ステートレスとは?ITの基本をわかりやすく解説【メリット・デメリット、HTTPとの関係も】

目次

はじめに:なぜ今「ステートレス」が重要なのか?

ITシステム、特にウェブアプリケーションやAPIの設計において、「ステートレス」という概念は基本的ながら非常に重要な位置を占めています。現代のアプリケーション開発、とりわけクラウドコンピューティングの普及、マイクロサービスの採用拡大、そして日々増大するトラフィックに対応できるスケーラブルなウェブアプリケーションの需要の高まりとともに、ステートレスアーキテクチャの重要性はますます増しています 1。開発者、アーキテクト、そしてITシステムの設計や管理に関わるすべての人にとって、ステートレスの概念を深く理解することは、効率的で堅牢なシステムを構築するための鍵となります。

多くの開発者が、アジリティの向上、開発からデプロイまでの期間短縮、そして最大限のスケーラビリティを実現するために、ステートレスなアプリケーションの構築とデプロイに注目しています 1。実際に、何百万ものリクエストを容易に処理するスケーラブルなウェブアプリケーションのバックボーンとして、ステートレスなREST APIが機能していることは広く知られています 2。このような背景には、現代のデジタルサービスが求める俊敏性、回復力、そして特にクラウド環境におけるコスト効率への戦略的な対応という側面があります。クラウドが提供する動的なリソース割り当てやフォールトトレランスといった特性は、ステートレスの原則と完全に合致しており 3、企業が競争力を維持し、より堅牢でスケーラブルなサービスを構築するためにステートレス設計を採用する大きな動機となっています。

本記事では、この「ステートレス」という概念について、国内外の文献や専門家の知見を参照しながら、その基本的な定義から、メリット・デメリット、具体的な応用例、そして実践における考慮点までを、わかりやすく包括的に解説します。

ステートレスの基本的な定義:状態を持たないということ

ステートレス(stateless)とは、文字通り「状態(state)を持たない(less)」ことを意味し、ITの文脈では、サーバーがクライアントとの過去のやり取りやセッションに関する情報を一切保持しないシステムアーキテクチャを指します 4。各リクエストは、サーバーがそのリクエストを理解し処理するために必要なすべての情報を含んでいなければならず、あたかもそれが初めてのやり取りであるかのように扱われます 2。サーバー側には、過去のリクエストに関する記憶や参照情報が一切存在しません 1

この「記憶を持たない」という特性が、ステートレスシステムの最も根本的な性質です。サーバーが過去のインタラクションを記憶する必要がないため、サーバーのロジックは単純化され、リクエスト間の依存関係が排除されます。この結果、同じ入力に対しては、サーバー内部に保存された状態によって結果が変動することがないため、常に同じ出力が生成されるという特徴があります 4

状態を保持する責任は、サーバーからクライアント側、あるいは外部のストレージ(データベースやキャッシュなど)へと移行します 2。つまり、ステートレスとは、状態が完全に消滅するわけではなく、その管理場所がサーバーから他の場所へ移されることを意味します。この状態の「再配置」は、設計上の重要な考慮点となり、独自のトレードオフを生み出します。例えば、自動販売機の例えがよく用いられます。利用者がコインを入れ、ボタンを押すと商品が出てきますが、自動販売機は利用者が以前に何を買ったか、次に何を買おうとしているかといった情報を記憶していません。各取引は独立しており、必要な情報は(投入されたコインや押されたボタンという形で)その都度提供されます。この場合、購入履歴という「状態」は利用者自身(あるいは利用者の持つレシート)が保持することになります 2

ステートレス vs ステートフル:決定的な違いを徹底比較

ステートレスの概念をより深く理解するためには、その対極にある「ステートフル(stateful)」アーキテクチャとの比較が不可欠です。ステートフルなシステムでは、サーバーがクライアントのセッション情報や過去のやり取りの文脈を保持し、連続したリクエスト間でその情報を利用します 3

ステートレスとステートフルの主な違いを以下の表にまとめます。

特徴 (Characteristic)ステートレス (Stateless)ステートフル (Stateful)
状態の保持 (State Retention)サーバーは状態を保持しない 6サーバーがクライアントの状態やセッション情報を保持する 6
セッション管理 (Session Management)クライアント側または外部で状態を管理。各リクエストは独立 13サーバー側でセッションを管理し、リクエスト間で状態を維持 13
リクエストの独立性 (Request Independence)各リクエストは完全に独立し、自己完結的 6後続のリクエストは以前のリクエストの文脈に依存することがある 6
スケーラビリティ (Scalability)水平スケールが容易。どのサーバーでもリクエストを処理可能 3スケールが比較的困難。セッション情報を共有・同期する必要がある 3
耐障害性 (Fault Tolerance)サーバー障害が他のセッションに影響しにくい 3サーバー障害が発生すると、そのサーバー上のセッション情報が失われる可能性 3
パフォーマンス特性 (Performance Characteristics)各リクエストで全情報送信のオーバーヘッド。キャッシュ活用が効果的 10状態参照のオーバーヘッド。クライアントへの送信データ量を削減可能 14
リソース消費 (Resource Consumption)サーバー側のメモリ消費が少ない 1サーバー側でセッション情報を保持するためメモリ消費が多い 1
実装の複雑さ (Implementation Complexity)サーバー側は単純。クライアント側または外部での状態管理が複雑化することも 9サーバー側でのセッション管理が複雑になることがある 9
主な用途 (Primary Use Cases)API、CDN、単純なデータ取得、負荷分散されるサービス 13オンラインバンキング、ショッピングカート、複雑なワークフロー、個人化されたサービス 3
代表的なプロトコル/技術 (Typical Protocols/Technologies)HTTP, REST API, DNS, UDPFTP, Telnet, WebSocket, RDBセッション管理

この比較からわかるように、ステートレスとステートフルのどちらか一方が絶対的に優れているわけではありません。選択は、アプリケーションの特定の要件、運用目標、そして期待されるユーザーエクスペリエンスに大きく依存します 1。例えば、トランザクションの整合性が厳格に求められるオンラインバンキングのようなシステムでは、ユーザーの操作の流れを正確に追跡するためにステートフルなアプローチが適している場合があります 3。一方で、不特定多数のユーザーからのアクセスを効率的に処理する必要がある公開APIなどは、スケーラビリティを重視してステートレスに設計されることが一般的です 6

重要なのは、ある層(例:アプリケーションサーバー)での「ステートレス性」が、別の層(例:データベース、クライアント側のキャッシュ、Redisのような分散キャッシュ 16)の「ステートフル性」に依存していることが多いという点です。状態管理の複雑さは解消されるのではなく、システム内のどこか別の場所へ移管されるのです 2。このアーキテクチャ上のニュアンスを理解することは、システム全体を設計する上で極めて重要です。

また、ステートフルなアプリケーションもスケーリングが不可能というわけではありませんが、セッション情報の複製や特定のサーバーにリクエストを固定する「スティッキーセッション」といった、より複雑なメカニズムが必要となります 3。これらのメカニズムは、それ自体がオーバーヘッドとなり、潜在的な障害点を増やす可能性もはらんでいます。

ステートレスアーキテクチャのメリット:なぜ選ばれるのか?

ステートレスアーキテクチャが現代のシステム設計において広く採用されるのには、多くの明確な理由があります。その主なメリットは以下の通りです。

  1. スケーラビリティ (Scalability)
    ステートレスシステムの最大の利点の一つは、その卓越したスケーラビリティです。各リクエストは独立しており、どのサーバーインスタンスでも処理できるため、必要に応じてサーバーを簡単に追加(水平スケーリング)または削除できます 1。サーバー間でセッションデータを同期する必要がないため 11、ロードバランシングも大幅に簡素化されます 16。この特性は、トラフィックの急増や予測困難な負荷変動に対応する上で非常に有利です。
  2. 信頼性と耐障害性 (Reliability and Fault Tolerance)
    ステートレスなシステムは、本質的に高い信頼性と耐障害性を備えています。あるサーバーインスタンスに障害が発生しても、そのサーバーにはセッション状態が保存されていないため、ユーザーセッションが失われることはありません 3。リクエストは単純に別の正常なサーバーインスタンスに再ルーティングされ、処理を継続できます 11。システム内の依存関係が減ることで、システム全体がより堅牢になります 11。この「リクエストの独立性」が「シンプルな負荷分散」を可能にし、それが「容易な水平スケーリング」に繋がり、結果として「高い可用性と回復力」が実現されるという一連の流れは、ステートレス設計の核心的な価値を示しています。
  3. シンプルさと保守性 (Simplicity and Maintainability)
    サーバー側でセッション状態を管理する必要がないため、サーバーサイドのロジックが単純化される傾向にあります 1。これにより、開発やデプロイのサイクルが速まる可能性があります 1。また、問題が発生した場合でも、同じリクエストを再送することで事象を再現しやすいため、デバッグやトラブルシューティングが容易になります 11。ただし、この「シンプルさ」は主にサーバー側に現れるものであり、システム全体の複雑さが必ずしも減少するわけではなく、クライアント側や外部の状態管理システムに複雑さが移行する点には留意が必要です 15。
  4. パフォーマンス向上 (Improved Performance – in certain aspects)
    セッション管理に伴うサーバー側のオーバーヘッドがないため、サーバーの負荷が軽減され、特定の場合においては応答時間が短縮されることがあります 17。また、サーバー側のメモリ要件も低く抑えられます 1。
  5. キャッシュの活用 (Cache Utilization)
    ステートレスなシステムでは、同じ入力に対して常に同じ出力が返されるため、レスポンスを効果的にキャッシュすることが可能です 10。これにより、システムの応答速度が向上し、バックエンドシステムへの負荷も軽減できます。ステートレスアーキテクチャのパフォーマンス上の利点は、特に高負荷時や効果的なキャッシュ戦略と組み合わせた場合に顕著になります。サーバーが状態検索なしにリクエストを迅速に処理できる能力と、キャッシュから応答を提供できる能力は、各リクエストで完全な情報を送信するというデメリット(ネットワークオーバーヘッド)を相殺するのに役立ちます。
  6. セキュリティ (Security – in some aspects)
    セッション情報がサーバー側に保存されないため、セッションハイジャックのような特定のリスクを低減できる可能性があります 10。しかし、トークンベースの認証などを用いる場合、そのトークンの管理とセキュリティが極めて重要になります 3。

これらのメリットは、特に大規模で分散型のシステムや、クラウドネイティブなアプリケーションを構築する際に、ステートレスアーキテクチャが魅力的な選択肢となる理由を明確に示しています。

ステートレスアーキテクチャのデメリットと考慮事項

多くの利点を持つステートレスアーキテクチャですが、採用にあたってはいくつかのデメリットや考慮すべき点も存在します。

  1. 冗長な情報送信 (Increased Data Transmission / Redundant Information)
    各リクエストが自己完結的である必要があるため、リクエストごとに必要なすべての情報を送信しなければなりません。これにより、特に複雑なやり取りの場合、ネットワークトラフィックが増加し、リクエストやレスポンスのサイズが大きくなる可能性があります 3。
  2. セッション管理の複雑化 (Complexity in Session Management – client-side)
    サーバーが状態を保持しないため、セッション状態の管理責任はクライアント側(例:Cookie、ローカルストレージ)または外部の専用サービスに移ります。これは、クライアント側の開発を複雑にする可能性があります 1。ステートレスアーキテクチャの核心的なトレードオフは、サーバー側の状態管理の複雑さを、クライアント側(または外部化された)状態管理の複雑さとネットワークデータ伝送量の増加と交換することにあると言えます。
  3. 機能の制約 (Potential Limitations for Certain Functionalities)
    連続した状態に強く依存する複雑なマルチステップのプロセスやワークフロー(例えば、複数ページにまたがるフォーム入力や、長時間のトランザクションなど)の実装は、ステートレスなアプローチではより困難になることがあります 14。複数のステップにわたる一貫性が求められるトランザクションでは、追加の調整メカニズムが必要になる場合があります 15。ただし、これは絶対的な障壁ではなく、多くの場合、クライアント側の巧妙な設計やステートレスなサービスのオーケストレーションによって、ステートフルな振る舞いを実現する方法を見つけることが可能です 2。
  4. セキュリティに関する考慮事項 (Security Concerns)
    リクエストごとに機密データが繰り返し送信される場合や、認証・認可にトークン(例:JWT)を使用する場合、それらの情報の管理とセキュリティ(盗難防止、適切な有効期限設定、失効処理など)が極めて重要になります 3。ステートレスシステムでは、リクエスト間で機密データをサーバー上に保持することができないため 14、通信経路の暗号化(HTTPS)はもちろんのこと、トークン自体の取り扱いにも細心の注意が必要です。セキュリティの焦点がサーバー側のセッション保護から、リクエストと共に移動する状態情報(トークンなど)やクライアント側に保存される状態の保護へと移るため、異なるセキュリティ戦略が求められます。
  5. ユーザーエクスペリエンスの低下の可能性 (Reduced User Experience – potentially)
    クライアント側や外部でセッション状態が効果的に管理されない場合、パーソナライズされた体験の提供が難しくなり、ユーザーエクスペリエンスが低下する可能性があります 3。例えば、ECサイトのショッピングカートの内容が、ページ遷移のたびにクライアント側で適切に保持・送信されなければ、ユーザーは不便を感じるでしょう 14。
  6. パフォーマンスへの影響 (Performance Impact – network overhead)
    サーバー側の処理は高速化される可能性がありますが、各リクエストで全データを送信する必要があるため、ネットワークのオーバーヘッドが増加し、最適化されていない場合には全体のパフォーマンスに悪影響を与える可能性があります 14。

これらのデメリットを理解し、設計段階で適切に対処することが、ステートレスアーキテクチャの利点を最大限に活かすために不可欠です。

ステートレスなシステムの代表例:HTTP、REST API、マイクロサービス

ステートレスの概念は、私たちが日常的に利用している多くの技術やシステムに深く根付いています。以下に代表的な例を挙げます。

  1. HTTP (Hypertext Transfer Protocol)
    ウェブの基盤であるHTTPは、本質的にステートレスなプロトコルです 2。各HTTPリクエストはサーバーによって独立して処理され、サーバーは以前のリクエストに関する情報を記憶しません。多くの場合、リクエストごとに新しい接続が確立され、レスポンス後に破棄されます 11。私たちがウェブサイトを閲覧する際にログイン状態が維持されるなど、一見ステートフルに見える動作は、実際にはCookieなどの仕組みを利用して実現されています。この場合、クライアント(ブラウザ)がセッション識別子のような情報を各リクエストに含めて送信することで、サーバー側が内部的に状態を持たなくても、ユーザーを識別し、連続した操作として扱えるようにしています 2。このように、HTTPというステートレスな基盤の上で、ステートフルなセッションが構築されているのです。
  2. REST API (Representational State Transfer APIs)
    REST APIは、HTTPの原則に基づいて設計されたAPIであり、その重要な制約の一つがステートレスであることです 2。クライアントからサーバーへの各リクエストは、サーバーがそのリクエストを理解し処理するために必要なすべての情報を含んでいなければならず、サーバーはリクエスト間でクライアントのコンテキストを保存しません 2。この特性により、REST APIはスケーラビリティと柔軟性に優れ、ウェブサービスやモバイルアプリケーションのバックエンドとして広く採用されています。最も成功し、スケーラブルなインターネットプロトコルやアーキテクチャスタイル(HTTP、REST)がステートレスの原則に基づいているのは偶然ではなく、分散システム構築におけるステートレス性の力を証明しています。
  3. マイクロサービス (Microservices)
    マイクロサービスアーキテクチャでは、アプリケーションを独立してデプロイ・スケール可能な小さなサービスの集合として構築します。個々のマイクロサービスがステートレスであることは、このアーキテクチャの利点(独立したスケーラビリティ、デプロイメント、耐障害性)を最大限に引き出すために非常に望ましい、あるいは不可欠な特性とされています 3。各マイクロサービスが状態を持たなければ、負荷に応じて特定のサービスだけを容易にスケールアウトしたり、障害が発生したサービスを他の正常なインスタンスに置き換えたりすることが可能になります。アプリケーション全体としてはユーザーにステートフルな体験を提供する場合でも、それは個々のステートレスなマイクロサービスの連携や、クライアント側での状態管理によって実現されることが多くあります。
  4. サーバーレスアーキテクチャ (Serverless Architectures)
    AWS Lambdaのようなサーバーレスコンピューティング(FaaS: Function as a Service)も、多くの場合、本質的にステートレスです 6。各関数は特定のイベントに応じて起動され、独立して処理を実行し、以前の実行コンテキストを保持しません。このステートレス性により、関数を「即座に起動」し、「分離して応答」させることが可能となり、イベント駆動型で短命なサーバーレスコンピューティングの特性を支えています。
  5. その他の例 (Other Examples)
  • DNS (Domain Name System): ドメイン名からIPアドレスを解決するDNSの問い合わせも、基本的にはステートレスなやり取りです。
  • CDN (Content Delivery Network): 静的コンテンツ(画像、CSS、JavaScriptファイルなど)を配信するCDNへのリクエストも、通常はステートレスです 6
  • 一部の認可システム: クライアントがユーザー情報やリソース情報をすべて提供することで、認可サーバー自体は状態を持たずに判断を下せるようなステートレスな認可システムも存在します 5

これらの例が示すように、「ステートレス」という特性は多くの場合、サーバーコンポーネントを指します。システム全体のインタラクションパターンは、クライアントが状態を管理したり、Cookieやトークンのようなメカニズムを通じてサーバーがユーザーから見てステートフルであるかのように見せかけたりすることで、依然として状態を伴うことがあります。重要なのは、サーバー内部の状態とユーザーが知覚する状態が分離されている点です。

ステートレス設計の実践:考慮すべきポイント

ステートレスアーキテクチャを実際に設計・実装する際には、いくつかの重要なポイントを考慮する必要があります。

  1. 状態管理の移行 (Shifting State Management)
    サーバーが状態を保持しない代わりに、その状態をどこでどのように管理するかを決定しなければなりません。一般的なアプローチとしては、クライアント側(ブラウザのローカルストレージやCookieなど)に状態を保持させる方法や、外部の共有データストア(リレーショナルデータベース、NoSQLデータベース、RedisやMemcachedのような分散キャッシュシステムなど)に状態をオフロードする方法があります 2。選択するソリューションは、データの性質、アクセス頻度、一貫性の要件などを考慮して決定します 20。
  2. 認証・認可メカニズム (Authentication/Authorization Mechanisms)
    ステートレスなシステムでは、サーバー側でセッションを保持しないため、リクエストごとにユーザーを認証し、適切な権限を持っているかを確認する必要があります。このために、トークンベースの認証(例:JWT – JSON Web Tokens)が広く用いられます 3。クライアントはログイン時にトークンを取得し、以降のリクエストにそのトークンを含めて送信します。サーバーはそのトークンを検証することで、ユーザーの身元と権限を確認します。トークンのセキュリティ(安全な保存と送信、適切な有効期限の設定、必要に応じた失効戦略)は極めて重要です。JWTのようなトークンベース認証の台頭は、特にAPIやマイクロサービスにおけるステートレスアーキテクチャの採用と密接に関連しており、リクエストごとに必要な状態(アイデンティティ、権限)をカプセル化する標準的な方法を提供しています。
  3. API設計 (API Design)
    ステートレスなAPIを設計する際は、各リクエストがそれ自体で完結し、サーバーが処理に必要なすべての情報を含んでいることを保証する必要があります。可能な限り冪等性(同じリクエストを何度繰り返しても同じ結果になる性質)を担保することも重要です。RESTの原則は、ステートレスなAPI設計を支援します 2。
  4. データの一貫性 (Data Consistency)
    状態がクライアントや複数の外部ストアに分散して管理される場合、特に複雑なトランザクションにおいてデータの一貫性を維持することが課題となることがあります。この点については慎重な設計が求められます。
  5. 認可システムにおけるステートレス (Statelessness in Authorization Systems)
    従来の認可システムは、ユーザーの詳細情報や権限情報を取得するために複雑な依存関係を持つステートフルなサーバーサイドプロセスに依存することがありました。これに対し、ステートレスな認可では、クライアントがリクエスト時にユーザーのIDやアクセスしようとしているリソースなどの必要なコンテキストをすべて提供します。これにより、認可レイヤー自体は外部依存性を持たず、よりシンプルでスケーラブル、かつ予測可能な判断を下せるようになります 5。
  6. 負荷分散戦略 (Load Balancing Strategies)
    ステートレスアーキテクチャは負荷分散を大幅に簡素化します。どのサーバーインスタンスも任意のリクエストを処理できるため、リクエストを特定のサーバーに紐付ける「スティッキーセッション」のような複雑な設定が不要になります 16。
  7. コンテナ化技術との親和性 (Affinity with Containerization)
    Dockerのようなコンテナ技術は、もともとステートレスなアプリケーションを想定して設計されており、そのポータブルな性質とよく適合します。ステートレスなアプリケーションは容易にコンテナ化し、Kubernetesのようなオーケストレーションツールで管理することができます 1。コンテナアーキテクチャは、ステートレスなアプリケーションにステートフルな性質を持たせたり、逆にステートフルなアプリケーションにより柔軟な運用性をもたらしたりすることを可能にします 1。

ステートレス性を効果的に実装するには、サーバーだけでなく、クライアントの能力、ネットワーク特性、転送される状態情報のセキュリティ、外部状態ストアの選択など、システム全体を俯瞰的に考慮する必要があります。個々のサーバーコンポーネントは単純化されるかもしれませんが、状態がどこに存在し、どのように保護され、外部化された場合にどのように一貫性が保たれるかといった、システム全体の状態管理戦略の設計は、新たな複雑領域となる可能性があります。

まとめ:ステートレスアーキテクチャを理解し、活用する

本記事では、ITシステムにおける「ステートレス」という重要な概念について、その定義からメリット・デメリット、具体的な応用例、そして設計上の考慮点に至るまでを解説してきました。ステートレスアーキテクチャの核心は、サーバーが過去のインタラクションに関する「記憶(状態)」を持たず、各リクエストを独立して処理するという原則にあります。

この原則がもたらす主な利点としては、卓越したスケーラビリティ、高い信頼性と耐障害性、そしてサーバー側のシンプルさが挙げられます。一方で、リクエストごとに全情報を送信することによるデータ量の増加や、クライアント側での状態管理の複雑化といったデメリットや考慮事項も存在します。

重要なのは、ステートレスとステートフルのどちらか一方が絶対的に優れているわけではなく、その選択はアプリケーションの具体的なニーズ、期待されるユーザーエクスペリエンス、スケーラビリティの目標、そしてセキュリティ要件などを総合的に考慮した上で行われるべき戦略的な判断であるという点です 1。万能な解決策は存在しません。

現代の多くのシステム、特にクラウドネイティブなアプリケーションやマイクロサービスアーキテクチャにおいては、たとえ状態が外部で管理されるとしても、個々のコンポーネントをステートレスに設計することで、その利点を享受しようとする傾向が見られます 1。実際には、完全にステートレスなアプリケーションは少なく、多くのステートフルなアプリケーションがコンテナなどの技術を通じてステートレスの概念を活用しているのが実情です 1

技術の進化に伴い、ステートレスとステートフルの強みを組み合わせたハイブリッドなアプローチも登場しています 1。コンテナ化技術、サーバーレスコンピューティング、高性能な分散データベースやキャッシュソリューションといった技術が進化するにつれて、状態を管理しシステムを構築するための新しい方法が提供され、ステートレスとステートフルの選択基準も変化し続けています。

今日の急速に進化する技術環境において、堅牢でスケーラブル、かつ保守性の高いITシステムを構築するためには、ステートレスの原則を深く理解し、適切に活用する能力が不可欠と言えるでしょう。

引用文献

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  9. ステートフル アーキテクチャとステートレス アーキテクチャ: 定義とその違い | AppMaster, 6月 7, 2025にアクセス、 https://appmaster.io/ja/blog/sutetohuru-akitekuchiyatosutetoresu-akitekuchiya
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  13. Web開発:ステートフルとは?ステートレスとの違いは? – Apidog, 6月 7, 2025にアクセス、 https://apidog.com/jp/blog/stateful-api/
  14. Exploring Stateful vs. Stateless Architecture – The Geeky Minds, 6月 7, 2025にアクセス、 https://www.thegeekyminds.com/post/stateful-vs-stateless-architecture
  15. APIステートレスとは?HTTP、RESTとの関連性は? – Apidog, 6月 7, 2025にアクセス、 https://apidog.com/jp/blog/what-is-stateless/
  16. Stateless vs. Stateful Architecture: A Comprehensive Comparison – AutoMQ, 6月 7, 2025にアクセス、 https://www.automq.com/blog/stateless-vs-stateful-architecture-a-comprehensive-comparison
  17. Unlock the Difference: A Deep Dive into Stateless vs Cacheable …, 6月 7, 2025にアクセス、 https://apipark.com/techblog/en/unlock-the-difference-a-deep-dive-into-stateless-vs-cacheable-seo-strategies/
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  19. webサーバー用語「REST」を全部教えます – トータルネットジャパン, 6月 7, 2025にアクセス、 https://www.tnjapan.net/6509/
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