【海外研究で解明】運動が脳を鍛える!記憶力・集中力アップと認知症予防への効果とは?

目次

1. はじめに:運動と脳の驚くべき関係

運動が私たちの身体の健康に多大な恩恵をもたらすことは広く知られていますが、近年、運動が脳の健康や認知機能に対しても驚くほど深い影響を与えることが、数多くの科学的研究によって明らかにされてきました 1。古くから「健全な精神は健全な肉体に宿る」と言われてきましたが、この言葉は今や、確固たる科学的根拠に裏打ちされた真実として認識されつつあります 2

意外に思われるかもしれませんが、私たちの脳は、単に知的な活動をするよりも、身体を動かすことによってその能力を最大限に発揮する器官である可能性が示唆されています 3。この記事では、運動が脳にもたらす様々な好影響について、主に近年の海外の科学研究(メタアナリシスやシステマティックレビューなど、信頼性の高い研究手法)を参考に、わかりやすく解説していきます 4。具体的には、記憶力や集中力といった認知機能の向上、脳の構造的な変化、気分の改善、さらには加齢に伴う認知機能の低下や神経疾患の予防効果など、多岐にわたるテーマを探求します 4

運動と脳の関係性を理解する上で興味深いのは、その結びつきが人類の進化の過程に深く根ざしているという視点です。数千年にわたる生物学的適応と生存の過程で、身体活動は極めて重要な役割を果たしてきました。この過程で現代の脳が発達し、探検、防御、採食といった生存に不可欠な活動と認知スキルが、運動機能と密接に統合されてきたのです 4。この進化的な背景は、なぜ運動がこれほどまでに脳に良い影響を与えるのか、という問いに対する根源的な答えを与えてくれます。つまり、運動を通じて、私たちは脳をその基本的な設計に沿った形で活性化させていると言えるのかもしれません。

2. 運動が脳を活性化する科学的メカニズム

運動が脳機能に好影響を与える背景には、複雑かつ巧妙な科学的メカニズムが存在します。神経細胞レベルでの変化から、脳全体の構造的な変容に至るまで、運動は多角的に脳を刺激し、その能力を高めているのです。

2.1 神経可塑性:脳は運動でどう変わるのか

神経可塑性とは、脳が経験や学習に応じて自らの構造や機能を作り変え、新しい神経回路を形成する能力のことです 11。この驚くべき適応力は生涯を通じて維持され、運動は神経可塑性を強力に促進する要因の一つとして知られています 11

運動による神経可塑性の誘導は、分子レベル、細胞レベル、そして脳全体のシステムレベルでの変化を伴います 12。具体的には、運動は個々の神経細胞の成長を促し、神経細胞間の接続(シナプス)の効率を高め、さらには脳の血管新生を促進することで、脳が新しい要求に対して行動的な適応をもって応答する能力を高めます 12。構造的な変化としては、特に実行機能や記憶に重要な役割を果たす前頭前野、海馬、尾状核といった脳領域で、灰白質の体積が増加することが報告されています 4

重要なのは、神経可塑性が単に「脳細胞が増える」ことだけを意味するのではないという点です。むしろ、より効率的で適応能力の高い脳ネットワークの構築、つまり脳の質的な向上を指します 11。運動は、神経成長の促進、神経活動の増加、血管形成の促進、成人の神経新生(新しい神経細胞の誕生)など、多面的なプロセスを通じて脳の神経可塑性を高めます 11

さらに、運動によって誘発される神経可塑性は、脳の「予防的なメンテナンスおよびアップグレードシステム」として機能すると捉えることができます。例えば、脳卒中後の運動が神経の修復や再生メカニズムを通じて運動機能や認知能力の改善を促すことや 12、神経変性疾患の病理的特徴(タンパク質の凝集や興奮毒性の軽減など)に運動が直接的に影響を与えることが示されています 13。これは、運動がより良い脳を構築するだけでなく、損傷や変性から脳を積極的に保護し、修復する能力を持っていることを意味しており、運動の価値を一層高めるものです。

2.2 BDNF(脳由来神経栄養因子):脳の成長を促す魔法のタンパク質

BDNF(Brain-Derived Neurotrophic Factor:脳由来神経栄養因子)は、神経細胞の生存、成長、分化、そしてシナプスの可塑性(神経細胞間の接続の強さの変化しやすさ)に不可欠なタンパク質です 2。この「脳の肥料」とも言えるBDNFは、運動によって脳内で顕著に増加することが数多くの研究で示されており、特に記憶や学習に重要な海馬や大脳皮質といった領域でその効果が確認されています 2

BDNFレベルの上昇は、学習能力の向上、記憶力の強化、そして気分の改善と密接に関連しています 2。注目すべきは、たった1回の運動セッションでもBDNFの産生が促進され、定期的な運動習慣は、この急性の効果をさらに増強し、安静時のBDNFレベルをも高める可能性があるという点です 6。動物実験では、血液中(血清や血漿)のBDNFレベルが脳内のBDNFレベルと相関することが示されており、将来的には血液検査が脳の状態を把握する手がかりになる可能性も秘めていますが、ヒトでの研究はより複雑です 6

BDNFは、運動という物理的な刺激を認知機能の向上という恩恵に転換する上で、極めて重要な「仲介役」を果たしていると考えられます。BDNFは、運動によって刺激される分子メカニズムの重要な起爆剤であり、代謝と可塑性の接点で作用するのです 2。つまり、BDNFは単なる運動の副産物ではなく、脳内で積極的な変化を引き起こす作用物質としての役割を担っています。

ただし、BDNFの反応には個人差がある可能性も指摘されています。例えば、あるメタアナリシスでは、女性の方が男性に比べて運動によるBDNFの変化が少ない傾向が見られました 6。また、持続的な効果を得るためには、単発の運動よりも、運動の「一貫性」がより重要である可能性も示唆されています。1回の運動でBDNFは増加しますが、定期的な運動はその効果を増強し、安静時のBDNFレベルにも影響を与える可能性があるのです 4。これらの事実は、BDNF関連の恩恵を最大限に引き出し、安定させるためには、定期的かつ持続的な運動が鍵となる可能性を示しており、性差なども考慮に入れた個別化されたアプローチの重要性を示唆しています。

さらに、BDNFの役割は単なる「成長促進」に留まらず、「保護」や「回復力」といった側面も持ち合わせており、特にストレスや神経変性疾患に対する防御機能において重要です。BDNFは神経の健康を維持し、新しい神経の成長を促進する一方で、ストレスは成人の神経新生を減少させることが知られています 17。運動によって増加したBDNFは、強いストレスの悪影響から脳細胞を保護し 18、BDNFの低下が海馬の萎縮や記憶障害に関連することも報告されています 6。このように、BDNFは脳にとって「肥料」であると同時に「盾」でもあるという二重の役割を果たすことで、その重要性がより一層際立つのです。

2.3 海馬の神経新生:記憶力を高める新しい脳細胞の誕生

海馬は、私たちの脳の中で記憶や学習といった重要な認知機能において中心的な役割を担う部位です 2。そして神経新生とは、文字通り新しい神経細胞が誕生する現象を指します。かつては、成人の脳では新しい神経細胞は作られないと考えられていましたが、近年の研究により、特に海馬の歯状回と呼ばれる領域では、成人期においても神経新生が活発に行われていることが明らかになりました 2

運動は、この海馬における神経新生を強力に促進する要因の一つとして注目されています 2。新たに生まれた神経細胞は既存の神経回路に組み込まれ、記憶の定着、学習能力の向上、さらには気分の調整にも寄与すると考えられています 2。実際に、運動が高齢者の海馬の体積を増加させ、それに伴い血中BDNF濃度の上昇と空間記憶の改善が見られたという研究報告もあります 3。例えば、ある研究では、有酸素運動によって高齢者の海馬体積が2%増加したとされています 4

海馬の神経新生は、単に神経細胞の数を増やすだけでなく、記憶回路の「可塑性」と「機能性」を高める上で重要です。興味深いことに、新しい記憶のための柔軟な符号化を可能にするために、成人期における神経新生が以前に獲得された記憶の安定性を低下させる、つまり「忘却を媒介する」可能性を示唆する研究もあります 19。これは、神経新生が単に「多ければ多いほど良い」という単純なものではなく、学習を最適化するために、ある種のトレードオフを伴う動的な更新と適応のプロセスであることを示唆しており、より洗練された理解へと導きます。

特に海馬の「歯状回」は、運動が記憶の構造的・機能的側面に影響を与える上での主要な「ホットスポット」と考えられています。運動は選択的に歯状回の脳血流量を変化させ、これがフィットネスレベルの変化と相関することが示されています 4。また、超低強度の運動でさえ、海馬歯状回を中心とした記憶システム全体を上方制御することが報告されています 20。このような特異性は、運動が脳全体に漠然と影響を与えるのではなく、記憶形成に重要な特定のメカニズムを標的としていることを示唆しており、科学的な説明をより精密なものにしています。

ヒトにおける神経新生を直接的に証明することは、倫理的な観点から脳組織の採取が困難であるため、依然として大きな課題があります 2。しかし、動物実験における直接的な証拠、ヒトにおける間接的な指標(海馬体積の変化、歯状回の脳血流量、BDNFレベルなど)、そして認知機能の改善といった複数の研究ラインからの知見が収束することで、運動がヒトにおいても神経新生を促進する効果を持つという説を強力に支持しています 2。これは、一般の読者に対して科学的情報を伝える上で重要な、「証拠の優越性」に基づく議論を可能にします。

3. 認知機能への効果:頭が良くなる運動習慣

運動が脳の物理的な構造や化学的なバランスに影響を与えるだけでなく、私たちの「考える力」、すなわち認知機能全般にも顕著な効果をもたらすことが、多くの研究によって示されています。記憶力から問題解決能力に至るまで、運動は私たちの知性を多角的に磨き上げる可能性を秘めているのです。

3.1 記憶力と学習能力の向上

運動が記憶力と学習能力を高めることは、前述のBDNFの増加や海馬における神経新生といったメカニズムを通じて直接的に説明できます 2。実際に、運動習慣を持つ人は、空間記憶、言語記憶、そして新しい事柄を学ぶ課題において、より優れた成績を示す傾向があることが報告されています 1

驚くべきことに、わずか10分程度の軽い運動でも、記憶に関連する脳領域を刺激し、記憶機能を高める効果が期待できるとされています 23。さらに興味深いのは、学習を行う「前」に運動をすることが、長期記憶の向上に繋がり、その効果が最長で8週間も持続する可能性を示唆した研究結果です 24。これは、運動と学習のタイミングが、記憶の定着を最適化する上で重要な変数となる可能性を示しています。運動が学習のための脳の準備を整えるのか、あるいは記憶の固定化プロセスを助けるのか、その詳細なメカニズムは今後の研究が待たれますが、日常生活や学習場面で応用できる実践的な知見と言えるでしょう。

運動による記憶力の向上は、単に「より多くのことを覚えられる」という量的な側面だけでなく、学習や記憶想起の「効率」や「戦略」といった質的な側面にも及ぶと考えられます。例えば、有酸素運動能力が高い人は、課題に対して効果的に応答するための認知戦略をより巧みに用いることができ、情報処理も迅速であると報告されています 4。これは、運動が単に記憶の容量を増やすだけでなく、より賢く、より速く情報を思い出す能力をも育むことを示唆しています。

3.2 集中力、注意力、情報処理速度のアップ

「運動すると頭がスッキリする」という経験は多くの人が持っているかもしれませんが、これは単なる主観的な感覚ではなく、科学的な裏付けがあります。運動は、私たちの集中力を研ぎ澄まし、思考のスピードを高める効果があるのです。

多くの研究が、運動が注意のコントロール能力を向上させ、反応時間を短縮し、情報処理速度を高めることを示しています 4。活動的な人ほど、より多くの注意資源を課題に割り当てることができるとも言われています 4。この背景には、運動中に放出されるドーパミンやノルアドレナリンといった神経伝達物質の関与が考えられます。これらの物質は、覚醒度や集中力を高める働きがあります 3

特に、運動による注意力や処理速度の向上は、多くの情報の中から必要なものを選び出し、不要な情報を抑制するといった「認知制御」を必要とする課題において顕著に見られます 4。これは、運動が注意の「実行系」の側面、つまり注意を効果的に管理し、方向付ける能力を高めることを示唆しています。

運動による集中力向上のメカニズムは、即時的な神経化学的変化と長期的な神経適応の両方によって説明できます。運動直後のドーパミンやノルアドレナリンの放出は、一時的な「認知ブースト」をもたらし、覚醒感や集中力を高めます 3。一方で、習慣的な運動は、注意機能に関わる脳のネットワークを強化し、持続的な集中力の向上に繋がると考えられます。このように、運動は短期的なスッキリ感だけでなく、長期的な集中力の基盤をも育むのです。

3.3 実行機能(計画力、問題解決能力)の強化

実行機能とは、目標達成に向けて自らの思考や行動を管理・調整する、より高次の認知スキル群を指します。具体的には、計画立案、ワーキングメモリ(情報を一時的に保持し操作する能力)、抑制(不適切な反応を抑える能力)、認知の柔軟性(状況に応じて思考や行動を切り替える能力)、意思決定などが含まれます 11。これらの能力は、日常生活や学業、仕事において、私たちが効率的に物事を進め、複雑な問題に対処するために不可欠です。

有酸素運動、筋力トレーニング、さらには高強度インターバルトレーニング(HIIT)といった様々な種類の運動が、実行機能の各側面を改善することが、数多くのメタアナリシスやレビュー研究によって示されています 4。これらの効果には、実行機能に深く関わる前頭前野などの脳領域の活動変化や、同部位の灰白質体積の増加が関連していると考えられています 4

注目すべきは、実行機能に対する運動の好影響が、特定の運動タイプに限らず、広範な運動モダリティで一貫して報告されている点です。これは、運動が実行機能に対して一般化可能な利益をもたらすことを示唆しており、「動くことは高次の思考にとっても良薬である」というメッセージを強化します。もちろん、特定の運動タイプが実行機能の特定のサブコンポーネントや特定の集団に対してより効果的である可能性はありますが、全体として運動が実行機能を高めるという事実は揺るぎません。

実行機能の強化は、私たちの実生活に大きな意味を持ちます。計画性が高まれば、日々のタスク管理がスムーズになりストレスが軽減されるでしょう。問題解決能力が向上すれば、仕事や学業での成果向上に繋がります。そして、新しい状況への適応能力が高まれば、変化の多い現代社会をより柔軟に生き抜くことができるでしょう 26。このように、運動を通じて実行機能を鍛えることは、抽象的な認知能力の向上に留まらず、日々の生活の質を高め、より充実した人生を送るための具体的な手段となるのです。

4. メンタルヘルスへの効果:心も元気にする運動

運動は、私たちの「考える力」だけでなく、「感じる力」、つまり心の健康にも深く関わっています。ストレスの多い現代社会において、運動は心身のバランスを整え、精神的な安定をもたらすための有効な手段として、ますますその重要性が認識されています。

4.1 ストレス軽減と気分の改善

身体を動かすことが、自然なストレス解消法となることは多くの人が経験的に知っていますが、その背景には科学的なメカニズムがあります 17。運動中には、「脳内麻薬」とも呼ばれるエンドルフィンが放出されます。この物質は、痛みを和らげ、幸福感や高揚感をもたらす効果があり、私たちが感じるストレスを軽減するのに役立ちます 17

さらに、セロトニンやドーパミンといった、気分を調整する他の重要な神経伝達物質のバランスも、運動によって好ましい方向へと変化します 17。セロトニンは精神の安定や安心感に関与し、ドーパミンは喜びや意欲と関連しています。これらの神経伝達物質の適切な働きは、ストレスへの抵抗力を高め、全体的な気分を向上させる上で不可欠です。

研究によれば、定期的な運動は感情的な回復力を高め、ストレスに効果的に対処する能力を向上させることが示されています 17。また、運動によって脳への血流が増加することで、特に感情処理を司る脳領域(例えば前頭前皮質)の機能が向上し、ストレスのような感情をより効率的に処理できるようになると考えられています 17

運動によるストレス軽減効果は、即時的な神経化学的変化(エンドルフィンやセロトニン、ドーパミンの放出など)と、長期的な神経適応(ストレスに対する脳の反応性の変化など)の両方によってもたらされると考えられます。つまり、運動は、その場での気分のリフレッシュだけでなく、ストレスに対する根本的な強さを育むための包括的なアプローチとなり得るのです 17

運動は、単に「気分が良くなる」という主観的な効果だけでなく、脳がストレス要因に対してどのように反応し、そこからどのように回復するかに影響を与える、具体的な生理学的変化を引き起こします。身体活動は、生化学的なレベルで脳の配線を変え、ストレスをより効果的に処理できるようにすると言われています 17。ある研究では、運動後には、運動そのものによるストレスだけでなく、日常生活における他のストレス要因に対しても、ストレスシステムが「オフ」になる、つまり鎮静化する状態が観察されました 18。これは、運動がストレス反応システムを再調整し、過剰な反応を抑え、穏やかな状態へと戻る能力を高める可能性を示唆しています。

4.2 うつ症状の緩和と予防

運動は、軽度から中等度のうつ病に対して、薬物療法や心理療法と同等の効果を持つ可能性が、多くの研究で示唆されています 4。これは、運動が気分に影響を与える複数の生物学的経路に作用するためと考えられます。

そのメカニズムの一つとして、セロトニン濃度の増加が挙げられます。セロトニンは気分の安定に重要な役割を果たす神経伝達物質であり、多くの抗うつ薬もこのセロトニンシステムに作用します 29。また、前述のBDNFも、うつ病と深く関連しています。うつ病の患者さんではBDNFレベルが低下していることが多いのですが、運動はBDNFの産生を促し、神経の成長や可塑性を高めることで、うつ症状の改善に寄与する可能性があります 2。さらに、慢性的な炎症もうつ病の一因と考えられていますが、運動には抗炎症作用があり、これもまたうつ症状の緩和に繋がる可能性があります。

特に、中強度から高強度の有酸素運動は、うつ病を含む11の精神疾患の主要な症状に対して、疾患横断的に効果的な介入法であるとする大規模なレビュー研究も報告されています 7。これは、運動が特定の疾患の特定の症状に作用するだけでなく、多くの精神疾患に共通する根底にある機能不全(例えば、神経炎症、視床下部-下垂体-副腎系の機能不全 28、神経可塑性の低下など)に働きかける可能性を示唆しています。

運動による抗うつ効果は、これらの生物学的な変化に加え、心理的な側面(例えば、運動を通じた達成感や自己肯定感の向上 29)や、社会的な側面(例えば、グループでの運動を通じた人との繋がり)からもたらされる複合的なものであると考えられます。このように、運動は多面的なアプローチでうつ症状に働きかけるため、強力な介入手段となり得るのです。また、アルツハイマー病や認知症といった、しばしば抑うつ症状を伴う疾患や加齢に伴う精神機能の低下に対しても、運動が対抗する力を持つことが示唆されています 2

5. 脳に効く運動の種類とポイント

運動が脳に良い影響を与えることは明らかですが、「どのような運動を、どの程度行えば良いのか」という疑問を持つ方も多いでしょう。ここでは、代表的な運動の種類と、脳への効果を最大限に引き出すためのポイントについて、海外の研究知見を交えながら解説します。

5.1 有酸素運動(ウォーキング、ジョギング等)の効果

有酸素運動は、脳への効果に関する研究が最も豊富に行われている運動タイプです 4。ウォーキング、ジョギング、水泳、サイクリングといったリズミカルな運動は、心肺機能を高めるだけでなく、脳の健康にも多大な恩恵をもたらします。

具体的には、記憶力、注意力、実行機能といった認知機能の改善、海馬の体積増加、BDNFレベルの上昇、さらには脳の灰白質および白質の増加といった構造的な変化が報告されています 1。また、認知機能の低下や認知症のリスクを軽減する効果も期待されています 1

特筆すべきは、早歩きのような軽度から中程度の有酸素運動でも、脳に対して顕著なプラスの効果が見られるという点です 3。これは、運動の強度が高ければ高いほど良いというわけではなく、継続しやすさが重要であることを示唆しています。

有酸素運動がこれほどまでに広範な認知領域と多様な年齢層(子供、成人、高齢者 4)に対して一貫した効果を示すという事実は、有酸素運動を普遍的に推奨される「脳の栄養源」として位置づけるものです。この強力なエビデンスベースは、一般の読者に対して信頼性の高い推奨を行うことを可能にします。

有酸素運動が脳にもたらす多くの恩恵の根底には、脳血管系の健康改善が深く関わっていると考えられます 4。運動は脳への血流を増加させ、酸素や栄養素の供給を円滑にし、老廃物の除去を促進します。また、BDNFのような神経栄養因子の輸送や作用をサポートする可能性も指摘されています 13。このように、有酸素運動の「心血管系」への効果が、直接的に脳のインフラストラクチャーと機能に結びついているのです。

5.2 筋力トレーニング(レジスタンストレーニング)の脳への影響

これまで有酸素運動が脳への効果で注目されてきましたが、近年、スクワットや腕立て伏せといった筋力トレーニング(レジスタンストレーニング)もまた、脳の健康と認知機能の向上に貢献するという証拠が集まってきています 26。特に高齢者において、その効果が期待されています。

筋力トレーニングは、ワーキングメモリ、抑制機能、認知の柔軟性といった実行機能の改善に繋がる可能性が示されています 26。そのメカニズムとしては、インスリン様成長因子1(IGF-1)の増加、脳血流の改善、特定の脳領域の活性化などが考えられています 26

興味深いのは、筋肉が運動中に「マイオカイン」と呼ばれる様々な生理活性物質を分泌し、これが脳に影響を与えるという考え方です。BDNFもマイオカインの一種であり、筋肉から放出される可能性が示唆されています 33。これは、筋肉が単なる運動器官ではなく、脳とコミュニケーションをとる内分泌器官としても機能していることを意味します。また、レジスタンス運動が循環する神経栄養因子や抗炎症因子を増加させることで、海馬の神経可塑性を促進する可能性も指摘されています 12

筋力トレーニングは、有酸素運動とは異なる経路で脳の健康にアプローチし、両者は相補的な役割を果たす可能性があります。筋肉を鍛え、維持すること自体が、直接的な神経保護効果や認知機能の向上に繋がるという視点は、運動の捉え方に新たな広がりを与えます。

特に高齢者における筋力トレーニングの脳への恩恵は、加齢に伴う筋肉量の減少(サルコペニア)の抑制や、全身の代謝健康(例えば、インスリン感受性の改善 33)の向上と関連している可能性があります。これらは脳の健康に影響を与えることが知られているため 1、筋力トレーニングの全身への効果が、間接的に脳の健康維持にも寄与していると考えられるのです。

5.3 HIIT(高強度インターバルトレーニング)の可能性

HIIT(High-Intensity Interval Training:高強度インターバルトレーニング)は、短時間の高強度運動と短い休息(または低強度運動)を交互に繰り返すトレーニング方法です。近年、時間効率の良い運動法として注目を集めており、その効果は脳の健康にも及ぶ可能性が示唆されています 9

複数のメタアナリシス(複数の研究結果を統合して分析する手法)によると、HIITは認知の柔軟性、ワーキングメモリ、注意制御、抑制機能といった認知機能を改善する効果があり、場合によっては従来の中強度持続運動(MICT)よりも優れた効果を示すことも報告されています 9。また、HIITがBDNFレベルを増加させることも確認されています 34。動物実験では、HIITが記憶力を向上させ、海馬の神経新生を促し、BDNFを増加させたという報告もあります 35

HIITが脳の健康にもたらす最大の利点は、その「効率性」にあると考えられます。従来型の有酸素運動と比較して、より短時間で同等、あるいはそれ以上の認知機能への恩恵を引き出せる可能性があるため、多忙な現代人にとって魅力的な選択肢となり得ます 9

HIITの強度の高い生理学的ストレスが、低強度の運動と比較して、より強力な神経保護的・適応的な反応(例えば、BDNFの急増、抗酸化防御系の活性化など)を引き起こす可能性も考えられます。これは「ホルミシス(適度なストレスが生体に有益な効果をもたらす現象)」の原理に通じるものですが、HIITは断続的な運動であるため、過度な持続的ストレスを避けつつ、強力な刺激を与えることができるのかもしれません 2。ただし、その効果を最大限に引き出し、オーバートレーニングを避けるためには、適切な強度設定と十分な回復が重要となるでしょう。

5.4 運動強度、頻度、時間の目安

脳への効果を期待する場合、どの程度の運動を行えば良いのでしょうか。これまでの研究から、いくつかの目安が見えてきます。

  • 強度: 中強度から高強度の身体活動が認知機能の改善にしばしば関連付けられています 5。しかし、最近の研究では、軽い強度の運動でも十分に脳へのメリットがあることが強調されています 8。重要なのは、自分にとって無理のない範囲で始めることです。ある研究では、最大心拍数(目安として220から年齢を引いた数)の70~75%程度の心拍数で運動すると、ドーパミンやノルアドレナリンといった集中力を高める物質が放出されやすいとされています 3
  • 頻度: 毎日運動する研究もあれば、BDNFの増加に関しては1日おきの運動でも効果的である可能性を示唆する研究もあります 4。重要なのは、単発の運動よりも「定期的な運動習慣」です。定期的な運動は、1回ごとの運動によるBDNFの反応を高め、安静時のBDNFレベルを引き上げるのに役立ちます 6
  • 時間: 1回あたり10分程度の短い運動でも効果が見られるという報告 23 から、30~40分程度の運動を推奨する声 3 まで様々です。多くの場合、週に数回の頻度で行われます。介入研究では、数週間から数ヶ月間にわたって運動プログラムが実施されることが一般的です 4。厚生労働省の身体活動指針では、成人に対して1日60分程度(歩数にして約8000歩)の中高強度活動、あるいは週に60分の活発な運動が推奨されています 36

これらの情報を総合すると、脳の健康のための運動に唯一絶対の「魔法の公式」は存在しないと言えます。むしろ、様々な強度や時間の運動がそれぞれに有益であり、最も重要なのは「継続すること」そして「自分に合った方法を見つけること」です。軽い散歩から始めて徐々に活動量を増やしていく、好きなスポーツを楽しむなど、日常生活に運動を取り入れ、それを習慣化することが、脳への長期的な恩恵に繋がる鍵となります。

運動の「最適な」処方箋は、持続可能で楽しめるものであるべきです。なぜなら、脳の構造変化や安定したBDNFレベルの上昇といった慢性的な効果を得るためには、長期的な継続が不可欠だからです 3。完璧なワークアウトを見つけることよりも、自分にとって続けられる「パーソナルな」ワークアウトを見つけることに焦点を当てるべきでしょう。

運動タイプ別:脳への主な効果とポイント

運動タイプ主な脳への効果推奨ポイント
有酸素運動記憶力向上、実行機能改善、BDNF増加、海馬体積増加、認知症リスク低下、ストレス軽減、気分改善 1中強度(例:早歩き、ジョギング)を週に150分程度、または高強度を週に75分程度。日常生活での活動量増加も有効 3
筋力トレーニング実行機能改善(特に高齢者)、IGF-1増加、マイオカイン(BDNF含む)放出による脳への好影響、海馬の神経可塑性促進の可能性 12主要な筋肉群を対象に週2~3回。自重トレーニングから始めても良い。高齢者にも推奨 26
HIIT認知機能改善(認知の柔軟性、ワーキングメモリ等)、BDNF増加、時間効率が良い 9短時間の高強度運動と休息を交互に繰り返す。週2~3回程度。個人の体力レベルに合わせたプログラム選択と十分な回復が重要。専門家の指導が望ましい場合もある。

この表は、各運動タイプが脳にどのような効果をもたらすか、そして実践する上でのポイントをまとめたものです。個々の体力や好みに合わせて、これらの運動をバランス良く取り入れることが、脳の健康を最大限に高める上で効果的と考えられます。

6. 年齢別に見る運動の脳への恩恵

運動が脳にもたらす恩恵は、特定の年齢層に限られたものではありません。子供から高齢者まで、生涯を通じて私たちの脳の健康と機能に貢献します。ここでは、各ライフステージにおける運動の特有な効果について見ていきましょう。

6.1 子供の脳の発達と学力向上

子供時代の運動は、発達途上にある脳に対して特に重要な影響を与えます。身体活動は、学齢期の子供たちの認知機能と正の関連があることが示されています 4。特に有酸素運動能力が高い子供は、ストループ課題(注意制御や抑制機能を測るテスト)の成績が良く、学業成績も高い傾向が見られます 3

就学前の子供たちにおいては、体力レベルが高いほど、注意資源の配分能力を示す脳波成分(P3振幅)が大きく、課題遂行能力も高いことが報告されています 4。また、有酸素運動能力は、海馬の体積や関係記憶(複数の情報を関連付けて記憶する能力)とも関連している可能性が示唆されています 4

興味深いことに、習慣的な運動は、もともと認知機能が低い子供たちにおいて、より大きな改善効果(認知機能の改善度)をもたらす可能性があるという研究結果もあります 37。これは、運動が子供たちの認知発達の基盤を強化し、生涯にわたる認知的な健康の礎を築く上で、極めて重要な役割を果たすことを示唆しています。

スウェーデンの小学校で行われた研究では、毎日の体育の授業が、算数や国語といった主要科目の成績向上にも繋がったと報告されています 3。これらの知見は、学校教育の中に身体活動を積極的に取り入れることが、子供たちの身体的な健康だけでなく、学力向上や認知発達を促すための強力かつエビデンスに基づいた戦略となり得ることを示しています。

6.2 成人の認知機能維持と向上

成人期においても、運動は脳の健康を維持し、さらには認知機能を向上させるための有効な手段です。定期的な有酸素運動は、認知機能全般を改善し、神経可塑性を高め、脳の灰白質の体積を増加させる可能性が示されています 4

体力レベルが高い若年成人は、課題遂行中に注意監視プロセスを柔軟に割り当てる能力が高いことが報告されており、これは複雑な状況への適応能力や効率的な意思決定に繋がると考えられます 4。中強度から高強度の身体活動が認知機能に有益であるという中程度から強力なエビデンスも存在します 5

成人期は、仕事や家庭など、多岐にわたる要求に応えなければならない時期です。この時期における運動は、単に加齢による認知機能の低下を防ぐだけでなく、日々の知的活動のパフォーマンスを高め、ストレスに対する精神的な回復力を養うための投資と捉えることができるでしょう。実行機能、情報処理速度、そして脳の構造的な健全性を高める運動は、まさに現代を生きる成人にとっての「ピークパフォーマンス」を支えるツールと言えます。

6.3 高齢者の認知症予防と脳のアンチエイジング

加齢とともに脳の機能低下は避けられないと考えられがちですが、運動は、その進行を遅らせ、場合によっては一部の機能を改善する可能性を秘めた「脳のアンチエイジング」戦略として注目されています。

特に有酸素運動は、加齢に伴う脳組織の損失、特に前頭葉、側頭葉、頭頂葉といった認知機能に重要な領域の萎縮を抑制する効果があることが示されています 4。高齢者が運動を行うことで、記憶の中枢である海馬の体積が増加し、BDNFレベルが上昇し、記憶力が改善したという報告は数多くあります 1。ある研究では、運動によって海馬の萎縮が1~2年分巻き戻されたと推定されています 4。これは、運動が単に典型的な老化の進行を遅らせるだけでなく、場合によっては加齢による変化を部分的に「若返らせる」可能性を示唆する、非常に希望に満ちた結果です。

さらに、より多くの身体活動を行うことは、アルツハイマー病を含む認知障害の発症リスクの低下と関連していることが、大規模な研究で示されています 5。筋力トレーニングやHIITといった他の運動タイプも、高齢者の認知機能に対して有益な効果をもたらすことが分かってきています 9。例えば、3ヶ月間といった比較的短期間の運動介入でも、高齢者の認知機能が向上し、脳の構造的な変化(皮質の厚さの増加など)が誘発されたという報告もあります 38

これらの知見を総合すると、有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせるなど、多様な運動を取り入れることが、高齢者の脳を包括的に保護するための最も効果的な戦略となる可能性があります。有酸素運動は心血管系の健康と海馬機能に、筋力トレーニングは筋肉量の維持とマイオカインを介した脳への直接的な働きかけに、それぞれ異なるメカニズムで貢献し、相乗効果を生み出すことが期待されます 4

7. さらに深く:運動が脳を守るその他のメカニズム

運動が脳に良い影響を与えるメカニズムは、これまで述べてきた神経可塑性、BDNF、神経新生といった直接的な作用に加え、より広範な生理学的変化を通じてもたらされます。ここでは、脳の血流改善と炎症抑制という、運動が脳を守る上で重要な二つの間接的なメカニズムについて掘り下げてみましょう。

7.1 脳の血流改善効果

脳は、体重の約2%程度の重さしかないにもかかわらず、身体が消費する酸素の約20%を使用する、非常にエネルギー消費の多い器官です。そのため、脳へ安定的に酸素と栄養素を供給する血流は、脳機能の維持に不可欠です。

運動は、この脳への血流(Cerebral Blood Flow: CBF)を増加させる効果があることが知られています 4。運動によって心拍出量が増加し、全身の血行が促進される結果、脳にもより多くの血液が送り届けられるのです。CBFの改善は、脳血管機能の向上と認知パフォーマンスの改善に関連していることが示されています 31

特に、記憶形成に重要な海馬や、注意・実行機能に関わる前頭前野の一部である前帯状皮質といった特定の脳領域で、運動によるCBFの増加が観察されています 4。これは、運動が単に脳全体の血流を増やすだけでなく、認知活動に重要な領域へ選択的に血液を供給する、洗練された調節メカニズムの存在を示唆しています。子供を対象とした研究では、わずか10~20秒程度の軽い運動でも前頭前野の血流が増加することが確認されており、短時間の運動でも脳を活性化させる効果が期待できます 41

脳血流の改善は、酸素や栄養素の供給を増やすだけでなく、脳内で産生された老廃物(例えば、アルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドβなど)の排出を促進する上でも重要です。健康な血管系は、グリンパティックシステムと呼ばれる脳内の老廃物除去システムの効率的な機能に不可欠であり、運動による脳血管機能の向上は、このクリアランス能力を高め、神経変性疾患の予防に寄与する可能性があります 13

7.2 脳内の炎症を抑える効果

慢性的な炎症は、アルツハイマー病やパーキンソン病といった多くの神経変性疾患の発症や進行に関与していると考えられています 42。近年、運動がこの「脳内の火事」とも言える神経炎症を抑制する効果を持つことが明らかになってきました。

定期的な運動は、全身レベルおよび脳内レベルで抗炎症作用を発揮します。具体的には、炎症を引き起こすミクログリア(脳内の免疫細胞)の過剰な活性化を調節し、炎症性サイトカイン(細胞間の情報伝達を担うタンパク質で、炎症を促進するもの)の産生を抑える一方で、抗炎症性サイトカインの産生を促すのです 13。ある研究では、運動がミクログリアを、炎症を引き起こすタイプから神経を保護するM2様と呼ばれるタイプへと変化させる可能性が示されています 13

さらに、運動は血液脳関門(Blood-Brain Barrier: BBB)の機能を強化する効果も報告されています。BBBは、血液中の有害物質や炎症性メディエーターが脳内に侵入するのを防ぐバリアーであり、その機能が低下すると神経炎症が悪化する可能性があります。運動は、このBBBの構成要素であるタイトジャンクションタンパク質を増強し、バリア機能を高めることで、脳を炎症から守るのに役立ちます 13

運動は、脳の免疫環境に対する全身的な「免疫調節因子」として機能すると言えるでしょう。運動は、炎症に反応するだけでなく、健康な脳の免疫状態を維持するために積極的に働きかけます 13。この抗炎症効果は、うつ病(しばしば炎症を伴う)から神経変性疾患に至るまで、運動が様々な脳関連疾患に対して広範な利益をもたらす共通の経路である可能性があります 7。つまり、炎症に取り組むことで、運動は多くの脳の問題の根本原因または増悪因子に対処しているのです。

8. 実践しよう!脳を元気にする運動習慣の始め方

これまでに見てきたように、運動は私たちの脳に計り知れない恩恵をもたらします。しかし、その効果を実感するためには、知識を得るだけでなく、実際に行動に移し、運動を生活の一部として習慣化することが不可欠です。ここでは、脳を元気にする運動習慣を始めるための具体的なヒントをいくつかご紹介します。

まず最も重要なのは、「小さなことから始める」そして「徐々にステップアップする」という考え方です。最初から高い目標を設定すると挫折しやすくなります。例えば、「毎日5分間のウォーキングから始めてみる」といった、気軽に取り組める目標からスタートしましょう 3。たとえ短い時間でも、運動は脳に良い影響を与え始めます。

次に、運動を「楽しむ」工夫をすることです。義務感だけで運動を続けるのは難しいものです。自分が心から楽しめる活動を見つけることが、長期的な継続の鍵となります。それは、好きな音楽を聴きながらのジョギングかもしれませんし、友人とのハイキング、あるいはダンス教室かもしれません。

具体的な継続のコツとしては、以下のようなものが挙げられます 1

  • 具体的な目標を設定する: 「週に3回、30分ウォーキングする」など、明確な目標を立てましょう。
  • 記録をつける: 運動内容や時間を記録することで、達成感が得られ、モチベーション維持に繋がります。スマートフォンのアプリなどを活用するのも良いでしょう。
  • 仲間を見つける: 家族や友人と一緒に運動したり、運動サークルに参加したりすることで、励まし合いながら楽しく続けられます。
  • 専門家の助けを借りる: 必要であれば、運動指導の専門家からアドバイスをもらい、自分に合った効果的で安全な運動方法を学ぶのも有効です。

運動習慣を身につける上では、最初のうちは運動の強度よりも「一貫性」を重視することが大切です 3。毎日少しずつでも良いので、とにかく続けることを目指しましょう。そして、自分の体の声に耳を傾け、無理をせず、十分な休息と回復の時間を取ることも忘れてはいけません。

また、特別な運動時間を設けなくても、日常生活の中での活動量を増やすことでも、脳への良い影響は期待できます。「今よりも少しでも長く、キビキビと活発にからだを動かす」ことを意識するだけでも違いが生まれます 36。例えば、エレベーターの代わりに階段を使う、一駅手前で降りて歩く、家事をテキパキとこなす、といった工夫も有効です。

運動習慣の形成においては、運動の生理学的なガイドラインだけでなく、楽しみ、社会的なサポート、目標設定といった心理的な側面も同様に重要です 1。何をするかを知っていることと、それを実際に継続して行うことは別問題であることを認識し、自分自身をうまく動機づける工夫が求められます。

最後に、運動を単なる「やらなければならないこと(タスク)」として捉えるのではなく、「脳という大切な資本への投資」と捉え直すことが、長期的な継続へのモチベーションを高める上で役立つかもしれません。この記事で紹介してきたように、運動は認知機能、精神的な幸福、そして将来の脳の健康に深く貢献します。この視点は、運動に対する内発的な動機付けを促し、より前向きに取り組む姿勢を育むでしょう。

9. まとめ:運動で生涯健康な脳を目指そう

この記事を通じて、定期的な身体活動が、私たちの脳機能の向上、メンタルヘルスの改善、そして加齢に伴う認知機能の低下や神経疾患からの保護という点で、いかに強力で、身近で、そして科学的に裏付けられた戦略であるかを見てきました。

運動は、記憶力を高め、集中力を研ぎ澄まし、気分を前向きにし、ストレスへの抵抗力を養います。その背景には、BDNF(脳由来神経栄養因子)の増加、海馬における神経新生の促進、神経可塑性の亢進、脳血流の改善、そして脳内炎症の抑制といった、多岐にわたる生理学的なメカニズムが存在します。これらの変化は、私たちの脳をより効率的で、回復力があり、そして健康な状態へと導いてくれるのです。

重要なメッセージは、運動を始めるのに「遅すぎる」ことも「早すぎる」こともないということです。子供の脳の発達期から、知力・体力が充実する成人期、そして穏やかな老年期に至るまで、運動はそのライフステージに応じた恩恵を私たちの脳にもたらしてくれます。

本稿で紹介した海外の様々な研究(メタアナリシスやシステマティックレビューを含む 4)から得られる累積的なエビデンスは、運動が脳に与える多面的かつ深遠な影響について、説得力のある一貫した全体像を描き出しています。これは、この記事の信頼性を高めるものです。

身体活動への投資は、単に今日の健康のためだけではなく、長期的な認知的な活力と生活の質への投資でもあります。これは個人レベルでの自己改善に留まらず、認知症や精神疾患の負担軽減といった公衆衛生上の大きな意味合いも持っています 1

今日からできる小さな一歩が、あなたの生涯にわたる脳の健康を育むための大きな一歩となるかもしれません。さあ、あなたも運動を通じて、より健康で、より活力に満ちた脳を目指しませんか。

引用文献

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