1. はじめに
現在、世界中で飼育されているカイウサギはすべて、ヨーロッパアナウサギ (Oryctolagus cuniculus) を祖先としています 1。家畜化とそれに続く品種改良の過程で、人間による選択(人為選択)が加えられた結果、カイウサギは驚くほど多様な表現型(見た目や性質)を獲得するに至りました 3。特に、体の大きさ、被毛の色や質、耳の形態(長さや垂れ具合)においては、原種のアナウサギとは比較にならないほどの幅広い変異が見られます 3。
本稿では、ご要望に基づき、日本で人気の高い「ミニウサギ」、「ネザーランドドワーフ」、「ホーランドロップ」という3つのタイプに着目し、これらの間に見られる遺伝的な違いについて、最新の国内外の研究成果を引用しながら解説いたします。特に、それぞれの特徴を決定づけている主要な遺伝子やゲノム領域、そしてそれらが表現型にどのように影響しているのかを、科学的知見に基づき、丁寧な日本語(ですます調)でご説明することを目的とします。まずミニウサギの定義を確認し、次にネザーランドドワーフとホーランドロップの遺伝的特徴を詳述、最後にこれらの比較と近年の研究動向について述べます。
ウサギの家畜化の初期段階では、まず人になつきやすい、穏やかな性質を持つ個体が選ばれたと考えられています。この「馴致(じゅんち)」の過程には、特定の少数の遺伝子だけでなく、脳機能や神経系の発達に関わる多数の遺伝子の働きが少しずつ変化していく「多因子選択(ポリジェニックセレクション)」が関与していた可能性が指摘されています 3。このようにして家畜化の基盤ができた後、近代的な品種改良では、 dwarfism(矮小化)や特定の毛色、毛質といった、より目立つ形質をもたらす単一あるいは少数の遺伝子変異が重視され、選択されてきました。この家畜化の初期段階と、その後の品種分化の段階では、選択の対象となった遺伝子の種類やその効果の大きさが異なっていたことを理解することが、ウサギの多様性を遺伝子レベルで読み解く上で重要となります。



2. ウサギの品種形成と遺伝的背景
ウサギの多様な品種がどのようにして生まれてきたのかを理解するためには、まず遺伝学の基本的な概念を知ることが役立ちます。生物の形質(特徴)は、「遺伝子 (gene)」と呼ばれる設計図に基づいて決まります。遺伝子には複数のバージョンが存在することがあり、これを「対立遺伝子 (allele)」と呼びます 8。個々のウサギは、各遺伝子について父親由来と母親由来の二つの対立遺伝子を持ち、この組み合わせを「遺伝子型 (genotype)」と呼びます 10。そして、遺伝子型に基づいて実際に現れる形質が「表現型 (phenotype)」です 10。
対立遺伝子には、「優性 (dominant)」と「劣性 (recessive)」の関係がある場合があります 8。優性の対立遺伝子は、一つ存在するだけでその形質が現れますが、劣性の対立遺伝子は、二つ揃わないとその形質が現れません。また、両方の対立遺伝子の影響が中途半端に現れる「不完全優性 (incomplete dominance)」というケースもあります 11。
これらの遺伝的なバリエーション(多様性)の源は、「突然変異 (mutation)」です 6。突然変異によって新たな対立遺伝子が生まれると、それが表現型に変化をもたらすことがあります。ブリーダー(育種家)は、望ましい形質を持つ個体を選んで交配させる「人為選択 (artificial selection)」を行うことで、特定の対立遺伝子をその品種集団内に広め、固定化させてきました 3。この選択は、一つの遺伝子が大きな効果を持つ場合(単一遺伝子)もあれば、多数の遺伝子が少しずつ影響しあう場合(多因子遺伝、ポリジーン)もあります 7。
近年、全ゲノムシークエンシング(WGS)やSNPアレイといった技術の進歩により、ウサギのゲノム(全遺伝情報)を詳細に解析できるようになりました 1。これにより、特定の品種を特徴づける遺伝子の同定や、品種改良の過程で選択を受けてきたゲノム領域(セレクションシグネチャー)の検出が可能になり、ウサギの遺伝的多様性に関する理解が飛躍的に深まっています 1。
多くの品種を特徴づける形質、例えばネザーランドドワーフの矮小性、レッキス種の独特な毛質、特定の毛色などは、自然発生した特定の遺伝子変異が人為選択によって固定された結果であることが分かっています 6。これは、ブリーダーが偶然現れた新しい形質(突然変異)を見出し、それを積極的に利用することで、比較的短期間に新しい品種を生み出すことができた可能性を示唆しています。このような大きな効果を持つ遺伝子の選択は、多数の遺伝子が関わる形質を少しずつ改良していくポリジェニックな選択とは異なり、品種間の明確な違いを生み出す上で重要な役割を果たしてきました。
3. ミニウサギについて
まず、「ミニウサギ」という呼称について明確にしておく必要があります。ミニウサギは、アメリカンラビットブリーダーズアソシエーション(ARBA)のような公的な機関が認定している標準化された「品種」ではありません 19。これは、主に日本のペット業界で用いられる呼称で、比較的小型の雑種(ミックス)のウサギ全般を指す言葉です 19。
ミニウサギの起源や祖先は非常に多様です。様々な品種間の交配によって生まれるため、その遺伝的背景は個体ごとに大きく異なります 19。可能性のある祖先としては、日本白色種(ジャパニーズホワイト)、ダッチ、あるいはネザーランドドワーフのような小型品種などが考えられますが、特定の組み合わせに限定されるわけではありません 21。
このような雑種性のため、ミニウサギの表現型は極めて多様です。成体になった時の体の大きさは、1.5kg程度の比較的小さな個体から3kgを超える個体まで幅広く、購入時の予想よりも大きくなることもあります 19。体型、毛の長さや色、模様、耳の形(立ち耳、垂れ耳、片耳だけ垂れている「ヘリコプターイヤー」など)、さらには性格(活発、おとなしい、人懐っこい、神経質など)に至るまで、個体差が非常に大きいのが特徴です 19。それぞれのミニウサギが、遺伝的に見て唯一無二の存在であると言えます。
遺伝的な観点から見ると、ミニウサギは特定の品種として定義されていないため、その集団に共通する特定の遺伝子型や対立遺伝子を指定することは不可能です。ミニウサギの遺伝子は、その個体が受け継いだ多様な祖先品種の遺伝子のモザイク(寄せ集め)となっています。したがって、後述するネザーランドドワーフやホーランドロップのように、特定の遺伝子変異とその表現型を明確に関連付けて説明することはできません。
「ミニウサギ」という名称は、ペット流通においては便利な分類ですが、遺伝学的な意味合いは持ちません。そのため、購入者は成体時の大きさや性格などを正確に予測することが難しいという側面があります 22。これは、遺伝的に均一性が保たれるように管理されている純血種と、遺伝的に多様な雑種との本質的な違いを反映しています。ミニウサギを選ぶ際には、その個体独自の個性や予測不可能性を受け入れることが大切になります。
4. ネザーランドドワーフの遺伝的特徴
ネザーランドドワーフは、オランダで20世紀初頭に作出された品種で、小型のポリッシュ種と野生のアナウサギとの交配が起源とされています 17。この品種の最も顕著な特徴は、その極めて小さな体格(通常、成体体重1.1kg未満)、体に比して大きな丸い頭部、短い顔、そして短く直立した耳(約6.4cm未満)です 13。この幼い容姿(ネオテニー)が、人気の理由の一つとなっています 17。
矮小性遺伝子 (HMGA2)
ネザーランドドワーフのこの特徴的な表現型を決定づける主要な遺伝的要因は、第4染色体上に存在するHMGA2(High Mobility Group AT-hook 2)遺伝子の特定の変異であることが、近年の研究で突き止められました 12。
- 変異の詳細: この変異は、HMGA2遺伝子のプロモーター領域(遺伝子の働きを調節する領域)と最初の3つのエクソン(タンパク質の設計情報を含む部分)を含む約12.1kb(キロベース)の大きなDNA領域が欠失しているものです 11。この欠失により、HMGA2遺伝子は正常に機能しなくなり、その働きが失われます(機能喪失型変異)。この発見は、Carneiroらの2017年の研究報告で詳細に述べられています 11。この矮小化を引き起こす対立遺伝子は、dw(dwarfの略)と表記されることがあります。
- 遺伝形式(不完全優性): HMGA2遺伝子の矮小化変異は、不完全優性と呼ばれる遺伝形式を示します。これは、遺伝子型によって3つの異なる表現型が現れることを意味します 11。
- Dw/Dw (野生型ホモ接合): 矮小化変異を持たない個体です。このタイプのウサギは、ネザーランドドワーフの品種基準から見ると「ノーマル」あるいは「フォールスドワーフ(偽のドワーフ)」と呼ばれることがあります 17。矮小化変異はありませんが、品種全体が小型化するように選択されてきたため、他の大型品種のウサギに比べると十分に小さいです 12。
- Dw/dw (ヘテロ接合): 矮小化変異を一つ持つ個体です。これが、典型的なネザーランドドワーフ(「トゥルードワーフ(真のドワーフ)」)の表現型を示します 17。Dw/Dw個体の約2/3程度の大きさとなり、体に比して大きな頭、短い鼻面、小さな耳といった特徴的な形態を示します 11。ショー(品評会)で評価されるのは、主にこのタイプです。
- dw/dw (変異型ホモ接合): 矮小化変異を二つ持つ個体で、「ピーナッツ」と呼ばれます 17。これは致死性の表現型であり、出生時の体重が極端に小さく、頭部の腫れなど重篤な発育異常を示し、通常は生後数日以内に死亡します 11。
- HMGA2遺伝子の機能: HMGA2遺伝子は、発生初期の細胞増殖や分化を制御する「建築的転写因子」と呼ばれるタンパク質をコードしています 26。このタンパク質はDNAに結合し、他の遺伝子の働きを調節することで、体の大きさや器官形成に重要な役割を果たします。ヒト、マウス、イヌ、ウマなど、多くの哺乳類で体サイズとの関連が報告されており、生物の成長における基本的な因子の一つと考えられています 11。また、HMGA2は、成長調節に関わる別の遺伝子であるIGF2BP2の正常な発現にも必要であることが示されています 12。
小型化への多因子的な寄与
HMGA2遺伝子の変異はネザーランドドワーフの小型化に決定的な役割を果たしていますが、この品種の極端な小ささは、この単一遺伝子の効果だけでは説明できません。長年にわたる人為選択により、体サイズを小さくする方向に働く他の多くの遺伝子(ポリジーン)の効果が積み重なった結果であると考えられています 11。実際に、ゲノムワイドな解析により、LCORL-NCAPG遺伝子領域、STC2遺伝子、HOXD遺伝子クラスターなどが、矮小性品種と標準サイズの品種との間で遺伝的な分化(違い)が大きい領域として同定されており、これらが体サイズへのポリジェニックな寄与に関与している可能性が示唆されています 12。
気質
ネザーランドドワーフは、その祖先に野生のアナウサギが含まれることから、臆病で神経質な性質を持つという評判がかつてはありました 17。しかし、その後の選択的な育種により、気質は大幅に改良され、現代のネザーランドドワーフは、活発で賢いながらも、比較的人に慣れやすく穏やかなペットとして飼育されています 24。
ネザーランドドワーフの作出過程は、単一遺伝子の大きな効果(HMGA2変異による矮小化)と、多数の遺伝子による小さな効果の積み重ね(ポリジェニックな小型化)が組み合わさって、特定の品種特性が形成される好例と言えます。HMGA2遺伝子型と表現型(Dw/Dw, Dw/dw, dw/dw)の明確な対応は、この遺伝子の影響力の大きさを示しています 12。しかし、Dw/Dwの個体でさえ他の品種より小さいという事実は 12、HMGA2変異の導入後も、ブリーダーがさらなる小型化を目指して他の遺伝子に対する選択を続けてきたことを物語っています。
また、HMGA2変異がもたらす頭蓋顔面形態の変化(大きな頭、短い鼻)は、この品種の「可愛らしさ」の重要な要素ですが 11、一方で、顎の構造変化(下顎前突など)により、不正咬合などの歯の問題を起こしやすくする可能性も指摘されています 11。これは、発生に関わる単一遺伝子の効果を利用して極端な表現型を選択した場合、望ましい美的形質が健康上の脆弱性と連関しうることを示唆しています。
5. ホーランドロップの遺伝的特徴
ホーランドロップは、オランダのブリーダー、Adriann de Cock氏によって、より小型の垂れ耳ウサギを目指して作出されました。その過程では、ネザーランドドワーフとフレンチロップが主に交配に用いられたとされています(イングリッシュロップの影響も指摘されています)35。ホーランドロップの主な特徴は、小型で筋肉質なずんぐりした体型(通常、成体体重1~2kg)、特徴的な垂れ下がった耳(ロップイヤー)、そして幅広の頭部です 35。性格は一般的に友好的で扱いやすいとされています 35。
矮小性遺伝子 (HMGA2) の存在
ホーランドロップの重要な遺伝的特徴の一つは、ネザーランドドワーフから受け継いだHMGA2遺伝子の矮小化変異(12.1kb欠失)を保有していることです 11。この遺伝子の影響により、ホーランドロップはフレンチロップやイングリッシュロップといった他の垂れ耳品種と比較して顕著に小型化されています。ネザーランドドワーフと同様に、Dw/Dw(ノーマル)、Dw/dw(トゥルードワーフ)、dw/dw(ピーナッツ)の遺伝子型が存在し、それぞれの表現型が現れます 30。
垂れ耳(ロップイヤー)の遺伝学
- 複雑性: ホーランドロップの最大の特徴である垂れ耳(ロップイヤー)の遺伝的基盤は、単一の遺伝子によって決まるのではなく、複数の遺伝子が関与する複雑な多因子遺伝(ポリジェニック)形質であると考えられています 14。現時点では、その原因遺伝子は完全には解明されていません。
- 多様な表現: 垂れ耳ウサギと立ち耳ウサギを交配した場合、生まれてくる子ウサギの耳の形は、垂れ耳、立ち耳、あるいはその中間(片耳だけ垂れる「ヘリコプターイヤー」や、横に突き出す「エアプレーンイヤー」)など、様々に分離することが観察されており、これも多因子遺伝を示唆する証拠となります 41。また、子ウサギの耳が完全に垂れるまでに時間がかかることもあります 41。
- 原因遺伝子の未同定: ブタにおいては耳の大きさに関わる遺伝子(例:MSRB3)が同定されていますが 43、ウサギの「垂れ耳」という耳の保持様式そのものを決定づける特定の遺伝子は、提供された研究資料の中では明確に特定されていません。初期の研究では、耳の長さや保持には複数の因子が関与することが示唆されていました 42。
被毛の色
- 多様性: ホーランドロップは、非常に多様な毛色と模様が認められている品種です。ARBA(米国ラビットブリーダーズ協会)では30以上の色が公認されており、それらはセルフ(単色)、アグーチ、シェイデッド、タン、ティックド、ワイドバンドなどのグループに分類されます 10。
- 遺伝的基盤: この色の多様性は、既知の毛色関連遺伝子座(A座、B座、C座、D座、E座、En座など)における様々な対立遺伝子の組み合わせによって生み出されています 10。例えば、ブラック(黒)の基本遺伝子型は aaB_C_D_E_、チョコレート(茶色)は aabbC_D_E_ となります 44。また、ホーランドロップには、ウィーン遺伝子(v)のホモ接合によって生じるブルーアイドホワイト(BEW、青眼白毛)も存在します 40。
ホーランドロップの作出は、異なる遺伝的背景を持つ形質を交配によって組み合わせた成功例です。すなわち、ネザーランドドワーフ由来の大きな効果を持つ単一遺伝子変異(HMGA2による矮小化)と、フレンチロップ(あるいは他のロップ種)由来の複雑な多因子遺伝形質(垂れ耳)とを融合させることで、新しい魅力的な表現型が創出されました 11。
一方で、ホーランドロップの育種、特にショー基準に合致する個体を安定して作出することの難しさは、複数の遺伝的要因が絡み合っていることに起因します。矮小性遺伝子(HMGA2)の存在は、致死性のピーナッツ(dw/dw)や、ショー基準から外れる可能性のあるノーマル(Dw/Dw)個体の出現を管理する必要性を生じさせます 30。垂れ耳形質の多因子的な性質は、理想的な耳の形や垂れ具合(クラウンの形状など)を確実に得ることが難しいことを意味します 38。さらに、非常に多くの毛色が存在するため、特定のショー基準に適合する色を狙って作出するには、複数の毛色遺伝子座の相互作用を理解し、管理する必要があります 10。これらの要因が組み合わさることで、ホーランドロップの育種は遺伝的に挑戦的なものとなっています。
6. 品種間の遺伝子比較と最新の研究動向
ネザーランドドワーフとホーランドロップの直接比較
- 共通の遺伝的特徴: 両品種ともに矮小化をもたらすHMGA2遺伝子の12.1kb欠失変異を保有しており、これが両者の小型サイズの主要因となっています 11。ただし、ホーランドロップの方がやや大きく筋肉質な体型であるなど、全体的なサイズ感や体型には違いが見られます。これは、それぞれの品種でHMGA2以外の体サイズに関わるポリジーンに対する選択圧が異なっていたことを反映していると考えられます。また、両品種ともに幅広い毛色バラエティが存在し、これは共通の毛色遺伝子セット(A, B, C, D, E座など)の多様な組み合わせに基づいています 10。
- 主な遺伝的差異: 最も明白な違いは耳の形態であり、ネザーランドドワーフの立ち耳に対し、ホーランドロップは垂れ耳です。これは、耳の形態を制御する遺伝的メカニズムが異なることを示唆しています(前者は主にHMGA2の影響を受ける小型化、後者は複雑な多因子遺伝)。作出の歴史や起源となった品種も異なります 17。
ミニウサギとの比較
前述の通り、ミニウサギは遺伝的に定義された品種ではないため、集団に共通する特定の遺伝的マーカーを持ちません。個々のミニウサギは、その祖先にネザーランドドワーフやホーランドロップが含まれていれば、HMGA2の矮小化対立遺伝子や垂れ耳に関わる対立遺伝子を持っている可能性はありますが、これは保証されるものではありません。ミニウサギの遺伝的構成は、純血種と比較して予測不可能です。
ゲノム研究からの広範な知見
近年のゲノムワイドな研究は、ウサギの品種分化や家畜化に関する理解を深めています。
- 家畜化と選択: 全ゲノムシークエンシング(WGS)やSNP解析により、野生集団と家畜集団の遺伝的な分離、一部地域での交雑(admixture)の証拠、そして家畜化初期には行動(馴致性)に関わる多数の遺伝子が選択された可能性(ポリジェニック選択)などが明らかにされています 1。
- 品種分化に関わる遺伝子: HMGA2以外にも、品種間の違いを生み出す上で選択を受けてきたと考えられる遺伝子やゲノム領域が同定されています。以下に例を挙げます。
- 毛色・毛質関連: TYR(アルビニズム、チロシナーゼ)、ASIP(アグーチシグナリングペプチド、模様)、MC1R(メラノコルチン1受容体、黒色色素)、KIT(KITプロトオンコジーン受容体チロシンキナーゼ、白斑)、LIPH(リパーゼH、レッキス毛)、FGF5(線維芽細胞成長因子5、長毛)6。
- 体サイズ関連: LCORL-NCAPG領域、STC2(スタニオカルシン2)、HOXDクラスター、INSIG2(インスリン誘導遺伝子2)、GLI3(GLIファミリージンクフィンガー3)1。
- 繁殖性・その他: EDNRA(エンドセリン受容体タイプA)、SRD5A2(ステロイド5αリダクターゼ2)、RORB(RAR関連オーファン受容体B、アクロバット歩様)6。
日本の研究動向
日本国内でも、ウサギに関する様々な研究が行われています。例えば、ウサギの初期胚発生や多能性幹細胞を用いた研究 47、兎出血病(RHDV)ウイルスの遺伝子解析と国内での発生状況の調査 48、実験動物としての日本白色種(JW)の利用 49、ウサギを用いた抗体作製技術の開発 50 などが進められています。これらは直接的な品種の遺伝子解析ではありませんが、ウサギを対象とした生命科学研究が国内でも活発であることを示しています。
表1:本稿で議論された主要な遺伝子/遺伝子座とその表現型効果
遺伝子/遺伝子座 | 主要な機能/効果 | 関連する品種/文脈 |
HMGA2 | 矮小性、体サイズ、頭蓋顔面形態 | ネザーランドドワーフ、ホーランドロップ、その他矮小性品種 |
A座 (ASIP) | 被毛のパターン(アグーチ、タン、セルフ) | 全品種 |
B座 | 基本色(黒/チョコレート) | 全品種 |
C座 (TYR等) | 色の濃淡、アルビニズム、シェーディング、チンチラ | 全品種 |
D座 | 色の濃淡(希釈/非希釈) | 全品種 |
E座 (MC1R等) | 黒色色素の拡張(ノーマル、非拡張(黄/赤系)、スチール) | 全品種 |
En座 | 白斑(ブロークン、ソリッド) | 全品種 |
V座 | 青眼(ブルーアイドホワイト) | ホーランドロップ等 |
LCORL | 体サイズ | 品種間の体サイズ分化 |
LIPH | 毛質(レッキス) | レッキス種 |
FGF5 | 毛長(長毛) | アンゴラ種等 |
表2:ネザーランドドワーフとホーランドロップの主要な遺伝的特徴の比較
特徴 | ネザーランドドワーフ | ホーランドロップ |
HMGA2 矮小性遺伝子 | 保有(主要な品種特徴) | 保有(ネザーランドドワーフから継承) |
耳のタイプの遺伝学 | 立ち耳(小型化による相対的な短さ) | 垂れ耳(複雑な多因子遺伝) |
標準的な体重範囲 | 約 0.5 – 1.1 kg 17 | 約 1 – 2 kg 35 |
主要な作出起源品種 | ポリッシュ、野生アナウサギ 17 | ネザーランドドワーフ、フレンチロップ 35 |
毛色の多様性 | 非常に多様 24 | 非常に多様(30色以上公認)10 |
気質の一般的な傾向 | 活発、賢い、やや臆病な面も(改良されている)17 | 友好的、穏やか、扱いやすい 35 |
品種間の比較を行うと、異なる育種目標(例:ネザーランドドワーフにおける極端な小型化 vs ホーランドロップにおける小型化と垂れ耳の組み合わせ)を達成するために、共通の主要遺伝子(HMGA2など)を利用しつつも、それぞれの品種で異なるポリジーン群(遺伝的背景)に対して選択が加えられてきたことが推察されます。ネザーランドドワーフでは、HMGA2の効果に加えて、さらなる小型化を促す遺伝子群への強い選択があったと考えられます。一方、ホーランドロップでは、HMGA2による小型化と並行して、垂れ耳という複雑な形質に関わる遺伝子群への選択が行われました。ゲノム研究は、LCORLのような体サイズ関連遺伝子座を同定することで 1、これらのポリジェニックな背景に関わる候補遺伝子を明らかにしつつあります。
7. 結論
本稿では、ミニウサギ、ネザーランドドワーフ、ホーランドロップの遺伝的な違いについて、最新の研究知見を交えて解説いたしました。要点をまとめると以下のようになります。
- ミニウサギ: 特定の品種ではなく、小型の雑種ウサギの総称であり、遺伝的な背景や表現型は個体ごとに大きく異なります。
- ネザーランドドワーフ: 極めて小型の体サイズと特徴的な頭部形態は、主にHMGA2遺伝子の12.1kbの欠失変異(dw対立遺伝子)によって引き起こされます。この変異は不完全優性で、ヘテロ接合体(Dw/dw)が典型的なドワーフ表現型を示し、ホモ接合体(dw/dw)は致死性(ピーナッツ)となります。ただし、品種全体の小型化にはポリジェニックな選択も寄与しています。
- ホーランドロップ: ネザーランドドワーフからHMGA2の矮小性変異を受け継いでおり、これが小型の体格の主要因です。最大の特徴である垂れ耳は、単一遺伝子ではなく、複数の遺伝子が関与する複雑な多因子遺伝形質と考えられています。
- 共通の遺伝基盤: ネザーランドドワーフとホーランドロップは、矮小性遺伝子を共有する一方で、毛色に関しては、両品種ともに共通の毛色遺伝子座(A, B, C, D, E座など)の多様な対立遺伝子の組み合わせによって、幅広いバリエーションが生み出されています。
ウサギの品種が持つ多様な特徴は、HMGA2のような大きな効果を持つ単一遺伝子の変異と、体サイズや耳の形状、毛色などを微調整する多数の遺伝子(ポリジーン)の累積的な効果が、人間の選択によって形作られた結果であることが理解されます。
ゲノム解析技術の進展により、ウサギの家畜化の歴史や、各品種を特徴づける遺伝子の特定が急速に進んでいます 1。今後も研究が進むことで、これまで不明な点の多かった複雑な形質(例えば垂れ耳の正確な遺伝メカニズムなど)の解明や、さらには健康や福祉に関連する遺伝子の理解も深まることが期待されます。
本稿が、ウサギの遺伝的多様性に対する理解を深める一助となれば幸いです。
8. 参考文献
1
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