ソフトウェアにおけるレガシーとモダン:モダナイゼーションによる変革とは

目次

1. はじめに

デジタルトランスフォーメーション(DX)が加速する現代において、ソフトウェアはあらゆるビジネス活動の基盤となっています。企業が競争力を維持し、成長を続けるためには、効率的で柔軟なソフトウェアシステムが不可欠です。しかし、多くの企業では「レガシー」と呼ばれる古いシステムが依然として稼働しており、これがDX推進の足かせとなるケースが少なくありません。

レガシーシステムは、長年にわたり企業の基幹業務を支えてきた一方で、維持コストの増大、セキュリティリスク、変化への対応力の欠如といった深刻な問題を抱えています 1。これに対し、「モダン」なソフトウェア開発のアプローチは、俊敏性、拡張性、回復力といった点で大きな利点を提供します。

このギャップを埋め、レガシーシステムの制約から脱却するための鍵となるのが「ソフトウェアモダナイゼーション」です。モダナイゼーションは、既存のシステムを最新の技術やアーキテクチャに適応させ、ビジネス価値を最大化するための取り組みです。

本稿では、ソフトウェアにおける「レガシー」と「モダン」の違いを初学者にも分かりやすく解説し、ソフトウェアモダナイゼーションがシステムにどのような変化をもたらすのか、その目的と具体的なアプローチを説明します。さらに、海外企業の事例を豊富に取り上げ、モダナイゼーションが実際にどのようにビジネスを変革しているかをご紹介します。

2. レガシーソフトウェアとは?

定義

レガシーソフトウェア(またはレガシーシステム)とは、一般的に、長期間にわたって使用されているものの、技術的に古くなったり、もはや開発元による積極的なサポートや開発が行われなくなったりしたコンピュータシステム、ソフトウェアアプリケーション、または技術インフラを指します。これらのシステムは、導入当初は有効であったかもしれませんが、時間の経過とともに時代遅れと見なされるようになります。重要なのは、レガシーシステムが必ずしもメインフレーム(汎用機)のような古い大型コンピュータシステムだけを指すわけではないということです。オープン系のプラットフォーム(UNIX、Linux、Windowsなど)上で構築されたシステムであっても、採用された技術が古くなったり、長年の改修によって複雑化・ブラックボックス化したりすることで、レガシーシステムとなり得ます 2。例えば、開発元からのアップデート提供が終了したアプリケーション や、技術の進歩によって陳腐化したカスタムビルドのシステム もレガシーシステムに含まれます。

主な特徴

レガシーシステムには、共通して見られるいくつかの特徴があります。

  • 古さと旧式な技術: 長年稼働しているため、使用されているプログラミング言語(例:COBOL)、フレームワーク、インフラが現代の標準から見て古いものとなっています 3
  • 複雑性とドキュメント不足: 長年の機能追加や修正が繰り返された結果、システムが大規模かつ複雑になっていることが多くあります。さらに、構築当時のドキュメントが失われていたり、更新されていなかったりするため、システムの全体像や内部構造を正確に把握することが困難になっています 3。これにより、システムが「ブラックボックス化」し、改修や保守が極めて難しくなることがあります 1
  • 柔軟性と拡張性の欠如: 新しいビジネス要件や市場の変化に合わせてシステムを修正・拡張することが困難で、時間とコストがかかります 1。需要の変動に合わせてリソースを柔軟に増減させることも苦手です。
  • 互換性の問題: 最新のハードウェア、ソフトウェア、OS、あるいは現代的なAPIやプロトコルとの互換性がない場合が多く、新しい技術やシステムとの連携が困難です 3
  • ベンダーサポートの終了: 開発元ベンダーによるサポートが終了しているケースが多く、セキュリティパッチやアップデート、技術的な支援を受けることができません 1
  • 特定のスキルや担当者への依存: COBOLのような古いプログラミング言語の知識を持つ技術者が減少しており、システムの運用・保守が特定の担当者の経験や知識に依存してしまう「属人化」が起こりがちです 1。担当者が退職・異動すると、システムが維持できなくなるリスクがあります。

主な問題点とリスク

レガシーシステムを使い続けることは、企業にとって様々な問題やリスクを引き起こします。

  • 高額な保守・運用コスト: 古い技術に対応できる人材の確保が難しく人件費が高騰するほか、サポート終了に伴う延長サポート費用、頻発する不具合への対応、旧式なハードウェアの維持・更新などに多額のコストがかかります 1。IT予算の60~80%がレガシーシステムの維持に費やされ、新規開発への投資が抑制されるというデータもあります。古いOS(例:Windows XP)を使い続けるために高額なライセンス料を支払うケースも見られます。
  • セキュリティ脆弱性: 最新のセキュリティ基準を満たしておらず、サポート終了によって新たな脆弱性が発見されても修正パッチが提供されないため、サイバー攻撃の格好の標的となります 1。特に、サポート切れの古いライブラリやフレームワークに依存している場合、既知の脆弱性を悪用されるリスクが高まります。
  • 業務非効率とシステム障害: システムの処理速度が遅かったり、頻繁にシステム障害が発生したりすることで、業務効率が低下し、生産性が損なわれます 1。英国のある調査では、非効率なシステムによって従業員が1日3時間以上を浪費しているという結果も報告されています。複雑化・ブラックボックス化したシステムでは、障害発生時の復旧にも時間がかかり、業務停止やデータ損失のリスクも高まります 1
  • イノベーションとDXの阻害: 新しい技術の導入や連携が困難なため、市場の変化への迅速な対応、新しいビジネスモデルの創出、DXの推進といったイノベーション活動の大きな妨げとなります 1。IT意思決定者の90%が、レガシーシステムがイノベーションを妨げていると感じています。
  • 人材確保の困難: 若手の開発者は、将来性の低い古い技術(例:COBOL)の習得や運用に魅力を感じにくく、レガシーシステムを扱える人材の確保や育成がますます困難になっています 1

技術的負債(Technical Debt)の説明

レガシーシステムが抱える問題の根底には、しばしば「技術的負債」と呼ばれる概念が存在します。これは、ソフトウェア開発において、短期的な利益(例:開発期間の短縮)のために、最適な設計や実装を行わずに「近道」を選んだ結果、将来的に発生する追加コスト(修正やリファクタリングの手間)を金融的な負債に例えたものです。

技術的負債は、必ずしも意図的な選択の結果だけではありません。知識不足、古い開発慣行、将来の要件に対する理解不足などによって、意図せず蓄積されることもあります。レガシーシステムにおいては、その長い歴史の中で行われた度重なる修正や場当たり的な対応、不十分なドキュメント、旧式化した技術などが原因で、技術的負債が大きく膨らんでいるケースが多く見られます。

この負債は、コードの複雑化、可読性の低下、テスト不足、古いフレームワークへの依存といった形で現れます。そして、機能追加やバグ修正を遅らせ、保守コストを増大させ、システムの不安定さやセキュリティリスクを高める要因となります。最悪の場合、負債が返済不可能なレベルまで蓄積し、システム全体を作り直さざるを得なくなる「技術的破産」に至る可能性もあります。レガシーシステムにおける高コストやリスクの多くは、この技術的負債に起因していると言えます。

レガシーシステムが抱える問題点は、単独で存在するのではなく、相互に関連し合い、負のスパイラルを生み出しています。例えば、古い技術に対応できる人材の不足 1 は、保守の困難化とコスト増大 1 を招き、それがセキュリティ対策の遅れ 1 や技術的負債のさらなる蓄積 に繋がります。システムの複雑化やブラックボックス化は、将来の改修を一層困難かつリスキーにし、イノベーションを阻害します 1。この悪循環は、システムだけでなく、ビジネス全体の停滞を招く可能性があります。

また、企業がモダナイゼーションをためらう理由の一つに、「システムがまだ機能している」という現状維持の考え方があります。しかし、これは表面的な機能性に目を奪われ、水面下で増大し続ける間接的なコスト(非効率性 3、機会損失、セキュリティリスク 1)や、変化に対応できないことによる戦略的な不利益 1 を見過ごす「機能性の罠」と言えます。一見安定しているように見えるシステムも、実際には脆弱性が増し、将来的な危機のリスクを高めている可能性があるのです。

3. モダンソフトウェアとは?

定義

モダンソフトウェアは、単に「新しい」ソフトウェアを指すのではありません。それは、現代のビジネス環境が求める俊敏性、拡張性、回復力を実現するために、特定のアーキテクチャ原則、開発手法、そして最新技術を活用して設計・構築されたソフトウェアのアプローチを指します 4。多くの場合、クラウドコンピューティングの能力を最大限に活用することが前提となっています。

主な特徴とコンセプト

モダンソフトウェアは、以下のような特徴的な技術やコンセプトに基づいています。

  • クラウドネイティブアーキテクチャ: モダンなアプリケーションの多くは「クラウドネイティブ」です。これは、特定のクラウド(パブリック、プライベート、ハイブリッド)環境の特性、特に弾力性(Elasticity)や分散性(Distributed Nature)を最大限に活用するように、ゼロから設計されていることを意味します 4。これは、単一の巨大な塊として機能する従来のモノリシックなアプリケーションとは対照的です 5
  • マイクロサービス: アプリケーションの機能を、独立して開発・デプロイ・拡張可能な小さなサービスの集合体として構築するアーキテクチャです 4。各サービスは特定のビジネス機能に焦点を当て、APIを通じて互いに連携します。これにより、一部のサービスを変更・更新しても、アプリケーション全体への影響を最小限に抑えることができます 5
  • コンテナとオーケストレーション: コンテナ技術(例:Docker)は、アプリケーションのコードとその依存関係(ライブラリ、設定ファイルなど)をひとまとめにし、どんな環境でも一貫して動作するようにパッケージ化する技術です 4。これにより、開発環境から本番環境への移行などが容易になります。コンテナオーケストレーションツール(例:Kubernetes)は、多数のコンテナのデプロイ、スケーリング、管理を自動化します。
  • API(Application Programming Interfaces): APIは、マイクロサービス間や、内部システムと外部サービスとの間でデータや機能を連携させるための標準的なインターフェース(通信規約)です 4。モダンなシステムでは、APIを介した連携が前提となります。
  • DevOpsと自動化: DevOpsは、開発(Development)チームと運用(Operations)チームが密接に連携し、協力し合う文化やプラクティスを指します 4。自動化を重視し、ソフトウェアの構築、テスト、デプロイのプロセスを迅速かつ効率的に行うことを目指します。特に、継続的インテグレーション(CI)と継続的デリバリー(CD)は、コード変更から本番環境へのリリースまでの一連の流れを自動化し、頻繁かつ信頼性の高いリリースを実現するための重要なプラクティスです 5
  • 最新の技術スタック: 最新のプログラミング言語、フレームワーク、データベース、クラウドサービスなどを活用して構築されます。

モダンソフトウェアの利点

モダンソフトウェアのアプローチを採用することで、企業は以下のような多くの利点を得ることができます。

  • 俊敏性とスピード: マイクロサービスによる独立した開発・デプロイと、CI/CDによる自動化により、新しい機能の開発や改善を迅速に行い、市場投入までの時間を短縮できます 4
  • 拡張性(スケーラビリティ): 需要の変動に応じて、アプリケーション全体ではなく、必要なサービスだけを独立してスケールアウト(リソース増強)またはスケールイン(リソース削減)させることが可能です。これにより、リソースを効率的に利用し、コストを最適化できます 4
  • 回復力(レジリエンス)と可用性: ある一つのサービスに障害が発生しても、他のサービスへの影響を最小限に抑え、アプリケーション全体の停止を防ぐことができます。また、サービスの更新やデプロイを、システムを停止させることなく(ゼロダウンタイムで)行うことも可能です 4
  • コスト効率: クラウドの従量課金モデルを活用し、必要なリソースだけを利用することで、インフラコストを最適化できます。また、自動化による運用効率の向上もコスト削減に寄与します 6
  • 柔軟性と移植性: コンテナ化により、アプリケーションを特定のインフラに縛られることなく、オンプレミス、パブリッククラウド、ハイブリッドクラウドなど、様々な環境で一貫して実行できます 4
  • セキュリティの向上: マイクロサービス化により攻撃対象領域を限定しやすくなるほか、迅速なパッチ適用や、クラウドプロバイダーが提供する最新のセキュリティ機能の活用が可能です。

比較表:レガシーソフトウェア vs モダンソフトウェア

特徴レガシーソフトウェアモダンソフトウェア
アーキテクチャモノリシック(一枚岩)、密結合マイクロサービス、疎結合、クラウドネイティブ
拡張性全体での拡張が必要、困難または高コスト 3個別サービス単位での柔軟な拡張が可能
俊敏性・変更変更が困難、影響範囲大、リリース頻度低変更が容易、影響範囲小、迅速かつ頻繁なリリース(CI/CD)
デプロイ手動プロセスが多い、時間がかかる、リスク高い自動化(コンテナ、オーケストレーション、CI/CD)
保守・運用高コスト、専門知識要、ドキュメント不足、属人化 1自動化による効率化、ただし分散システム管理の複雑さも
技術スタック古い言語、フレームワーク、インフラ最新の言語、フレームワーク、クラウドサービス、コンテナ技術
回復力一部の障害が全体に波及しやすい 1個別サービスの障害が他に影響しにくい、自己修復機能も
コストモデル初期投資大(ハードウェア)、維持費高騰従量課金(クラウド)、リソース最適化によるコスト効率
イノベーション新技術導入が困難、DXの足かせ新技術の採用が容易、イノベーションを加速

「モダン」であるということは、単に最新の技術(クラウド、コンテナ など)を使用することだけを意味するのではありません。それは本質的に、変化に対応できる設計思想、自動化の徹底(DevOps、CI/CD)、そしてアプリケーションを独立して進化させられる構造(マイクロサービス)といった、開発と運用のアプローチそのものを指します。例えば、クラウド上の仮想マシン(IaaS)を利用していても、モノリシックで更新頻度の低いアプリケーションを運用しているだけでは、モダンソフトウェアがもたらす真の恩恵(俊敏性や回復力など)は得られません。真のモダニティは、アーキテクチャの原則と開発文化の変革から生まれるのです。

一方で、モダンなアーキテクチャがレガシーシステムの多くの問題を解決するとしても、新たな種類の複雑性が生じることも事実です。多数のマイクロサービスが連携する分散システムの管理、コンテナオーケストレーションの運用、サービス間の一貫性の確保(サービスメッシュ などが必要になる場合も)といった課題です。しかし、決定的な違いは、この複雑性が、多くの場合、意図せず発生しドキュメントも不十分なレガシーシステムの複雑性とは異なり、自動化、可観測性ツール、そしてDevOpsのような定義されたプロセスによって管理されることを前提として設計されている点にあります。つまり、モダンな複雑性は、より予測可能で対処可能なものなのです。

4. ソフトウェアモダナイゼーションとは?

定義と目的

ソフトウェアモダナイゼーションとは、旧式化したレガシーソフトウェアシステムを、最新の技術、アーキテクチャ、開発プラクティスを活用して更新・刷新するプロセスです。その主な目的は、レガシーシステムが抱える様々な問題点、すなわち高額な維持コスト、セキュリティリスク、硬直性、変化への対応力の欠如などを解消することにあります 1。そして、ビジネスの俊敏性を高め、コストを削減し、セキュリティを強化し、最終的にはDXを推進して新たなビジネス価値を創出することを目指します 7

背景と緊急性

日本においては、経済産業省が2018年に発表した「DXレポート」で指摘された「2025年の崖」が、モダナイゼーションの緊急性を高める大きな要因となりました。このレポートでは、多くの企業がレガシーシステムを抱え続けることで、2025年以降、年間最大12兆円もの経済損失が生じる可能性が警告されています。また、特定の基幹システム(例:SAP ERP)の標準サポート終了 なども、企業にシステム刷新を迫る具体的な要因となっています。

モダナイゼーションとマイグレーションの違い

「モダナイゼーション」と「マイグレーション(移行)」はしばしば混同されますが、意味合いが異なります。マイグレーションは、既存のシステムやデータを、ある環境から別の環境へ移動させることを主眼とします(例:オンプレミスからクラウドへ)。単純な「リホスト(Rehost)」戦略などがこれにあたります。一方、モダナイゼーションは、単なる場所の移動にとどまらず、アプリケーションのアーキテクチャやコード、機能そのものに手を加え、クラウドネイティブの機能を活用するなどして、システムをより現代的なものへと「変革」することを目指します。多くの場合、モダナイゼーションのプロセスにはマイグレーションが含まれますが、モダナイゼーションはより広範で深い変革を意味します。

主なモダナイゼーションのアプローチ(「R」戦略)

モダナイゼーションの具体的な進め方には様々なアプローチがあり、これらはしばしば「R」で始まるキーワードで分類されます。Gartner社の「5つのR」やAWS(Amazon Web Services)の「6つのR」などが有名で、近年では「7つのR」として整理されることもあります 7。以下に、代表的な戦略を初心者向けに解説します(主にAWSの6Rをベースとし、一般的なバリエーションも考慮)。

  • 1. リホスト (Rehost): 「リフト&シフト」とも呼ばれます。アプリケーションのコードやアーキテクチャにはほとんど変更を加えず、そのまま新しいインフラ(主にクラウド)に移行する戦略です 7。最も迅速かつ低リスクで移行を開始できますが、クラウドのメリットを十分に活かせない可能性があります。大規模移行の第一歩として、あるいはクラウド上で最適化を進める前段階として選択されることがあります。
  • 2. リプラットフォーム (Replatform): 「リフト、ティンカー(いじる)、アンドシフト」とも表現されます。アプリケーションのコアアーキテクチャは変更せずに、クラウドのメリットを享受するためにいくつかの最適化を行う戦略です 7。例えば、データベースをマネージドサービス(AWS RDSなど)に移行したり、アプリケーションをマネージドプラットフォーム(AWS Elastic Beanstalkなど)で実行したりするケースが該当します。リホストよりは手間がかかりますが、一定のクラウド最適化の恩恵を受けられます。
  • 3. リパーチェス (Repurchase): 「ドロップ&ショップ」とも呼ばれます。既存のレガシーアプリケーションを廃棄し、同等の機能を持つ新しい商用ソフトウェア(多くはSaaS)に置き換える戦略です 7。例えば、自社運用のCRMシステムをSalesforceに、人事システムをWorkdayに移行するなどが考えられます。自社で開発・保守する必要がなくなりますが、適切なSaaS製品の選定、データ移行、既存システムとの連携などが課題となります。
  • 4. リファクタリング / リアーキテクト (Refactoring / Rearchitecting): アプリケーションのアーキテクチャや開発方法を根本的に見直し、クラウドネイティブな特徴(マイクロサービス化など)を活用するように大幅に改修・再構築する戦略です 7。俊敏性、拡張性、パフォーマンスなどを大幅に向上させる強いビジネスニーズがある場合に選択されます。最もコストと時間がかかりますが、最も大きな変革効果が期待できます。(注記:リファクタリングは既存コードの内部構造改善 10、リアーキテクトはアーキテクチャ自体の再設計 を指す場合もありますが、AWSなどではクラウドネイティブ化を目指す大幅な改修として一括りにされることもあります。)
  • 5. リタイア (Retire): もはやビジネス上不要になったアプリケーションやシステムを完全に廃止・廃棄する戦略です 7。移行計画策定のための現状分析(アセスメント)の過程で、不要なシステムが発見されることがよくあります。これにより、コスト削減や管理対象の削減に繋がります。
  • 6. リテイン (Retain): 特定のアプリケーションを、当面の間、現状の環境で維持し続ける戦略です 7。まだ減価償却期間中である、最近アップグレードしたばかりである、あるいは移行の優先順位が低いなどの理由が考えられます。ビジネス上の合理性に基づいて移行対象を判断することが重要です。

(補足:上記以外にも、コンポーネント単位で作り直す「リビルド(Rebuild)」、プログラムコードを新しい言語で書き直す「リライト(Rewrite)」10、システムのドキュメントを整備する「リドキュメント(Redocument)」10 といったアプローチが言及されることもあります。)

計画と実行

モダナイゼーションを成功させるためには、体系的な計画と実行が不可欠です。一般的には、まず現状のIT資産(アプリケーション、インフラ、データなど)を詳細に調査・分析し、課題を把握します(現状分析)。次に、ビジネス戦略と整合させながら、モダナイゼーションの目的と目標を明確にし、全体的な方針を決定します(戦略策定)。そして、対象となるアプリケーションごとに最適な「R」戦略を選択し、具体的な移行計画(スケジュール、リソース、技術選定など)を作成します。実行段階では、リスクを管理しながら計画に沿ってモダナイゼーションを進め、完了後も効果測定と継続的な改善を行っていくことが重要です。多くの場合、リスクを低減するために、複雑性の低いアプリケーションから着手する段階的なアプローチが推奨されます。大規模な取り組みでは、専門チーム(「モダナイゼーションファクトリー」と呼ばれることも)を組成して効率的に推進するケースもあります。

モダナイゼーション戦略の概要比較表

戦略名概要変更レベル想定工数/コスト主な利点/目的具体例
リホスト (Rehost)アプリをほぼ変更せずインフラ移行(Lift & Shift)迅速な移行、クラウド移行の第一歩オンプレミスのVMをそのままクラウドVMへ移行
リプラットフォーム (Replatform)クラウド最適化のため一部変更して移行(Lift, Tinker & Shift)クラウドの基本機能活用、性能/コスト改善DBをマネージドDB(例: AWS RDS)へ移行
リパーチェス (Repurchase)既存アプリをSaaS等で代替(Drop & Shop)大(置換)変動開発/保守からの解放、最新機能利用オンプレミスのCRMをSalesforceへ移行
リファクタリング/リアーキテクト (Refactor/Rearchitect)クラウドネイティブ化を目指し大幅改修/再構築俊敏性・拡張性・性能の大幅向上、イノベーションモノリスをマイクロサービス化してコンテナで実行
リタイア (Retire)不要なアプリを廃棄廃止低(廃棄費用)コスト削減、リスク低減、リソース集中利用されなくなった古い社内システムを停止
リテイン (Retain)現状維持(当面)なしなし移行の延期、優先度判断最近更新したばかりのシステムや、特殊な理由で移行できないシステム

これらの「R」戦略は、単なる技術的な選択肢ではなく、投資レベルと変革の度合いを示す戦略的なスペクトラム上の選択肢と捉えるべきです。どの戦略を選ぶかは、コスト、リスク、ビジネスへの影響(中断リスク)、時間的制約、そして達成したい目標(俊敏性向上、コスト削減、イノベーション促進 7 など)を総合的に勘案して決定されるべき、極めて戦略的な判断です。例えば、「リホスト」は戦術的には容易かもしれませんが、真の俊敏性を求めるならば戦略的には不十分かもしれません。逆に、完全な「リアーキテクト」は戦略的に理想的でも、コストやリスクの観点から戦術的に実行不可能かもしれません。多くの場合、最適なアプローチは、保有するアプリケーション群全体に対して複数の戦略を組み合わせ、段階的に進めること 11 になります。

さらに、モダナイゼーションの成功は、技術的な実行能力だけに依存するわけではありません。予算の確保と関係者の合意形成(コスト懸念の克服)、変化への抵抗感の管理、新しい技術に対応できるスキルギャップの解消、明確な目標設定、そしてDevOpsのような新しい働き方を支える組織文化の醸成 といった、組織的な要因への対応が極めて重要です。これらの非技術的な側面を軽視することが、モダナイゼーションプロジェクトが失敗する(Gartnerによれば80%が失敗するとも)大きな理由の一つとなっています。成功のためには、技術的な課題と同時に、組織的な準備態勢(予算、スキル、合意形成、目標、変化管理)を整えることが不可欠なのです。

5. 海外におけるモダナイゼーション事例

ソフトウェアモダナイゼーションが実際にどのように進められ、どのような成果をもたらしているのかを理解するために、海外企業の具体的な事例を見ていきましょう。これらの事例は、多様な業界や課題に対して、様々なアプローチが取られていることを示しています。

事例1: Twitter Ads(広告技術)

  • 課題: Twitter(現X)の広告収益システムは、ユーザーベースの拡大に伴い、オンプレミスのHadoop/Scaldingベースのデータ処理基盤では、スケーラビリティ、コスト、信頼性、柔軟性の面で限界に達していました。技術的負債も蓄積していました 12
  • アプローチ: Google Cloudへの段階的な移行とリアーキテクトを実施しました。データストレージにはBigQueryやCloud Bigtable、クエリサービスにはGoogle Kubernetes Engine (GKE)、データ変換パイプラインにはApache BeamとDataflow、データストリーミングにはPub/Subを採用しました。機密性の高いデータはオンプレミスに残すハイブリッドクラウド戦略を取り、アーキテクチャの疎結合化を進めました 12
  • 成果: 移行開始から6ヶ月以内にリリース俊敏性が向上しました。データレイテンシが削減され、データパイプラインの信頼性と柔軟性が向上し、新機能開発が加速しました。技術的負債も削減されました 12

事例2: Airbnb(プラットフォーム/マーケットプレイス)

  • 課題: 急成長に伴い、初期のRuby on Rails製モノリシックアーキテクチャ(”monorail”)は依存関係が増大し、リリース速度の低下、頻繁なロールバック、スケーリングの困難といった問題を引き起こしていました 12
  • アプローチ: まずサービス指向アーキテクチャ(SOA)へ移行し、その後、マイクロサービスアーキテクチャを採用してKubernetes上で実行する戦略を選択しました。多数のマイクロサービスと増大するノード数を管理するために、マルチクラスター構成のKubernetes環境を構築し、設定管理の簡素化のためにYAMLテンプレートや内製ツール(Kube-gen)を活用しました 12
  • 成果: 年間12万5千回の本番デプロイを実現し、7000以上のノードで構成されるKubernetesクラスター上で多数のサービスを稼働させるなど、大幅なスケーラビリティとデプロイ頻度の向上を達成しました。技術的負債の削減、リリース時間の短縮、エラーと依存関係の低減にも成功しました 12

事例3: Spotify(メディアストリーミング)

  • 課題: ウェブプレイヤーとデスクトップアプリで技術スタックが異なっていたため、機能開発の複雑性が増し、迅速な機能提供が困難になっていました。また、ウェブプレイヤーはデスクトップアプリに比べて機能が劣っていました 12
  • アプローチ: ウェブプレイヤーのコードベースを、デスクトップアプリと同等の機能とパフォーマンスを持つようにモダナイズすることを決定しました。フロントエンドをReactとTypeScriptで再構築し、プラットフォームに依存しないAPI(APIゲートウェイパターン)を設計してUIを実装しました 12
  • 成果: ウェブとデスクトップで一貫したユーザー体験を提供できるようになり、開発速度が向上しました。ウェブプレイヤーでもダウンロード、オフライン再生、ローカルファイル再生といった高度な機能を提供できるようになり、1年以内に新しいデスクトップクライアントのローンチにも成功しました 12

事例4: Euro Car Parts(小売/Eコマース)

  • 課題: 英国の大手自動車部品販売業者であるEuro Car Partsは、強力な実店舗網を持つ一方で、旧式のEコマースプラットフォームが原因でオンライン市場での競争に苦戦していました。プラットフォームは拡張性に欠け、コンバージョン率の最適化も不十分で、在庫管理やフルフィルメントプロセスとの連携も効果的ではありませんでした 13
  • アプローチ: デジタル変革パートナーと共に、APIファースト、マイクロサービス、クラウドコンピューティングを活用した包括的なモダナイゼーションを実施しました。ウェブサイトのUI/UX改善、国別サイトの構築、クリック&コレクトや当日配送機能の実装、倉庫業務の自動化、ERP(Microsoft Dynamics NAV)連携、分析機能の強化など、多岐にわたる改修を行いました 13
  • 成果: オンライン売上が飛躍的に増加し、英国のトップオンライン小売業者の仲間入りを果たしました。レガシーな小売業者がモダナイゼーションによってオンラインで成功できることを示す好例となりました 13

事例5: Netflix(メディアストリーミング)

  • 課題: 2008年にオンプレミスのインフラで大規模なデータベース障害を経験し、グローバル展開に向けてより高い信頼性とスケーラビリティが必要となりました。
  • アプローチ: 数年をかけて、技術スタック全体をAWSクラウドへ移行しました。アプリケーションを根本的に再設計・再構築し(リアーキテクト/リファクタリング)、マイクロサービスアーキテクチャを採用し、クラウドの水平スケーラビリティと回復力を最大限に活用しました。
  • 成果: 高い信頼性とスケーラビリティを獲得し、2008年比で8倍以上の会員増とグローバルなサービス展開を実現しました。クラウドへの大規模なリアーキテクチャによる成功事例として広く知られています。

これらの事例から分かるように、モダナイゼーションのアプローチは一つではありません。Twitterは段階的なクラウド移行、AirbnbはマイクロサービスとKubernetes、Spotifyはフロントエンド刷新、Euro Car Partsは広範なデジタル変革、Netflixは数年がかりのクラウドネイティブ化と、各社が直面する固有のビジネス課題、既存システムの状況、技術力、そして戦略的目標に応じて、最適な戦略を選択・実行しています。画一的な解決策はなく、自社の状況に合わせたテーラーメイドのアプローチが求められます。

そして何より重要なのは、これらの取り組みが単なるITインフラの更新にとどまらず、具体的なビジネス価値を生み出している点です。リリースサイクルの短縮や開発速度の向上(Twitter, Airbnb, Spotify 12)、圧倒的な規模への対応力とグローバル展開の実現(Airbnb, Netflix 12)、ユーザー体験の向上と機能拡充(Spotify 12)、売上の大幅な増加(Euro Car Parts 13)、そしてシステムの信頼性向上(Netflix, Twitter 12)など、モダナイゼーションへの投資が、測定可能なビジネス成果と競争優位性に直結していることが明確に示されています。

6. まとめ

本稿では、ソフトウェアにおける「レガシー」と「モダン」の違い、そしてレガシーシステムからモダンシステムへと移行するための「ソフトウェアモダナイゼーション」について解説しました。

レガシーソフトウェアは、長年の稼働実績がある一方で、技術的な古さ、複雑性、硬直性、高額な維持コスト、そしてセキュリティリスクといった多くの課題を抱えています。これらは相互に関連し、企業の成長やイノベーションを阻害する要因となり得ます。

対照的に、モダンソフトウェアは、クラウドネイティブ、マイクロサービス、コンテナ、DevOpsといった現代的な技術とアプローチに基づき、俊敏性、拡張性、回復力、コスト効率といった大きな利点を提供します。ただし、それは単なる技術導入ではなく、変化に対応するための設計思想と開発文化の変革を伴います。

ソフトウェアモダナイゼーションは、レガシーシステムの限界を克服し、モダンソフトウェアの利点を享受するための重要な橋渡し役です。リホスト、リプラットフォーム、リパーチェス、リファクタリング/リアーキテクト、リタイア、リテインといった多様な戦略の中から、自社の状況と目的に合った最適なアプローチを選択し、計画的に実行することが求められます。

海外の先進企業の事例が示すように、モダナイゼーションは単なる技術的な刷新ではなく、ビジネスの俊敏性を高め、新たな価値を創出し、競争力を強化するための戦略的な取り組みです。確かに、モダナイゼーションにはコスト、リスク、組織的な課題といった困難も伴います。しかし、変化の激しいデジタル時代において、レガシーシステムの制約に縛られ続けることのリスクは計り知れません。

自社のシステムを見つめ直し、モダナイゼーションを単なるコスト削減策としてではなく、将来の成長と持続可能性を確保するための戦略的投資として捉え、検討を開始することが、今、多くの企業にとって不可欠と言えるでしょう。

引用文献

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  11. Real-world cloud migration strategies | Google Cloud Blog, 5月 4, 2025にアクセス、 https://cloud.google.com/blog/products/cloud-migration/real-world-cloud-migration-strategies
  12. 6 Success Stories Where Application Modernization Helped Reduce …, 5月 4, 2025にアクセス、 https://www.simform.com/blog/application-modernization-to-reduce-tech-debt/
  13. Application Modernization Case studies and Success Stories, 5月 4, 2025にアクセス、 https://www.netsolutions.com/hub/application-modernization/case-studies/
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