プロジェクトマネージャーなら絶対に知っておきたい!世界を変えた有名プロジェクト10選【成功と失敗の教訓】

目次

はじめに:我々が立つべき巨人の肩

プロジェクトマネジメントは、現代のオフィスで生まれた学問ではありません。それは、人類の野心と共に古代から存在し、何世紀にもわたる壮大な試みを通じて磨かれてきた実践的な知恵の結晶です。現代のソフトウェア開発プロジェクトが直面する課題も、古代エジプトのピラミッド建設や20世紀の月面着陸計画が直面した課題も、その本質において驚くほど多くの共通点を持っています。それは、ビジョンを現実に変えるための、リソース、リスク、そして人間との絶え間ない闘いです。

歴史上、最も野心的なプロジェクト、すなわち「メガプロジェクト」は、テクノロジー、資金調達、そして国際協力の限界を押し広げてきました。それらのプロジェクトが輝かしい成功を収めたか、あるいは壮絶な失敗に終わったかにかかわらず、そこには現代のプロジェクトマネージャーにとって最も深遠な教訓が刻まれています。戦略、リスク、そして人間の努力が織りなすこれらの物語は、今日の我々の課題に直接的な示唆を与えてくれます。

本稿では、世界を変えた10の有名プロジェクトを、プロジェクトマネジメントの観点から徹底的に分析します。明確な成功事例から、教訓に満ちた失敗事例、そして成功と失敗が複雑に共存するプロジェクトまで、その多様な姿を解き明かしていきます。これらの巨人の肩の上に立つことで、我々は自らのプロジェクトを成功に導くための、より広く、より深い視野を得ることができるでしょう。

この記事の全体像を素早く把握できるよう、まず以下の要約表で各プロジェクトの概要と主要な教訓を示します。

世界を変えた10大プロジェクト:概要と教訓一覧

プロジェクト名時代分野結果主要なPMの教訓
1. アポロ11号計画1960年代航空宇宙成功明確なビジョンと段階的計画が不可能を可能にする
2. ギザの大ピラミッド紀元前2600年頃建設成功壮大なスケールでの資源・労働力管理と社会システムの融合
3. パナマ運河1904-1914年インフラ成功過去の失敗から学び、準備と衛生管理を徹底する重要性
4. コンコルド1960-2003年航空宇宙失敗「サンクコストの罠」と、プロジェクトが政治的象徴となる危険性
5. デンバー国際空港手荷物システム1990年代IT・建設失敗技術的複雑性の過小評価がプログラム全体を破綻させる
6. エアバスA3802000-2021年航空宇宙失敗戦略的な市場前提の誤りが、技術的成功を商業的失敗に変える
7. シドニー・オペラハウス1957-1973年建設混合プロジェクト管理の失敗と、プロダクトの永続的価値との乖離
8. 英仏海峡トンネル1986-1994年インフラ混合資金調達モデルと契約形態がプロジェクトの運命を決定づける
9. 国際宇宙ステーション1998年-現在航空宇宙成功究極のステークホルダー管理と、外交手段としてのプロジェクト
10. フォード・エドセル1957-1959年製造・マーケティング失敗PM原則(要求、スコープ、品質、リスク)の普遍性

Part 1: ビジョンと計画の勝利

このセクションでは、卓越したプロジェクトマネジメントが、信じがたいほどの困難を乗り越え、画期的な成功を収めた事例を探ります。

1. アポロ11号計画:究極のBHAG(Big Hairy Audacious Goal)

アポロ11号計画は、単なる月面着陸以上の意味を持つ、プロジェクトマネジメントの金字塔です。その物語は、国家が宇宙開発競争で後れを取っていた1961年、ジョン・F・ケネディ大統領が「10年以内に人間を月に着陸させ、無事に地球に帰還させる」という、当時ほとんど不可能と思われた挑戦を宣言したことから始まります 1。この大胆で、具体的かつ、感動的な目標(BHAG: Big Hairy Audacious Goal)が、プロジェクト全体の原動力となりました。

プロジェクトマネジメント分析

ビジョンとステークホルダー管理

このプロジェクトの成功の根幹には、クリスタルのように明確で、人々を鼓舞する目標がありました。ケネディの演説は、この目標が「我々の最高のエネルギーと技術を組織し、測定するために役立つ」と述べ、40万人もの人々を一つの目的に向かわせる強力な求心力となりました 1。NASAのリーダーシップ、特に有人宇宙船センターのディレクターであったロバート・ギルラス博士は、この壮大なビジョンに対して、対立するのではなく、誠実なコミュニケーションで応えました。彼はケネディ大統領に対し、目標達成が可能かどうかは未知数であると正直に伝え、必要となる莫大なリソースについて率直に説明しました。この誠実さが、大統領という最重要ステークホルダーとの間に強固な信頼関係を築き、プロジェクトを成功へと導く共通の目標を育んだのです 3。

体系的なプロジェクトマネジメント文化の構築

アポロ計画の真の革新は、ロケット技術だけでなく、スケーラブルなプロジェクトマネジメント「文化」を創造した点にあります。NASAは、政府機関や民間企業からベストプラクティスを収集し、実用的で実績のあるプロセス、ツール、テクニックからなる формаl な「システム」を構築しました 2。このシステムは、35万社以上もの契約業者を含む、プロジェクトに関わるすべての組織に対して一貫して適用されました。NASAのプログラムマネージャーは、独自のマネジメント手法を使いたがる業者に対して「それならドアはあちらだ」と述べるほど、このシステムの遵守を徹底させました 2。

このアプローチの核心は、単一の天才的なプロジェクトマネージャーに依存するのではなく、数十万人が一つの複雑な目標に向かって首尾一貫して作業できる「仕組み」を作り上げたことにあります。それは、トップダウンのビジョンとボトムアップの権限委譲を統合した、管理の文化そのものでした。中央集権的なプログラムオフィスが設計、調達、製造、訓練、運用といったすべてを統括する強力な権限を持つ一方で 4、現場には大きな裁量が与えられました。このシステムがあったからこそ、アポロ13号の危機的状況においても、宇宙飛行士を無事に帰還させることができたのです 2

段階的計画と適応性

この巨大なプロジェクトは、マーキュリー計画、ジェミニ計画、アポロ計画という、より小さく管理可能なフェーズに分割されました 2。それぞれのフェーズには、月への飛行、月周回、無人探査機の着陸といった明確なマイルストーンが設定され、進捗が測定されました。しかし、この緻密な計画は、硬直的なものではありませんでした。月着陸船の降下中、コンピューターが過負荷に陥り、危険な岩だらけのクレーターに衝突しそうになるという予期せぬ事態が発生しました。この時、ニール・アームストロング船長は手動操縦に切り替え、バズ・オルドリン飛行士が高度と速度のデータを読み上げることで、燃料残量わずか25秒で無事着陸に成功しました 3。これは、計画に固執するのではなく、現実の変化に柔軟に対応する能力がいかに重要かを示す象徴的な出来事です。

徹底したリスク管理

NASAは「もし~だったら?」という問いを常に自問することで、積極的にリスクを探し出しました 3。ほぼすべてのシステムと手順にバックアップが用意され、アポロ1号の火災事故という悲劇的な失敗からは、125項目もの設計・安全上の変更という貴重な教訓が学び取られました 4。リスク管理のもう一つの柱は、チームがその場で問題を解決できるよう、徹底的な訓練と権限委譲を行うことでした。ミッション技術コーディネーターのハワード・ティンダルは、「我々を何度も救ってくれた最大の貢献者の一つは、膨大な量の訓練だったと思う。重大な失敗がなかったミッションは一つもなかった」と述べています 3。

コミュニケーションと権限委譲

40万人もの人々を調整するため、リーダーシップは5つの中心的な優先事項を特定し、組織のあらゆるレベルにそれを浸透させました 1。また、チームリーダーたちは定期的に会合を開き、進捗を共有し、課題を議論し、協力して問題を克服しました。特筆すべきは、NASAが意図的に若いチームに大きな責任を委譲したことです。運用チーム全体の平均年齢はわずか26歳で、その多くが大学を卒業したばかりでした 3。この大胆な権限委譲が、既成概念にとらわれない革新的な解決策を生み出す土壌となったのです。

2. ギザの大ピラミッド:古代における大規模プロジェクトマネジメント

紀元前2600年頃、ファラオ・クフ王の墓として約20年から27年の歳月をかけて建設されたギザの大ピラミッドは、人類史上最も印象的なプロジェクトマネジメントの偉業の一つとしてそびえ立っています 5。現代のテクノロジーなしに、これほど巨大で精密な建造物をいかにして作り上げたのか。その秘密は、驚くほど洗練された組織構造、資源管理、そしてリスク管理にあります。

プロジェクトマネジメント分析

階層的な組織構造

ピラミッド建設は、現代の組織図にも通じる明確な階層構造の下で管理されていました。プロジェクトの頂点に立ったのは、王族の一員であり、建築家、技術者、数学者でもあったヘムイウヌのような「最高建築家(プロジェクトマネージャー)」でした 7。彼が複数の建築家チームを指揮し、建築家たちは測量士に指示を与えました。測量士は13エーカー(約5.3ヘクタール)にも及ぶ敷地を正確に測量し、底辺が誤差わずか58ミリメートルというほぼ完全な正方形を設計しました 5。その後、建築家の指示の下で石工たちが作業にあたるという、明確な権限委譲と役割分担が行われていたのです 8。

労働力と資源の管理

このプロジェクトには最大10万人の労働力が投入され、常時約4,000人が作業に従事していたと推定されています 8。彼らは奴隷ではなく、徴兵された自由市民であり、18人から20人の「ギャング」と呼ばれるチームに組織されていました 8。石材には、「精力的なギャング」といったチーム名や目的地が記されており、明確な責任の所在を示しています 8。

この巨大プロジェクトは、単なる建設事業ではなく、古代エジプトの社会・経済システムと深く結びついた「社会的エンジン」でした。労働力管理には、その symbiotic な関係が見事に表れています。

第一に、労働力のスケジューリングです。労働者は主にナイル川が氾濫し、農作業ができない時期に徴兵されました。これにより、国家的な非生産期間を、国家的な建設プロジェクトの生産期間へと転換したのです 8。これは、国全体の労働カレンダーを管理する、極めて高度なリソースプランニングです。

第二に、モチベーションの管理です。労働者は、現人神であるファラオのために働くことを一種の信仰行為と捉え、強い内発的動機付けを持っていました 8。チームは自己組織化され、他のチームと競い合うことでパフォーマンスを高めていたと記録されています。

第三に、ロジスティクスの管理です。労働者への報酬は金銭ではなく、パン、ビール、そして玉ねぎといった現物で支払われました 9。この供給を維持するために、建設現場の近くには巨大なキャンプタウンが築かれ、独自の経済圏が形成されていました。玉ねぎの支払いが遅れたためにストライキが起きたという記録は、これが単なる施しではなく、確立された資源管理システムであったことを示しています 9。

計画とスケジューリング

ピラミッド建設は、綿密な計画に基づいていました。建設は、敷地の準備、石材の切り出しと輸送、そして構造物の組み立てという明確なフェーズに分けられていました 10。ナイル川という主要な輸送路を最大限に活用し、上エジプトの採石場から切り出された石材は、川の流れを利用して木製のバージで運ばれました 8。クフ王の治世である約23年以内に完成させるという長期的なスケジュールは、単純な道具しか使わずに見事に達成されました 8。これは、活動の順序付け(アクティビティ・シーケンシング)と期間見積もりが効果的に行われていたことを示唆しています。

リスク管理

このプロジェクトにおける最大のリスクは、王のミイラと墓の安全を確保できないこと、すなわち「墓泥棒」でした 8。このリスクを軽減するため、古代エジプト人は驚くほど精巧なセキュリティシステムを導入しました。偽の埋葬室を設けて侵入者を欺き、上昇通路は内部から巨大な花崗岩の栓で密閉されました。王の玄室自体も、5層の「応力緩和室」と呼ばれる巨大な花崗岩の梁で保護されていました 8。これらの対策は非常に効果的で、少なくとも400年間は墓泥棒の侵入を防いだと考えられています。これは、主要なリスクを特定し、評価し、慎重な対応戦略を実行した、古代におけるリスク管理の優れた一例です。

3. パナマ運河:大惨事から学ぶ

パナマ運河の物語は、二つの対照的なプロジェクトの物語です。一つは、スエズ運河建設の英雄フェルディナンド・ド・レセップスが率いたフランスによる挑戦(1881-1889年)。これは、破産、スキャンダル、そして22,000人以上もの労働者の死という悲劇に終わりました 11。もう一つは、そのフランスの失敗から徹底的に学んだアメリカによる挑戦(1904-1914年)。こちらは見事成功を収め、世界を変えるインフラを完成させました 11。この二つのプロジェクトの対比は、プロジェクトマネジメントにおける準備、リスク管理、そして技術的アプローチの重要性を浮き彫りにします。

プロジェクトマネジメント分析

フランスの失敗:過信と準備不足

フランスの試みが大惨事に終わった最大の原因は、リーダーであるド・レセップスの過信と、それに伴う計画の根本的な欠陥にありました。

  • 不適切な技術的アプローチ: 技術者ではなかったド・レセップスは、平坦な砂漠で成功したスエズ運河の経験に固執し、パナマの山がちな地形と熱帯雨林の気候を完全に軽視しました。彼は、より現実的な閘門(ロック)式運河の提案を退け、非現実的な海面レベル運河の建設を強行しました 12。これは、プロジェクトの初期段階におけるスコープ定義と技術評価の致命的な失敗でした。
  • 無視されたリスク管理: 最大のリスクであった黄熱病とマラリアは、当時は蚊が媒介することが知られておらず、全く管理されませんでした。その結果、労働力は病によって壊滅的な打撃を受け、プロジェクトは文字通り死の谷と化しました 12

アメリカの成功:失敗からの学習

アメリカのチームは、フランスの失敗を反面教師とすることで成功への道を切り開きました。彼らは、フランスが残した物理的な資産だけでなく、失敗という「知識資産」を最大限に活用したのです。

  • インフラ整備の優先: アメリカ人技術者ジョン・フランク・スティーブンスは、敵対的な環境で運河を掘ることは不可能だと認識していました。彼の最優先事項は掘削ではなく、労働者が健康で安全に働ける環境を整えることでした。彼はまず、都市の衛生状態を改善し、労働者のための住居を建設し、病気を媒介する蚊を徹底的に駆除することから始めました 12。これは、フランスの悲劇から学んだ直接的な教訓でした。
  • 現実的な技術的アプローチ: アメリカは非現実的な海面レベル案を放棄し、地形の現実に即した閘門と湖を利用するシステムを採用しました。これは、ガトゥン湖という当時世界最大の人造湖を造成する壮大な計画であり、プロジェクトの成功を決定づける重要な技術的判断でした 12
  • 作業分解構成図 (WBS) の導入: スティーブンスの後任となったジョージ・ワシントン・ゲーサルズは、この巨大なプロジェクトを、大西洋地区、太平洋地区、中央地区という管理可能な3つの部門に分割しました。米陸軍工兵隊は後にこの手法を「作業分解構成図(Work Breakdown Structure – WBS)」と名付けました。このアプローチにより、管理が焦点化され、責任の所在が明確になりました 13

失敗というプロジェクト資産

パナマ運河の事例は、「失敗」の価値を再定義します。フランスの試みは、単なる損失ではなく、運河建設という複数世代にわたる壮大なプロジェクトにおける、高くついたが非常に価値のある「研究開発(R&D)およびリスク発見フェーズ」と見なすことができます。

アメリカがフランスの後継会社に支払った4,000万ドルで手に入れたのは、掘削された運河の一部や機械類といった物理的資産だけではありませんでした 12。それ以上に価値があったのは、地形の困難さ、病気の致命的な危険性、そして海面レベル運河という技術的アプローチが間違いであるという、フランスが血と資金で得た「知識資産」でした。フランスの失敗は、アメリカのプロジェクトにおける最大のリスク(蚊と地滑り)を白日の下にさらし、初日から対策を講じることを可能にしました。

したがって、フランスの努力は、プロジェクトの悲劇的だが不可欠な「発見とプロトタイピング」のフェーズであったと捉えることができます。ここから得られる教訓は、たとえ壊滅的な失敗であっても、それはデータと知識を生み出すということです。そして、後継チームがその教訓を賢明に活用するならば、そのデータと知識はそれ自体が価値あるプロジェクト資産となるのです。


Part 2: 失敗の解剖学:教訓に満ちた物語

このセクションでは、技術的な輝きや壮大な野心にもかかわらず、プロジェクトマネジメントの失敗事例として古典となったプロジェクトを検証します。

4. コンコルド:空飛ぶサンクコストの罠

超音速旅客機コンコルドは、技術的な驚異であり、航空史に輝くアイコンです。しかし、商業的には大惨事であり、プロジェクトマネジメントの世界では「サンクコストの罠(Sunk Cost Fallacy)」の代名詞として知られています 14。サンクコストの罠とは、すでに投じた資源(時間、資金、労力)を惜しむあまり、明らかに失敗に向かっているプロジェクトへの投資を続けてしまうという認知バイアスです。コンコルドは、この罠がいかに国家レベルのプロジェクトをも破滅させるかを示す、典型的な事例です。

プロジェクトマネジメント分析

商業的な実行不可能性

このプロジェクトは、経済的な観点から見れば初めから運命づけられていました。

  • 法外な運用コスト: コンコルドは、莫大な燃料消費と、老朽化する機体の高額なメンテナンス費用により、運用コストが法外に高かったのです 14。航空券の価格も天文学的で、市場はごく一部の富裕層や著名人に限定されていました 17。最終的に就航したのはわずか14機で、それも開発国であるイギリスとフランスの国営航空会社によって運航されただけでした 14
  • 技術的な制約: そもそも、このプロジェクトは十分な推力を持つエンジンがないまま開始されたという技術的な欠陥を抱えていました。その結果、燃費の悪いアフターバーナー(リヒート)に大きく依存することになり、航続距離が著しく制限されました。ロンドン-ニューヨーク間の飛行でさえギリギリの状態で、他の長距離路線への展開は不可能でした 18
  • 運用上の制約: 超音速飛行時に発生する衝撃波「ソニックブーム」は、地上の建物のガラスを割るほどの威力があったため、飛行は海上ルートに厳しく制限されました。これにより、市場ポテンシャルはさらに狭められました 17

サンクコストの罠

商業的な失敗が明らかであったにもかかわらず、イギリスとフランスの両政府は「すでに多額の資金を投じてしまったから」という理由だけで、さらに深みにはまるように投資を続けました 16。国家の威信と、すでに投じた莫大な費用を無駄にしたくないという心理が、合理的な判断を曇らせたのです。この非合理的な意思決定プロセスは、後に動物行動学者のリチャード・ドーキンスによって「コンコルドの誤謬(Concorde Fallacy)」と名付けられました 15。

プロジェクトが政治的象徴となる危険性

コンコルドの失敗がこれほどまでに深刻化した根本的な理由は、このプロジェクトが合理的なビジネス案件であることをやめ、国家の威信と技術的優位性の「象徴」となってしまった点にあります。プロジェクトのアイデンティティが国家的なエゴと結びついた時、合理的な「中止」の決定はほぼ不可能になります。

経済的なデータは、プロジェクトが実行不可能であることを明確に示していました 16。標準的なビジネス慣行であれば、損失を確定し、撤退するべきでした。ある調査報告書は「期待される利益をもたらす見込みのないプロジェクトを中止することは失敗と見なすべきではない。そのようなプロジェクトを中止できないことこそが失敗である」と述べています 16

では、なぜ両政府は固執したのでしょうか。それは、コンコルドが英仏共同事業であり、アメリカの航空業界への対抗馬と見なされていたからです 14。プロジェクトを中止することは、公に失敗を認め、政治的な屈辱を味わうことを意味しました。プロジェクトに投じられた「サンクコスト」は、金銭的なものだけでなく、政治的なものでもあったのです。この感情的・政治的な投資がスポンサーの判断を曇らせ、結果として「悪銭身につかず」の状況を長引かせることになりました。

ここから得られる教訓は、プロジェクトマネージャーは、自らのプロジェクトの目的がビジネス価値の創出から政治的象徴へとすり替わる瞬間を鋭敏に察知しなければならないということです。それは、プロジェクトがデータに基づいた合理的な意思決定を受け付けなくなる、重大な危険信号なのです。

5. デンバー国際空港手荷物システム:制御不能に陥った複雑性

デンバー国際空港(DIA)の自動手荷物システムは、ITプロジェクト失敗の伝説として語り継がれています。1990年代初頭、新空港の目玉として計画されたこの野心的な全自動システムは、結果として空港の開港を16ヶ月も遅らせ、5億6000万ドルのコスト超過と、関係者全員にとっての公的な屈辱をもたらしました 19

プロジェクトマネジメント分析

複雑性の過小評価

このプロジェクトの根本的な失敗は、その計り知れない「複雑性」を完全に過小評価したことにありました。計画されたシステムは、それまでに存在したどの自動システムの10倍もの規模であり、規模の増大は複雑性の「指数関数的」な増大をもたらしました 20。特に、空のカートを必要とされる場所に効率的に配分するための「ラインバランシング」と呼ばれるアルゴリズムは、極めて難解な数学的モデリングを必要としましたが、その困難さは全く認識されていませんでした 20。

不可能なスケジュールとスコープクリープ

複雑性の過小評価は、非現実的な2年という開発スケジュールにつながりました。その結果、この手荷物システムは空港全体の開港におけるクリティカルパスとなり、プロジェクトチームは不可能なスケジュールを守るために近道を選び、多くのミスを犯すという悪循環に陥りました 20。さらに、プロジェクトは絶え間ない仕様変更(スコープクリープ)と不十分な計画に悩まされ続けました 19。

技術的な大惨事

ようやくテスト段階にこぎつけたシステムは、大惨事そのものでした。メディア向けに行われたデモンストレーションでは、システムが手荷物を破壊し、中身をぶちまけ、高速で動くカート同士が衝突する様子が映し出されました 20。システムは、クリーンな電力供給の確立に失敗し、停電が頻発。ソフトウェアのバグや機械的な問題も山積みでした 19。

最終的な放棄

最終的に開港にこぎつけた時、稼働していたシステムは当初の壮大な計画の影も形もないものでした。3つのコンコースを統合するどころか、1つの航空会社の、1つのコンコースの、出発便のためだけに使われる限定的なものだったのです 20。そして、この不完全なシステムでさえ、月額100万ドルという維持費がかさみ、ついに2005年、完全に放棄され、人手による手作業システムに置き換えられました 20。

クリティカルパスの罠

この事例は、管理を誤ったサブプロジェクトが、いかにしてより大きなプログラム全体のクリティカルパスとなり、企業全体を人質に取るかを示しています。失敗は、単に手荷物システムプロジェクトの管理にあったのではありません。空港全体の開港という巨大プログラムとの「相互依存性」の管理に失敗したことに、より大きな問題の根源があります。

DIAは49億ドル規模の巨大プログラムでした 19。手荷物システムはその中の一つのサブプロジェクトに過ぎません。しかし、プロジェクトマネジメントチームがその複雑性を過小評価した結果、このサブプロジェクトが空港全体の開港のクリティカルパスとなることを許してしまいました 20。これは、数十億ドル規模の空港の成功が、この一つの非常に複雑でハイリスクなITプロジェクトの成功に完全に依存することを意味します。

これにより、手荷物システムプロジェクトには計り知れないプレッシャーがかかりましたが、同時にプログラム全体に不釣り合いなリスクをもたらしました。手荷物システムの遅れは、1日あたり数百万ドルの逸失利益と運営コストを生む、空港全体の遅れに直結したのです。ここから得られる教訓は、プログラムマネジメントと相互依存性のマッピングの重要性です。プロジェクトマネージャーは、自らのプロジェクトのクリティカルパスだけでなく、そのプロジェクトがより大きなプログラムのクリティカルパスの中でどのような位置を占めているかを理解しなければなりません。主要なクリティカルパス上にあるハイリスクなサブプロジェクトのリスクを軽減したり、代替案を用意したりすることを怠れば、それはシステム全体の大惨事へとつながるのです。

6. エアバスA380:戦略的仮説の失敗

エアバスA380は、コンコルドの現代版ともいえる事例です。世界最大の旅客機として、技術的には傑作でしたが、商業的には大失敗に終わり、エアバス社は十分な受注を確保できず2021年に生産を終了しました 23。このプロジェクトは、技術的に完璧に実行されても、市場分析と戦略という根本的な前提が間違っていれば失敗に終わることを示しています。

プロジェクトマネジメント分析

誤った市場前提

A380のビジネスケース全体が、「ハブ・アンド・スポーク」型の航空輸送モデルに基づいて構築されていました。これは、巨大なハブ空港間を大量の乗客を乗せた大型機が往復するというモデルです。エアバス社は、より小型で効率的な長距離機が都市間を直接結ぶ「ポイント・トゥ・ポイント」モデルが未来だと信じていたボーイング社と、真っ向から対立する賭けに出ました。結果として、市場のトレンドはボーイングの予測通りに進み、A380は、拡大するどころか縮小していく問題に対する解決策となってしまいました 23。

実行段階での失敗

プロジェクト自体も問題だらけでした。予算は当初の95億ユーロから180億ユーロへと高騰 23。そして、致命的かつシステム的な配線の問題により、プロジェクトは2年近く遅延しました 24。

遅延の根本原因:組織的な失敗

この配線問題は、プロジェクトマネジメントの根本的な失敗に起因していました。フランスとドイツの設計チームが、互換性のないバージョンのCAD(コンピュータ支援設計)ソフトウェア(CATIA)を使用していたのです。フランスのチームは最新のバージョン5を、ドイツのチームは旧式のバージョン4を使用していました。その結果、機体全体に張り巡らされる530kmもの配線の長さの計算に不整合が生じ、物理的な組み立て段階で初めて配線が短いことが発覚しました 24。これは、構成管理、組織内政治(国家間のプライドが標準化を妨げた)、そしてリスク管理の完全な失敗でした 24。

組織から実行、市場へと至る失敗の連鎖

A380は、失敗が連鎖していく完璧なケーススタディです。その連鎖は、最高レベルの戦略(市場前提)から始まり、組織の機能不全(互換性のないシステム)によって増幅され、戦術的な実行の失敗(配線)につながり、最終的に市場からの拒絶という結果に終わりました。

この失敗の連鎖を段階的に見てみましょう。

  1. レベル1(戦略的失敗): 取締役会は、航空輸送の未来に関する誤った仮説(ハブ・アンド・スポーク)に基づいてプロジェクトを承認しました 23。一つの部品も設計される前から、プロジェクトはすでに不安定な土台の上にありました。
  2. レベル2(組織的失敗): 複数の国家的事業体の集合体であるエアバス社の複雑で政治的な組織構造が、単一の標準化された設計ツール(CATIA v5)の導入を妨げました 24。これはガバナンスとチーム統合の失敗です。
  3. レベル3(実行・技術的失敗): この組織的失敗が、直接的に技術的失敗を引き起こしました。互換性のないソフトウェアが設計ミスを誘発し、530kmもの配線が使い物にならなくなったのです 24。これが大規模な手戻り、遅延、そして予算超過の原因となりました 23
  4. レベル4(市場の失敗): 遅延とコスト超過は、A380の魅力をさらに損ないました。しかし、たとえ定刻通り、予算通りに納入されていたとしても、最初の戦略的失敗が、A380の市場が小さすぎたことを意味していました。航空会社は、787のようなより小型で柔軟かつ効率的な航空機を好んだのです 26

この事例は、プロジェクトの失敗が単一の出来事であることは稀であることを示しています。それは多くの場合、あるレベルでの弱点が次のレベルでの弱点を露呈させ、あるいは生み出す連鎖反応なのです。プロジェクトマネージャーは、基本的なビジネスケースから、エンジニアが使用するツールに至るまで、あらゆるレベルのリスクに注意を払わなければなりません。


Part 3: 複雑な遺産:成功と失敗の共存

このセクションでは、コスト、時間、スコープといった伝統的なプロジェクトマネジメントの失敗指標が、計り知れないほどの長期的価値や成功と衝突する、複雑なプロジェクトを探求します。

7. シドニー・オペラハウス:世界で最も成功した失敗

シドニー・オペラハウスは、プロジェクトマネジメントにおける最大のパラドックスの一つです。標準的なPM指標(コスト、時間、スコープ)に照らせば、このプロジェクトは壊滅的な失敗でした。しかし、その結果として生まれた建築物は、世界で最も象徴的な建物の一つとなり、オーストラリアにとって計り知れない価値を持つシンボルとなりました 27

プロジェクトマネジメント分析

「鉄の三角形」の崩壊

このプロジェクトは、プロジェクトマネジメントの三大制約(鉄の三角形)のすべてにおいて、壮絶な失敗を喫しました。

  • コスト: 当初予算は700万ドル。最終的なコストは1億200万ドルで、実に1400%もの超過でした 28
  • 時間: 当初の完成予定は1963年。最終的な完成は1973年で、10年も遅延しました 28
  • スコープ: プロジェクトのスコープは、開始当初から明確に定義されていませんでした。政府は、設計が完了する前に建設を開始するよう圧力をかけました 28。これが絶え間ない変更とコントロールの欠如を招き、コストとスケジュールの高騰に拍車をかけました。根本的な原因は、明確な目標の欠如、建築家と政府間のコミュニケーション不足、不適切な計画、不十分な予算、そしてリスク管理の欠如にありました 28

「プロジェクトの成功」の再定義:計画 対 価値

シドニー・オペラハウスの事例は、我々に「プロジェクトの成功とは何か」という根源的な問いを突きつけます。プロジェクトの成功とは、欠陥のある計画に完璧に従うことでしょうか? それとも、計画から大幅に逸脱しても、計り知れないほどの、予期せぬ価値を生み出すことでしょうか? この事例は、「プロジェクトマネジメントの成功」(時間通り、予算通り)と「プロダクトの成功」(長期的な価値の提供)との間の決定的な違いを浮き彫りにします。

PMBOK(プロジェクトマネジメント知識体系)の基準から見れば、このプロジェクトは「計り知れない失敗」でした 28。しかし、最終的な「プロダクト」は、誰もが認める世界的な成功です。ユネスコ世界遺産に登録され、一国の象徴となっています 28

ここにパラドックスが生まれます。プロセスは失敗だったが、結果は勝利だったのです。これは、失敗を測定する基準となった当初の「計画」そのものに、深い欠陥があったことを示唆しています。当初の計画は、この建築的ビジョンの真の複雑性とポテンシャルを全く捉えきれていなかったのです。

ここから得られる教訓は、プロジェクトマネージャーにとって非常に重要です。当初の計画に厳格に従うこと自体が最終目標なのではありません。最終目標は「価値」を提供することです。そのためには、時に当初の計画が不適切であり、根本的に見直す必要があると認識することが求められます。たとえそれが、非現実的な初期指標に対して「失敗」することを意味したとしてもです。プロジェクトマネージャーの役割は、単に計画を管理することではなく、価値の創造を管理することなのです。

8. 英仏海峡トンネル:資金調達と契約の罠

英仏海峡トンネル(チャネルトンネル)は、イギリスとフランスを結ぶ技術的な偉業ですが、その裏では金融危機、大規模なコスト超過、そして複雑な契約上の紛争に悩まされ続けたプロジェクトでした 31

プロジェクトマネジメント分析

資金調達モデルの課題

このプロジェクトの核心的な課題は、英国政府が政府保証なしの100%民間資金による資金調達を主張したことにありました 32。この決定が、プロジェクトの財務的実行可能性とリスク管理に計り知れないプレッシャーをかけました。

コストとスケジュールの超過

コストは、当初見積もりの48億ポンド(1985年価格)から、最終的には95億ポンド(1994年価格)へと、80%も超過しました 32。建設自体は「ほぼ予定通り」に進んだものの 32、トンネル開通から10年以上経った2007年まで英国側の高速鉄道接続が完成しないなど、関連インフラの遅れがプロジェクト全体のタイムラインに影響を与えました 32。

契約の複雑性

プロジェクトには、2つの政府、所有者(ユーロトンネル)、建設コンソーシアム(トランスマンシュ・リンク – TML)、そして206もの銀行という、複雑なステークホルダー網が関与していました 34。スコープが十分に定義されていないにもかかわらず、固定価格要素を含む「設計・建設・委託」契約を結んだことで、請求と紛争が頻発する敵対的な環境が生まれました 34。

リスク管理の失敗

プロジェクトチームの焦点は工学的リスクにありましたが、プロセス、承認、そして財務に関するリスクへの備えは不十分でした 34。財務モデルは過度に楽観的で、フェリーとの激しい競争により、収益予測は一度も達成されませんでした 32。

スポンサーが設定する成功への舞台

チャネルトンネルの事例は、プロジェクトの運命が、プロジェクトマネージャーが任命されるよりずっと前に、そのスポンサーの決定によって左右されうることを示しています。100%民間資金で賄うという政治的決定が、対立とコスト超過をほぼ不可避にする一連の制約を生み出したのです。

この因果関係をたどると、以下のようになります。

  1. スポンサー(特にサッチャー政権下の英国政府)が、「公的資金や保証は一切なし」という主要な制約を設定しました 32
  2. この制約が、プロジェクト全体の構造を決定づけ、民間の銀行コンソーシアムへの依存を余儀なくさせました 34
  3. 銀行は、自らの投資を保護するため、リスクを建設業者に押し付ける、リスク回避的な契約構造を要求しました 34
  4. 本質的にリスクの高い地下建設プロジェクトを固定価格で入札せざるを得なかった建設業者は、楽観的な価格を提示し、「状況の変化」を理由とする追加請求で利益を確保しようとしました 34
  5. これが、初日から根本的に敵対的なシステムを生み出しました。この構造は、協力ではなく対立を助長したのです。

したがって、プロジェクトがその後直面した財政難や紛争は、単なる実行段階での失敗ではなく、スポンサーによって設定された初期の枠組みがもたらした、直接的で予測可能な結果でした。ここから得られる教訓は、プロジェクトマネージャーは、初期のプロジェクト憲章や資金調達構造を理解し、可能であればそれに影響を与えなければならないということです。なぜなら、これらの基礎的な要素が、プロジェクトの文化と結果をあらかじめ決定づけてしまう可能性があるからです。

9. 国際宇宙ステーション(ISS):ステークホルダー管理のマスタークラス

国際宇宙ステーション(ISS)は、これまでに建設された単一の物体として最も高価(1500億ドル)なものであり、15カ国と5つの主要な宇宙機関(NASA、ロスコスモス、ESA、JAXA、CSA)が協力して軌道上に研究所を建設・運営するという、国際協力の輝かしい勝利です 31

プロジェクトマネジメント分析

前例のない複雑性

このプロジェクトは、世界中に分散したチーム、複数の打ち上げシステムを調整し、異なる大陸で製造され、地上では一度も接続されたことのないモジュールを宇宙で組み立てるという、前例のない複雑性を伴います 37。

法的・ガバナンスの枠組み

プロジェクトは、複雑で多層的な合意によって統治されています。最上位にあるのは、パートナーシップを確立する国際条約である「宇宙基地に関する政府間協定(IGA)」です。その下には、指定管理者であるNASAと他の4つのパートナー機関との間で交わされる「了解覚書(MOU)」があり、役割と責任を定義しています 40。

所有権と資源配分

所有権は共有されていません。各パートナーは、自らが提供したモジュールに対する管轄権と管理権を保持します。しかし、ステーションの「利用権」(クルーの時間、電力、データ通信など)は、複雑な計算式(例:NASA 76.6%、JAXA 12.8%など)に基づいて配分されます 40。これは、複雑なステークホルダー問題を解決するための、非常に洗練されたソリューションです。

国際協力の実践

ISSは「科学外交」のモデルとして称賛されており、地政学的な緊張の時代でさえも、民主主義国家とロシアを含む国々の間で持続的かつ平和的な協力が実現した稀な例です 41。

外交手段としてのプロジェクト

ISSは、単なる科学プロジェクト以上の存在です。それは、政治的・外交的な存在でもあります。そのプロジェクトマネジメント構造は、技術的な効率性だけでなく、繊細な国際的パートナーシップを維持するために設計されています。その複雑さは欠陥ではなく、すべてのパートナーが投資を続け、関与し続けることを保証するための「機能」なのです。

この構造の背後にある論理を考えてみましょう。

  1. プロジェクトには15カ国と5つの機関が関与しています 40。技術的な効率だけを考えれば、一国が主導する単純な中央集権的管理構造の方が優れているかもしれません。
  2. では、なぜこれほどまでに複雑で多層的な法的・所有権構造が作られたのでしょうか 40
  3. この構造は、各パートナーに自らの貢献に対する所有権と管理権を与えます。これにより、国家としてのプライドが保たれ、プロジェクトへの具体的な利害関係が確保されます。
  4. 資源配分の計算式は 40、各パートナーにとって明確で定量化可能な投資収益率(ROI)を生み出し、自国政府に対する継続的な資金提供の正当化を助けます。
  5. IGA、MOU、共同運用といった枠組み全体が、継続的なコミュニケーションと協力を強制します。それは、共有された運用上の依存関係を通じて、各国を一つに結びつけます。

したがって、ISSの管理フレームワークは、地政学的現実主義(リアルポリティーク)の傑作です。それは、プロジェクトマネジメントの原則(明確な役割、定義された成果物、資源配分)を用いて、ハイステークスな環境における長期的で安定した国際協力という外交目標を達成しているのです。ここから得られる教訓は、複数のステークホルダーが関わるプロジェクトでは、マネジメント構造が技術的な目標と同じくらい、政治的・関係性構築の目標にも貢献しなければならないということです。


Part 4: より広い文脈でのプロジェクトマネジメント

このセクションでは、建設やIT以外のプロジェクトを取り上げ、PM原則の普遍性を示します。

10. フォード・エドセル:建設とITを超えた教訓

1957年に発売されたフォード・エドセルは、製品開発とマーケティングにおける失敗の古典的なケーススタディです。莫大な投資と誇大広告にもかかわらず、この車は商業的に大失敗し、フォード社に推定2億5000万ドルから3億5000万ドルの損失をもたらしました 42。この失敗は、プロジェクトマネジメントの基本原則が、あらゆる種類のプロジェクトに普遍的に適用されることを示しています。

プロジェクトマネジメント分析(プロジェクトとして捉える)

市場調査(要求事項の収集)の失敗

エドセルのプロジェクトは、1954年から55年にかけて行われた、時代遅れの市場調査に基づいていました。1957年の発売時までに、市場は大きく変化していました。景気後退が始まり、消費者の嗜好はより小型で経済的な車へと移行していたのです。しかし、フォードの調査はこのトレンドを「取るに足らないグループ」として退けていました 42。これは、継続的なステークホルダー(顧客)分析の失敗に他なりません。

製品ポジショニング(スコープ定義)の失敗

エドセルは、フォードとマーキュリーの間の価格帯の隙間を埋めるために設計されましたが、その価格設定は消費者を混乱させ、既存のモデルと重複していました 44。スコープが、競合製品と明確に差別化されていなかったのです。

ネーミング(ステークホルダーの合意形成)の失敗

「エドセル」という名前は、調査によって「プレッツェル」や「ディーゼル」といった否定的な連想を呼び起こすことが示されていたにもかかわらず、会社の上層部によって決定されました 43。これは、データとステークホルダーの声を無視した失敗です。

品質管理の失敗

初期モデルは、機械的な問題や低い製造品質に悩まされ、発売当初からブランドの評判を著しく損ないました 44。これは、実行段階における品質保証の失敗でした。

タイミング(本番移行)の失敗

発売のタイミングが、深刻な景気後退の始まりと重なりました。中価格帯の、様式化された車を発売するには最悪のタイミングでした 44。

プロジェクトマネジメント・フレームワークの普遍性

エドセルの失敗は、プロジェクトマネジメントの核となる原則が、特定の分野に限定されないことを証明しています。ピラミッドを建設するにせよ、ソフトウェアシステムを構築するにせよ、あるいは自動車を発売するにせよ、同じ基本原則が適用されます。すなわち、要求を理解し、スコープを定義し、品質を管理し、リスクを軽減し、そしてタイミングを計ることです。

この失敗事例を標準的なPMライフサイクルに当てはめてみましょう。

  • 立ち上げ・計画: 時代遅れの市場調査 43 は、欠陥のある要求事項収集に等しい。混乱を招くポジショニング 44 は、不十分なスコープ定義です。
  • 実行: 低い製造品質 44 は、品質マネジメントの失敗です。
  • 監視・コントロール: 車名に対する否定的なフィードバックの無視 43 は、ステークホルダーからのフィードバック管理の失敗です。
  • 終結(発売): 景気後退下での発売 44 は、リスク管理とスケジューリングにおける壊滅的な失敗です。

マーケティングとプロジェクトマネジメントでは用語が異なりますが、根底にある概念は全く同じです。このケーススタディは、PMBOKの知識エリア(スコープ、タイム、コスト、品質、リスク、ステークホルダー管理など)が、特定の目標を持つ一時的な活動すべてに適用される普遍的な原則であることを、力強く示しています。


結論:プロジェクトマネジメントの不変の原則

これまで見てきた10の壮大なプロジェクトは、時代も分野も結果も様々ですが、その成功と失敗の物語は、現代のプロジェクトマネージャーにとって不変の原則を浮かび上がらせます。

  • ビジョンと計画の力: アポロ11号計画とギザの大ピラミッドは、明確で人々を鼓舞するビジョンが、綿密な段階的計画と結びついた時、不可能を可能にすることを示しました。壮大な目標は、複雑なタスクを整理し、チームに目的意識を与える羅針盤となります。
  • リスクと適応性の重要性: パナマ運河とアポロ計画は、過去の失敗から学び、現実に対応して計画を修正する能力の重要性を教えてくれます。リスクは避けるべきものではなく、積極的に特定し、管理し、そして時には受け入れるべきものです。最も優れた計画でさえ、現実の変化の前には柔軟性を求められます。
  • 仮説と謙虚さ: コンコルド、エアバスA380、そしてフォード・エドセルは、誤った仮説の危険性と市場に対する謙虚さの必要性を示す教訓に満ちた物語です。技術的な輝きや社内の論理だけでは、プロジェクトの成功は保証されません。ステークホルダー、特に最終的な顧客のニーズと市場の現実を無視すれば、最も優れた製品でさえ失敗に終わります。
  • 複雑性の管理: デンバー国際空港の手荷物システムは、複雑性を尊重し、管理しなければならないことを示しています。過小評価された複雑性は、制御不能なスパイラルに陥り、プロジェクトだけでなく、それが属するプログラム全体を破綻させる可能性があります。
  • 価値と遺産: シドニー・オペラハウスと英仏海峡トンネルは、短期的な指標が時に誤解を招くことを教えてくれます。プロジェクトの真の成功は、当初の計画に対する遵守度ではなく、それが生み出す長期的な価値によって測られるべきです。
  • ステークホルダーと協力: 国際宇宙ステーションは、最も複雑な課題でさえ、協力のための優れたフレームワークを設計することで克服できるという究極の証明です。成功は、利害関係者との継続的なコミュニケーションと、共有された目標に向けた協力関係の構築にかかっています。

現代のプロジェクトマネージャーは、現代のピラミッドの建設者であり、新たなフロンティアの探求者です。彼らが扱うプロジェクトのツールやコンテキストは変化し続けていますが、その根底にある原則は不変です。これらの歴史的な巨人たちの肩の上に立ち、その成功と失敗から学ぶことで、我々は自らのプロジェクトをより良く航海させ、時代を超えた落とし穴を避け、そして自らの永続的な成功の遺産を築き上げることができるのです。

引用文献

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