はじめに:なぜビジネスパーソンに会計知識(P/L・B/S)が重要なのか
ビジネスの世界において、自社や取引先の財務状況を理解することは、役職や職種に関わらず極めて重要です。会計は専門家の領域だと考えられがちですが、基本的な知識、特に損益計算書(P/L)と貸借対照表(B/S)の理解は、ビジネスの意思決定や状況把握に不可欠な羅針盤となります。これらは、会社の「成績表」や「健康診断書」に例えられ、企業の活動結果とその時点での財産状態を示しています 1。
しかし、多くのビジネスパーソン、特に会計初学者にとって、これらの財務諸表は複雑で取っ付きにくいものと感じられるかもしれません 4。専門用語が多く、数字の羅列に見えるため、どこから手をつければ良いか分からないという声も聞かれます。
この記事では、そうした会計の初学者の方々を対象に、ビジネスの基本である損益計算書(P/L)と貸借対照表(B/S)について、「一挙解説」と銘打ち、その意味、構成要素、違い、そして両者の重要な関連性を、可能な限り分かりやすく解説します [ユーザーリクエスト]。さらに、日本の会計基準と国際的な会計基準の違いについても触れ、より広い視野を提供することを目指します。本稿を通じて、財務諸表への苦手意識を克服し、ビジネスにおける会計知識の活用への第一歩を踏み出す一助となれば幸いです。
第1章:損益計算書(P/L – Profit and Loss Statement)を解き明かす:企業の「経営成績」レポート
1.1 損益計算書(P/L)とは? 一定期間の経営成績(フロー)の物語
損益計算書(そんえきけいさんしょ、P/L)とは、企業が特定の期間(通常は1事業年度や四半期)において、どれだけの収益を上げ、どれだけの費用を使い、結果としてどれだけの利益または損失を出したかを示す財務諸表です 1。これは、その期間中の企業の財務的なパフォーマンスを記録した「ビデオ映像」のようなものと考えることができます。
損益計算書の主な目的は、その期間における企業の「収益力」(稼ぐ力)や「成長性」を示すことです 1。具体的には、「この期間、会社はどれだけうまく経営できたか?」という問いに答えるための書類と言えます。しばしば、企業の「経営成績表」や「パフォーマンスレポート」に例えられます 1。この書類を見れば、企業がその期間に儲かったのか、それとも損をしたのかが一目でわかります。
日本では、株式会社や合同会社は、決算時に貸借対照表(B/S)と共に損益計算書を作成することが会社法で義務付けられています 1。また、青色申告を行う個人事業主なども作成が必要です 7。
1.2 P/Lの核心要素:収益・費用・利益
損益計算書は、基本的に以下の3つの要素から構成されています 1。
- 収益(しゅうえき): 企業がその期間の事業活動(商品販売やサービス提供など)によって得た収入の総額です 1。
- 費用(ひよう): その収益を得るために、企業がその期間に費やしたコストの総額です(商品の仕入原価、従業員の給与、家賃、広告費など) 1。
- 利益(りえき)または損失(そんしつ): 収益から費用を差し引いた結果です。収益が費用を上回れば利益、下回れば損失となります 1。計算式はシンプルに 利益=収益−費用 と表せます。
ここで重要な会計原則の一つに「費用収益対応の原則」があります 1。これは、ある収益を獲得するために直接かかった費用は、その収益が計上されるのと同じ会計期間に費用として計上すべき、という考え方です。例えば、製品Aの売上に関連する原材料費や製造費は、製品Aの売上が計上されたのと同じ期間に費用として認識する必要があります。これにより、特定の期間の損益状況がより正確に反映されることになります 1。
1.3 5つの利益:収益性の「玉ねぎ」を剥く
損益計算書は、単に最終的な利益を示すだけでなく、利益を段階的に計算・表示することで、収益性の詳細な分析を可能にしています 6。主に以下の5つの利益段階があります 6。
- 売上総利益(うりあげそうりえき):
- 計算式:売上高−売上原価
- 意味:提供した商品やサービスそのものから生み出された基本的な利益。「粗利益(あらりえき)」とも呼ばれます。製品の競争力や、製造・仕入プロセスの効率性を示します 11。
- 営業利益(えいぎょうりえき):
- 計算式:売上総利益−販売費及び一般管理費(販管費)
- 意味:企業の本業(主たる営業活動)から生み出された利益。販管費には、給与、広告宣伝費、家賃などが含まれます。本業の稼ぐ力を示す重要な指標です 11。
- 経常利益(けいじょうりえき):
- 計算式:営業利益+営業外収益−営業外費用
- 意味:本業の利益に、財務活動(受取利息や支払利息など)のような、本業以外で経常的に発生する損益を加減算した利益。企業の事業活動全体から、継続的に生み出される利益水準を示します。日本の企業では特に重視される傾向があります 11。
- 税引前当期純利益(ぜいびきまえとうきじゅんりえき):
- 計算式:経常利益+特別利益−特別損失
- 意味:経常的な利益に、一時的・偶発的に発生した特殊な利益(固定資産売却益など)や損失(災害損失など)を加減算した利益。法人税等が課される前の利益額となります 11。
- 当期純利益(とうきじゅんりえき):
- 計算式:税引前当期純利益−法人税等
- 意味:すべての収益からすべての費用と税金を差し引いた、最終的に企業に残る利益。これが、企業の純資産を増加させる源泉となります 11。
この5段階の利益構造は、単に利益を細かく見せるためだけではありません。企業の収益性を多角的に分析するための意図的な設計なのです。もし最終的な当期純利益だけしか表示されていなければ、利益が少ない場合に、その原因が商品自体の問題なのか(売上総利益が低い)、販売管理体制の問題なのか(営業利益が低い)、借入金の利息負担が重いのか(経常利益が低い)、あるいは一時的な災害の影響なのか(税引前当期純利益が低い)を特定することが困難になります 6。
各段階の利益を追うことで、企業がどの段階で価値を生み出し、どの段階で課題を抱えているのかを具体的に把握できます。例えば、売上総利益率が高いのに営業利益率が低い場合は、販管費の効率化が課題である可能性が示唆されます。会計初学者は、最終的な当期純利益の数字だけでなく、各利益段階のトレンドや比率にも注目することで、企業の経営成績をより深く理解することができるでしょう。
第2章:貸借対照表(B/S – Balance Sheet)を理解する:企業の「財務状況」スナップショット
2.1 貸借対照表(B/S)とは? 特定時点の財政状態(ストック)のスナップショット
貸借対照表(たいしゃくたいしょうひょう、B/S)は、企業が特定の時点(通常は決算日)において、どのような財産(資産)をどれだけ保有し、それがどのような資金(負債と純資産)で賄われているかを示す財務諸表です 5。これは、その特定の日の企業の財政状態を写した「写真」のようなものと表現できます。
貸借対照表の主な目的は、企業の「財政状態」や「安全性・安定性」を示すことです 10。具体的には、「会社は何を所有しているのか?(資産)」、「会社は何を負っているのか?(負債)」、そして「会社の純粋な価値(自己資本)はいくらか?(純資産)」という問いに答える書類です。
しばしば、企業の「健康診断書」 2 や財政状態の「スナップショット」 14 に例えられます。損益計算書と同様に、株式会社や合同会社には作成が義務付けられています 1。
2.2 黄金律:資産 = 負債 + 純資産
貸借対照表を理解する上で最も基本的なルールは、以下の等式が常に成り立つということです 10。
資産=負債+純資産
これは会計の基本原則であり、貸借対照表の左右(または上下)の合計額が必ず一致することから、「バランスシート」とも呼ばれます。
この等式の意味するところは、表の左側(借方)に記載される「資産」が、会社が保有する財産や権利、すなわち「資金の運用形態」を示しているのに対し、右側(貸方)に記載される「負債」と「純資産」が、それらの資産を調達するための「資金の源泉」を示しているということです 10。つまり、右側で集めたお金(他人資本である負債と自己資本である純資産)を、左側でどのように使っているか(資産として保有しているか)を表しているのです。
簡単な例で考えてみましょう。ある会社が、設立時にオーナーが100万円を出資して現金(資産)を得たとします。この時点では、資産(現金100万円)= 負債(0円)+ 純資産(資本金100万円)となり、左右が一致します。次に、この会社が銀行から50万円を借り入れ(負債)、そのお金で機械(資産)を購入したとします。すると、資産は現金100万円 + 機械50万円 = 150万円、負債は借入金50万円、純資産は資本金100万円のままです。この時点でも、資産(150万円)= 負債(50万円)+ 純資産(100万円)となり、バランスは保たれます 18。
2.3 B/Sの構成要素を分解する
貸借対照表は、大きく「資産の部」「負債の部」「純資産の部」の3つに分かれます 3。
- 資産(しさん)の部:会社が所有・管理するもの 10
- 将来的に会社に収益をもたらすと期待される経済的資源。
- 流動資産(りゅうどうしさん): 通常、1年以内または正常な営業サイクル内に現金化されるか、費用として消費される資産 17。現金化しやすい順(流動性の高い順)に記載されるのが一般的です 10。
- 例:現金・預金、受取手形・売掛金、有価証券、棚卸資産(商品、製品、原材料など) 22。
- 固定資産(こていしさん): 1年を超えて長期的に保有・使用される資産 17。
- 有形固定資産: 物理的な形を持つ資産。例:土地、建物、機械装置、車両運搬具 21。
- 無形固定資産: 物理的な形を持たない資産。例:特許権、商標権、ソフトウェア、のれん 21。
- 投資その他の資産: 上記以外で長期保有目的の資産。例:投資有価証券、長期貸付金、関係会社株式。
- 繰延資産(くりのべしさん): 既に支出された費用のうち、その効果が将来(1年以上)にわたって及ぶため、一時的に資産として計上されるもの。例:創立費、開業費、開発費 17。
- 負債(ふさい)の部:会社が負っている義務(返済・支払義務) 10
- 将来、会社外の第三者に対して支払いなどを行う義務。他人資本とも呼ばれます。
- 流動負債(りゅうどうふさい): 通常、1年以内または正常な営業サイクル内に支払期限が到来する負債 17。
- 例:支払手形・買掛金、短期借入金、未払金、未払費用、預り金、前受金 21。
- 固定負債(こていふさい): 支払期限が1年を超える負債 17。
- 例:社債、長期借入金、退職給付引当金。
- 純資産(じゅんしさん)の部:会社の純粋な財産(自己資本) 10
- 総資産から総負債を差し引いた差額。返済義務のない自己資本であり、株主(オーナー)の持分を示します。
- 株主資本(かぶぬししほん):
- 資本金(しほんきん): 株主が出資した金額のうち、会社法に基づき資本金として計上された額 21。会社の基礎となる資金。
- 資本剰余金(しほんじょうよきん): 株主からの出資額のうち、資本金に組み入れられなかった部分(資本準備金など)や、資本取引から生じた剰余金 21。
- 利益剰余金(りえきじょうよきん): 会社が設立以来、事業活動によって稼いだ利益のうち、配当などで社外に流出せずに内部に蓄積された部分 7。損益計算書との重要な繋がりを持つ項目です。会社法で積み立てが義務付けられる利益準備金もここに含まれます 21。
- 評価・換算差額等(ひょうか・かんさんさがくとう): 保有する特定の資産(その他有価証券など)や負債の時価評価による差額や、在外子会社の財務諸表を円換算する際の差額など 21。
- 新株予約権(しんかぶよやくけん): 権利者が将来、予め定められた価格で会社の株式を取得できる権利。ストックオプションなどが該当 21。
貸借対照表が資産と負債を「流動(Current)」と「固定(Fixed)」に区分しているのには、明確な理由があります 17。この区分は、企業の財務的な安定性や支払い能力を分析するために設計されているのです。
具体的には、短期的な支払い能力(資金繰りの安全性)を見るためには、流動資産と流動負債を比較します。例えば、「流動比率」(流動資産÷流動負債×100)は、短期的な負債を賄うのに十分な流動資産があるかを示す指標です 16。同様に、「当座比率」(より換金性の高い当座資産を流動負債と比較)も短期的な安全性を測る上で重要です 16。
一方、長期的な安定性を見るには、固定資産がどのような資金で賄われているかが重要になります。例えば、「固定比率」(固定資産÷自己資本×100)は、長期的に使用される固定資産が、返済不要な自己資本(純資産)でどれだけカバーされているかを示し、低いほど長期的な安定性が高いとされます 17。また、「自己資本比率」(自己資本÷総資産×100)は、総資産に占める自己資本の割合を示し、高いほど財務の健全性が高いと判断されます 16。
このように、貸借対照表の構造自体が、財務分析のための枠組みを提供しています。単なる項目のリストではなく、流動性の高いものから順に並べる 10、短期と長期を区分するといった表示方法には、企業の財務リスクや健全性を評価するための意図が込められているのです。初学者は、この構造の意味を理解することで、貸借対照表からより多くの情報を読み取ることができるようになります。
第3章:P/L vs. B/S:主要な違いを把握する
損益計算書(P/L)と貸借対照表(B/S)は、どちらも企業の財務状況を理解する上で不可欠な書類ですが、その目的や示す内容は大きく異なります。主な違いを整理しましょう。
3.1 時間軸:期間 vs. 特定時点
- P/L: 会計期間(例:1月1日から12月31日まで)という「期間」における経営成績を示します 1。
- B/S: 決算日(例:12月31日現在)という「特定時点」での財政状態を示します 10。
3.2 目的:経営成績 vs. 財政状態
- P/L: 企業の「収益性」や「成長性」、つまりどれだけ儲けたか(あるいは損したか)という「パフォーマンス」を示します 1。
- B/S: 企業の「安全性」や「安定性」、つまりどれだけの資産を持ち、どれだけの負債を抱え、純資産はいくらかという「財務ポジション」を示します 14。
3.3 概念:フロー vs. ストック
この違いを理解する上で重要なのが、「フロー(Flow)」と「ストック(Stock)」という概念です 25。
- P/Lは「フロー」の計算書: 一定期間における経済活動の「流れ」を測定します。収益というお金の流れ込み、費用というお金の流れ出し、そしてその差額である利益(または損失)の流れを示します 27。例えるなら、1時間あたりにパイプを流れる水の量です。
- B/Sは「ストック」の計算書: 特定の時点における経済資源や義務の「蓄積量」を示します 27。例えるなら、ある瞬間のバスタブに溜まっている水の量です。
フローとストックの関係性は、会計において非常に重要です。基本的に、期間中のフロー(流れ)の活動が、期末のストック(蓄積量)を変化させます。損益計算書(フロー)で生み出された利益は、貸借対照表(ストック)の純資産(特に利益剰余金)を増加させる要因となります 27。
このフローとストックの性質の違いを理解することは、P/LとB/Sがそれぞれ何を表現しているのか、そして両者がどのように関連しているのかを把握する鍵となります。P/Lは期間中の「活動」を、B/Sはその活動の結果としてのある時点での「状態」を示しているのです。これらは別々の情報を提供しているように見えますが、実際には密接に連携しており、両方を合わせて見ることではじめて企業の全体像が見えてきます 14。日々の事業活動(フロー)が、どのようにして会社の長期的な財務基盤(ストック)を築き上げ、あるいは蝕んでいくのかを理解することが重要です。
3.4 P/L vs. B/S 比較サマリー表
両者の違いをより明確にするために、以下の表にまとめます。これは、初学者が両者の核心的な違いを素早く把握するのに役立ちます 5。
特徴 | 損益計算書(P/L) | 貸借対照表(B/S) |
目的 | 財務パフォーマンス / 収益性 (経営成績)を示す | 財務ポジション / 安定性 (財政状態)を示す |
時間軸 | 一定期間 (例: 1年間) を対象とする | 特定時点 (例: 12月31日現在) を示す |
概念 | フロー (Flow) を測定 | ストック (Stock) を測定 |
答える問い | 「どれだけ利益/損失が出たか?」 | 「何をどれだけ所有し、何をどれだけ負っているか?」 |
基本等式 | 収益−費用=利益/損失 | 資産=負債+純資産 |
主要な構成 | 収益、費用、利益 | 資産、負債、純資産 |
例え | 成績表 / 収支報告書 | 健康診断書 / 財産目録 / スナップショット |
第4章:重要なつながり:P/LはどのようにB/Sと結びつくのか
4.1 利益の旅:P/LからB/Sへ
損益計算書(P/L)と貸借対照表(B/S)は、それぞれ異なる情報を提供しますが、決して独立したものではありません。両者は密接に、そして必然的に結びついています 13。
その結びつきの中心となるのが、P/Lで計算される最終的な利益、すなわち**当期純利益(とうきじゅんりえき)**です 7。これは、その会計期間における企業のすべての活動の成果を表す数字です。
4.2 利益の行き先:B/S上の利益剰余金(りえきじょうよきん)
B/Sの純資産の部に記載される**利益剰余金(りえきじょうよきん)**は、企業が設立されてから現在に至るまでに稼いだ利益のうち、株主への配当などで社外に分配されずに、会社内部に蓄積されてきた部分を示します 7。いわば、会社の「貯金」のようなものです。
ここがP/LとB/Sの接点です。P/Lで計算された当期純利益は、その会計期間の終わりに、B/Sの利益剰余金に加算されます(もし配当金が支払われれば、その分は差し引かれます)7。逆に、当期純損失が発生した場合は、利益剰余金が減少します。
この関係は、以下の式で表すことができます 32。
期首の利益剰余金+当期純利益(または−当期純損失)−配当金=期末の利益剰余金
この計算結果である「期末の利益剰余金」が、期末時点のB/Sの純資産の部に記載されるのです。
4.3 つながりをシンプルに理解する(クリーン・サープラス関係)
P/L(フロー)で生み出された利益が、B/S(ストック)の利益剰余金を増減させる、というフローからストックへの影響関係が、両者の基本的なつながりです 27。
この関係性は、会計の専門用語で**「クリーン・サープラス関係(Clean Surplus Relationship)」**と呼ばれることもあります 29。これは、基本的に、ある期間におけるB/S上の純資産(自己資本)の変動額は、その期間のP/L上の純利益(または純損失)から、株主との直接的な取引(増資や配当など)による変動を除いたものと一致するという原則を指します。初心者向けに言い換えれば、「稼いだ利益は、直接的に会社の純粋な財産(純資産)を増やす」ということです。
このP/LとB/Sのつながりを理解することは、企業の財務状況を正しく評価する上で非常に重要です 30。なぜなら、P/Lで示される期間中の「業績」が、B/Sで示される期末の「財政状態」にどのような「結果」をもたらしたかを明確に示すからです。利益を上げている会社(P/Lが良い状態)は、利益剰余金が増加し、B/S上の純資産が厚くなり、財務基盤が強化されます 27。逆に、損失を出している会社は、利益剰余金が減少し、場合によっては純資産が毀損し、財務的な脆弱性が増すことになります。
このように、P/LのパフォーマンスストーリーとB/Sの財務状態ストーリーは、利益剰余金を通じて繋がっています。したがって、P/LとB/Sを個別に分析するだけでなく、両者を連携させて見ることによって、企業の財務的な実態をより深く、そして立体的に理解することが可能になります。投資家や金融機関は、この関係性を特に重視して企業を評価します。
4.4 図解:利益の流れを視覚化する
このP/LからB/Sへの利益の流れを視覚的に理解するために、以下のような図をイメージすると良いでしょう 27。
- 左側に「損益計算書(P/L)」(期間Xのフロー)という箱を置きます。この箱の一番下に「当期純利益」があります。
- 右側に「貸借対照表(B/S)」(期間X終了時点のストック)という箱を置きます。この箱の中に「純資産の部」があり、さらにその中に「利益剰余金」があります。
- P/Lの「当期純利益」から、B/Sの「利益剰余金」に向かって矢印を引きます。
- 矢印の近くに、期首利益剰余金+当期純利益−配当金=期末利益剰余金 という関係式を示すことで、具体的なつながりを表現します。
このような視覚的なイメージを持つことで、抽象的な会計概念がより具体的に理解しやすくなります。
第5章:会計基準の世界を覗く:日本基準と国際基準
5.1 会計基準とは?
企業の財務諸表(P/LやB/Sなど)は、一定のルールに基づいて作成されます。このルールの集合体が「会計基準(Accounting Standards)」です。会計基準が存在することで、異なる企業の財務諸表を比較したり、期間ごとの推移を分析したりすることが可能になります。
日本企業に関連する主要な会計基準には、以下のようなものがあります。
- 日本基準(Japanese GAAP): 伝統的に日本の多くの企業で採用されている会計基準 34。
- IFRS(International Financial Reporting Standards、国際財務報告基準): 国際的に広く採用されており、日本のグローバル企業などでも適用が進んでいる会計基準 34。
- 米国基準(US GAAP): 米国の証券取引所に上場している企業(一部の日本企業を含む)に適用が求められる会計基準 39。
5.2 主要な概念の違い(概観)
これらの会計基準は、細かな点で多くの違いがありますが、ここでは特に概念的な違いをいくつか紹介します(詳細には踏み込まず、大枠の理解を目的とします)。
- 原則主義 vs. 細則主義:
- IFRSは、包括的な「原則」を示し、具体的な適用は専門家の判断に委ねる部分が大きい「原則主義(Principles-based)」のアプローチを取ると言われます 36。
- 一方、日本基準や(歴史的に)米国基準は、特定の状況に対する詳細な「規則」を定める「細則主義(Rules-based)」の傾向が強いとされます 36。
- 損益計算書(P/L)重視 vs. 貸借対照表(B/S)重視:
- 日本基準は伝統的に、期間中の収益と費用を適切に対応させて利益(特に当期純利益)を計算するP/Lを重視する「損益アプローチ(Profit/Loss approach)」の考え方が強いとされます 34。これは、安定した期間損益計算を重視する考え方に基づいています。
- IFRSは、資産と負債を公正価値(時価)で評価し、その差額である純資産の変動を重視するB/S中心の「資産負債アプローチ(Asset/Liability approach)」の考え方が強いとされます 34。B/S上の純資産の増減が利益の源泉と捉えられます。
- 特定の項目の例(のれん):
- 企業買収(M&A)の際に生じる「のれん」(買収価格と買収対象企業の純資産時価との差額)の扱いに違いがあります。
- 日本基準: のれんは、原則として一定期間(最長20年)にわたって規則的に償却(費用計上)されます 43。償却期間中は、その償却費の分だけ利益が減少します。
- IFRS: のれんは規則的な償却を行わず、代わりに毎期「減損テスト」を実施し、価値が著しく低下した場合にのみ損失として計上します 43。これにより、減損が発生しない限り、のれん償却による利益への影響はありませんが、減損時には大きな損失が計上される可能性があります。
これらの会計基準の違いは、単なる技術的な差異ではなく、根底にある経済観や企業経営に対する考え方の違いを反映している場合があります 34。例えば、日本基準のP/L重視やのれんの規則償却は、長期的な視点での安定した経営や、企業と従業員・取引先・銀行といったステークホルダーとの関係性を重視する考え方と親和性があるかもしれません。一方、IFRSのB/S重視や公正価値評価、のれんの非償却(減損テスト)は、株主価値の最大化や、その時点での経済的実態をより反映しようとする考え方と関連があるとも言われます。
会計初学者にとって重要なのは、どの会計基準に基づいて財務諸表が作成されているかによって、同じ経済活動であっても表示される利益の額や資産・負債の評価額が異なる可能性がある、という事実を認識することです。企業間で財務状況を比較する際には、適用されている会計基準を確認することが不可欠となります。
結論:P/LとB/Sをビジネスの洞察に活かす
本稿では、ビジネスにおける会計の基本である損益計算書(P/L)と貸借対照表(B/S)について解説しました。P/Lは一定期間の経営成績(パフォーマンス)を示す「フロー」の計算書であり、B/Sは特定時点の財政状態(ポジション)を示す「ストック」の計算書です。そして、両者は独立したものではなく、P/Lで生み出された当期純利益がB/Sの利益剰余金に蓄積されるという形で、密接に結びついています。
この二つの財務諸表を理解し、両者を合わせて分析することで、企業の収益性、成長性、安全性、安定性といった多面的な側面を捉え、その全体像をより深く理解することができます 7。P/Lだけを見て「儲かっている」と判断しても、B/Sを見ると借入金が多く財務的に不安定かもしれません。逆に、B/Sが健全に見えても、P/Lを見ると収益力が低下しているかもしれません。両者を連携させて見ることの重要性は、まさにここにあります。
会計は難しいと感じるかもしれませんが、基本的なP/LとB/Sの読み方を身につけることは、自社の状況を客観的に把握し、より良い意思決定を行うための強力な武器となります。もし可能であれば、上場企業の決算短信などで実際のP/LやB/Sに触れてみたり、自社の財務諸表(もしアクセス可能であれば)をこの記事で学んだ視点から眺めてみたりすることをお勧めします。近年では、会計ソフトを利用することで、日々の取引入力からこれらの決算書を比較的容易に作成することも可能です 17。
財務諸表を読み解く力は、ビジネスパーソンにとって不可欠なスキルです。この知識が、皆様のビジネスにおける洞察力を高め、成功への一助となることを願っています。
引用文献
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- 【2025年最新版】貸借対照表の見方を初心者向けにわかりやすく解説, 5月 4, 2025にアクセス、 https://u-ks.jp/column/company-management/balance-sheet
- 貸借対照表の見方!初心者でもわかりやすい健康診断で例えます!! | MASナビ, 5月 4, 2025にアクセス、 https://masnavi-mastop.com/balance-sheet-view/
- 図で一目瞭然!貸借対照表(B/S)の読み方超初級ガイド – 税理士法人 古田土会計, 5月 4, 2025にアクセス、 https://www.kodato.com/blog/p13233/
- 損益計算書とは?項目別の見方やチェックポイントを解説 | 経営者から担当者にまで役立つバックオフィス基礎知識 | クラウド会計ソフト freee, 5月 4, 2025にアクセス、 https://www.freee.co.jp/kb/kb-accounting/pl/
- 損益計算書の各勘定科目はどんな意味?項目別の見方や計算方法を解説, 5月 4, 2025にアクセス、 https://godo.gr.jp/column/1065/
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- 貸借対照表(BS)と損益計算書(PL)の違いは?関係性などを解説 – 経理お役立ち情報 – 弥生, 5月 4, 2025にアクセス、 https://www.yayoi-kk.co.jp/kaikei/oyakudachi/accounting-settlement-04/
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- 貸借対照表(バランスシート)とは?損益計算書との違いや読み方 – OBC, 5月 4, 2025にアクセス、 https://www.obc.co.jp/360/list/post213
- 損益計算書で使われる勘定科目まとめ | クラウド会計ソフト マネーフォワード, 5月 4, 2025にアクセス、 https://biz.moneyforward.com/accounting/basic/48095/
- 損益計算書の勘定科目とは?作成する際のチェックポイントと共に解説 – 弥生, 5月 4, 2025にアクセス、 https://www.yayoi-kk.co.jp/kaikei/oyakudachi/pl-kanjokamoku/
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- IFRS適用レポート 2015年4月15日 金融庁, 5月 4, 2025にアクセス、 https://www.fsa.go.jp/news/26/sonota/20150415-1/01.pdf
- 退職給付会計における海外の会計基準との差異 – KPMGジャパン, 5月 4, 2025にアクセス、 https://kpmg.com/jp/ja/home/insights/2019/03/retirement-benefit-accounting-q7.html
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