胞を移植しました ( First-in-human clinical trial of transplantation of iPSC-derived NS/PCs in subacute complete spinal cord injury: Study protocol – PMC )。この試験は当初2百万個の細胞投与から開始され、安全性が確認されると漸増的に細胞数を増やしていきました。その結果、最大1千万個の細胞を移植したグループでは、多くの患者で麻痺レベルが1〜2段階改善するなど有望な結果が報告されています ( First-in-human clinical trial of transplantation of iPSC-derived NS/PCs in subacute complete spinal cord injury: Study protocol – PMC )(具体的には、例えば首から下が麻痺していた患者が肘まで動かせるようになる、といった機能回復が確認されました)。また米国の別のグループによる胎児由来の神経幹細胞を用いた臨床研究では、慢性期の完全麻痺患者4名中3名において感覚・運動機能が一部回復し、損傷レベルが1〜2レベル改善したことが報告されています ( First-in-human clinical trial of transplantation of iPSC-derived NS/PCs in subacute complete spinal cord injury: Study protocol – PMC ) (Update on Clinical Trials)。このように海外でも複数の臨床試験で安全性と有効性の手応えが示されつつあり、各国の研究者が知見を共有しながらより効果的な治療法の開発にしのぎを削っています。

一方、日本は山中教授がiPS細胞を生み出した地の利もあり、いちはやくiPS細胞ストック(他者への移植に備えたHLA型適合iPS細胞の備蓄)事業を進めるなど国を挙げて再生医療を推進してきました ( Stem cell therapies for spinal cord injury in humans: A review of recent clinical research – PMC )。その成果の一つが、脊髄損傷に対する世界初のiPS細胞臨床研究です。以下では、その画期的な最新成果について詳しく見てみましょう。

世界初の臨床研究成果:iPS細胞で脊髄はここまで再生できる

2025年3月、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)や慶應義塾大学病院などの研究チームは、脊髄損傷に対するiPS細胞由来細胞移植の臨床研究で初めて得られた成果を公表しました (世界初 iPS細胞用いた脊髄損傷治療 臨床研究の成果発表(2025年3月21日掲載)|日テレNEWS NNN)。この臨床研究は、交通事故などで脊髄を損傷し四肢麻痺となった患者に対し、損傷後2〜4週間以内の亜急性期にiPS細胞由来の神経前駆細胞を移植する世界初の試みです。対象となったのは感覚・運動が完全麻痺したASIA尺度Aの患者4名で、それぞれの損傷部位に約2百万個ずつの細胞を注入しました。この細胞数は、安全性確認のためラット実験で無害と判明した上限量に合わせた控えめな数ですが、移植後は全員に免疫抑制剤を投与しつつリハビリも併用して1年間の経過を観察しました。その結果、4人全員で重篤な副作用や移植細胞由来の腫瘍形成は確認されず、安全性が裏付けられました。さらに、有効性の面でも4人中2人の患者で運動機能の明らかな改善が見られたのです。

改善が見られた2人の症例では、それまで全く動かなかった手足に動きが戻りました。一人の高齢男性患者は、なんと介助なしで自立立位が可能となり、歩行訓練に取り組めるまでに回復しました。もう一人の中年患者も下肢の自立歩行は困難なものの、上肢の機能が改善して支えがあれば食事動作ができるようになるなど、生活の質に直結する機能回復が得られました。完全麻痺の患者がリハビリだけでここまで改善する可能性は1割程度とされる中、4人中2人で改善が見られた意義は大きく、研究チームも「明らかな手応えを感じている」と述べています (世界初 iPS細胞用いた脊髄損傷治療 臨床研究の成果発表(2025年3月21日掲載)|日テレNEWS NNN)。一方で、残る2人の患者では有意な機能改善は確認されませんでした。チームの分析によれば、効果の差は損傷部位の範囲に起因する可能性があり、効果が見られなかった2人は損傷範囲が非常に広範であったと報告されています (世界初 iPS細胞用いた脊髄損傷治療 臨床研究の成果発表(2025年3月21日掲載)|日テレNEWS NNN)。今後さらなる検証が必要ですが、細胞移植による再生効果が症例によって左右されることは他の再生医療研究でも指摘されており、改善率向上のための条件検討が続けられています。

今回の研究はわずか4症例とはいえ、「iPS細胞で失われた脊髄機能の一部を取り戻せる」ことを世界で初めて人間で示した歴史的な一歩です (世界初 iPS細胞用いた脊髄損傷治療 臨床研究の成果発表(2025年3月21日掲載)|日テレNEWS NNN) 。研究チームは、この成果によってまず安全性が担保されたことを強調しつつ、効果発現には移植細胞数などの改良の余地があると述べています。実際、今回は安全策で200万個とした移植細胞数について、「まだ少ないと感じている。今後は細胞数を増やすことも検討したい」とコメントしています。前述の海外試験では1千万個以上の大量移植で効果が上がった例もあることから ( First-in-human clinical trial of transplantation of iPSC-derived NS/PCs in subacute complete spinal cord injury: Study protocol – PMC )、次のステップとして細胞数増量試験が視野に入っています。また、対象患者についても今回は受傷後早期の亜急性期に限定していましたが、今後は発症から時間が経った慢性期の患者にも適用を広げる計画です。実際に研究チームは2027年度にも慢性期脊髄損傷患者への臨床研究開始を目指すと発表しており (世界初 iPS細胞用いた脊髄損傷治療 臨床研究の成果発表(2025年3月21日掲載)|日テレNEWS NNN)、長期間麻痺が続いている患者に対しても光明をもたらす可能性があります。さらに、より大規模な検証を行うため、できるだけ早期に企業主導の治験を開始し実用化に向けた開発を加速する方針も示されています。このように、世界初の臨床研究成果は脊髄損傷治療の新時代を切り開くマイルストーンとなりました。

その他の最新研究動向:国内外の挑戦

今回紹介した慶應大グループの研究以外にも、脊髄損傷に対する再生医療は国内外で多角的に研究されています。例えば間葉系幹細胞(MSC)を用いた治療法もその一つです。MSCは骨髄や脂肪組織に含まれる幹細胞で、神経組織への分化能は限定的ですが、組織修復を促す栄養因子(トロフィック因子)の分泌作用や免疫調整作用があります。これを利用し、損傷した脊髄周囲にMSCを投与して神経保護や炎症抑制を図るアプローチが試みられています。日本では自家骨髄由来MSCを脊髄損傷患者に点滴投与する治療法(ステミラック注射)が2018年に条件付きながら承認され、実際に医療現場で提供されています ( Stem cell therapies for spinal cord injury in humans: A review of recent clinical research – PMC )。この治療は安全性は高いものの効果には個人差があり、今後さらなる有効性評価が必要とされています。また嗅神経由来の嗅鞘細胞(OEC)移植も軸索再生を促す手法として研究されています。OECは損傷部位で軸索のガイド役を果たしうる細胞で、ポーランドでは鼻腔から採取したOECを移植して一部の麻痺が改善した症例報告もあります。さらに、生体材料(バイオマテリアル)を用いて損傷部の空洞を埋め、神経の架け橋を作る組織工学的アプローチも進んでいます。中国の研究ではNT3(神経栄養因子)を含む足場となるゲルをサルの脊髄完全横断モデルに移植し、麻痺したサルが自力歩行を回復するという驚くべき成果も報告されています (NT3-chitosan enables de novo regeneration and functional recovery in monkeys after spinal cord injury | PNAS) 。これらはiPS細胞とは直接関係しない手法ですが、電気刺激療法や遺伝子治療なども含め、多方面から脊髄再生の可能性が探られている状況です。

一方、iPS細胞を使った神経再生に話を戻すと、国内では慶應大以外にも大阪大学や京都大学など様々な機関が研究を進めています。大阪大では脊髄損傷で失われる抑制性神経に着目し、適切に分化させたiPS細胞由来神経細胞を用いて痛みや痙性を和らげる研究がされています。また京都大の再生医科学研究所では、損傷後の特殊な環境下で神経幹細胞がどう挙動するかを解析し、移植細胞の生着率向上に役立つ知見が蓄積されています。こうした基礎研究の積み重ねが、将来の治療効果の最大化につながるでしょう。

( Stem cell therapies for spinal cord injury in humans: A review of recent clinical research – PMC )
図2:脊髄損傷後の自然経過と新たな治療法の概念図。左側は損傷直後から慢性期にかけて起こる変化を示す(一次損傷による出血・軸索断裂、二次損傷としての炎症反応、慢性期の空洞形成と膠性瘢痕など)。右側は再生医療による新しい治療戦略を模式化したもの。iPS細胞由来の神経幹/前駆細胞(NS/PCs)から分化させた神経細胞やグリア細胞を移植すれば、失われた組織の一部を補い神経回路の再構築を図れる。またMSCなどの幹細胞はサイトカインなどの栄養因子を放出して損傷部位の二次障害を軽減し、軸索伸長を促す効果が期待される。他にもOEC(嗅鞘細胞)やシュワン細胞といった細胞移植によって軸索再生を促進する試みも行われている。こうした多角的アプローチを組み合わせ、将来的に脊髄の構造と機能を取り戻す治療法確立が目指されている。

臨床応用への進捗と展望

日本発のiPS細胞による脊髄再生医療は、いよいよ実用化に向けた足場が固まりつつあります。上述の世界初臨床研究の成果を受け、今後は効果の最大化と長期的な安全確認を目的とした第II相試験へ進むことが期待されています。細胞数の増加や投与タイミングの最適化、リハビリ方法の工夫など、初の試みで見えた課題を洗い出し改良したプロトコルで、さらなる症例を積み重ねていく計画です (世界初 iPS細胞用いた脊髄損傷治療 臨床研究の成果発表(2025年3月21日掲載)|日テレNEWS NNN)。企業主導治験が順調に進めば、早ければ数年以内にも条件付き早期承認制度などを通じて医療現場で提供される可能性もあります。実際、厚生労働省は再生医療等製品の承認に関して一定の有効性が示された段階での条件付き承認を認める仕組みを設けており、他の疾患ではすでに複数のiPS細胞由来製品が治験段階に入っています。

もっとも、脊髄損傷という難題相手では、単独の治療法で劇的な回復を実現するのは容易ではありません。専門家の間では、「今後は細胞移植だけでなくリハビリテーションや機械的補助、薬物療法などとの組み合わせで総合的に機能回復を図る必要がある」と指摘されています ( First-in-human clinical trial of transplantation of iPSC-derived NS/PCs in subacute complete spinal cord injury: Study protocol – PMC ) 。患者の年齢や損傷レベル、損傷からの経過時間によって最適な治療法は異なる可能性が高く、それぞれに応じたオーダーメイド医療が求められるでしょう。例えば急性期には細胞移植で神経組織の早期再建を目指し、慢性期には電気刺激や装具によるリハビリ強化で神経回路の再編を促す、といった段階的戦略も考えられます。また、将来的には遺伝子編集技術と組み合わせて移植細胞の機能を高めたり、3次元の生体足場と細胞を組み合わせて組織そのものを再建する組織工学的療法も視野に入っています。基礎研究レベルでは脊髄のオルガノイド(立体的な脊髄類似組織)作製も報告されており、これらを応用すれば欠損部分を丸ごと置換するような治療も夢ではありません。脊髄損傷克服への道のりは一歩ずつ着実に前進しており、「歩けるようになる」というかつて夢物語だった未来が現実味を帯びつつあります。

倫理的・社会的課題

再生医療の発展には倫理的・社会的な検討も不可欠です。iPS細胞はES細胞のように受精卵を壊す必要がないため倫理面の利点がありますが (Induced pluripotent stem cell – Wikipedia)、人での利用にあたっては安全性確保と慎重な手続きが求められます。たとえば患者へのインフォームド・コンセント(十分な説明と同意取得)、長期的なフォローアップ体制の構築、万一の有害事象発生時の補償など、臨床研究・治験の段階から厳格な管理が必要です。また、iPS細胞の樹立・分化・移植には高額なコストがかかることから、実用化された際の医療費や保険制度への影響も考えねばなりません。最先端医療が限られた富裕層だけのものとならないよう、公的支援や企業の参入によるコストダウン、治療体制の整備が望まれます。さらに、再生医療への過度な期待に乗じた未承認治療や闇医療にも注意が必要です。世界的に見て、科学的根拠が不十分な幹細胞治療を高額で提供するクリニックの存在が問題視されており、日本でも厚労省が無届け再生医療の取り締まりを強化しています。患者さんが正しい情報に基づいて治療を選択できるよう、研究者・医療者と社会との対話、科学リテラシーの向上が一層求められるでしょう。

幸い、iPS細胞研究は山中教授のノーベル賞受賞も契機となり世間にも広く認知され、国内では比較的オープンに議論が進められています。今後、脊髄損傷への応用が現実となれば、車椅子生活を余儀なくされていた方々が再び歩ける可能性が出てきます。それは医療のみならず社会全体にポジティブな影響をもたらす革命的出来事です。その実現に向け、倫理・安全面に配慮しつつ研究と臨床の橋渡しを着実に進めていくことが求められています。

おわりに

本記事では、iPS細胞による脊髄損傷治療の最前線について概説しました。かつて「不治の障害」と言われた脊髄損傷に対し、iPS細胞が希望の光をもたらしつつあります。iPS細胞とその分化技術の発展により、損傷した神経回路を再生して機能を取り戻すことが、もはや夢物語ではなくなりました。世界初の臨床研究で示された安全性と一部有効性という成果は、未来の治療法確立への重要な一歩です。しかし、道のりは始まったばかりでもあります。さらなる研究の蓄積と改良によって、誰もが当たり前に歩けるようになる未来を手繰り寄せなくてはなりません。それは、「車椅子のいらない世界」を実現する壮大な挑戦です。

脊髄損傷の治療法確立には、医学・生物学の専門家だけでなく、社会全体の理解と支援が欠かせません。研究への資金援助、患者を取り巻くバリアフリー環境の整備、リハビリ職や介護職との連携など、多方面からのアプローチが必要です。幸い、日本発のiPS細胞研究は世界をリードしており、その成果は人類全体の財産となります。脊髄損傷に人類が打ち勝つ未来は、確実に近づいてきています。その実現に向けて、一歩一歩着実に歩みを進めていきましょう。

参考文献・情報源:山中伸弥「iPS細胞」関連論文 (Induced pluripotent stem cell – Wikipedia) (Induced pluripotent stem cell – Wikipedia)、慶應大・京都大グループの臨床研究発表 (世界初 iPS細胞用いた脊髄損傷治療 臨床研究の成果発表(2025年3月21日掲載)|日テレNEWS NNN) (世界初 iPS細胞用いた脊髄損傷治療 臨床研究の成果発表(2025年3月21日掲載)|日テレNEWS NNN)、国内外の再生医療レビュー ( First-in-human clinical trial of transplantation of iPSC-derived NS/PCs in subacute complete spinal cord injury: Study protocol – PMC ) ( Stem cell therapies for spinal cord injury in humans: A review of recent clinical research – PMC )、米国における臨床試験報告 (Update on Clinical Trials)など。

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