CRISPR/Cas9 が変えた分子生物学

目次

はじめに

狙った遺伝子を安全に、正確に編集するゲノム編集技術の発展はめざましく、幅広い分野で利用されています。

中でも、比較的最近開発されたCRISPR/Cas9というゲノム編集技術は非常に画期的で、分子生物学の飛躍に貢献しました。

この記事では、CRISPR/Cas9の基本情報をおさらいし、どのように分子生物学を変えたのか紹介していきます。

CRISPR/Cas9とは?

CRISPR/Cas9とは、狙った箇所のDNA二本鎖を切断し、遺伝子配列を改変する技術です。

エマニエル・シャルパンティ博士とジェニファー・ダウドナ博士によって開発されました。

2012年に論文で発表されると「誰でも」「安価に」「簡単に」ゲノム編集を行える画期的な技術として瞬く間に世界中に広まり、2020年にはノーベル化学賞を受賞しました。

CRISPRはclustered regularly interspaced short palindromic repeatのそれぞれの単語の頭文字を取ったものです。また、これは有名な話ですが、反復クラスターであるCRISPRは日本人の石野良純博士によって1987年に発見された配列です。日本人の発見が長い年月の先に分子生物学をさらに変えるような知識・技術になるとはなんとも誇り高いですね。

CRISPR/Cas9の仕組み

ゲノム編集というと難しそうで誰にでもできるとは思えませんが、一体どうやってそのようなことを可能にしているのでしょうか?詳しく見ていきましょう。

CRISPR-Cas9は2つの要素から構成されています。

ガイドRNA(gRNA)という、その名の通り編集したいDNA配列まで誘導するRNAと、Cas9というDNA二本鎖を切断する酵素です。

gRNAは、標的のDNA配列と相補的な配列を持つことで標的のDNA配列を認識し、結合します。

Cas9は、gRNAを目印にDNA二本鎖を切断します。

切断後、DNA二本鎖は細胞内の非相同性末端結合(non-homologous end joining; NHEJ)または相同組換え(Homology-directed Repair; HDR) によって修復されます。

この修復機能を使って、標的遺伝子を破壊したり(ノックアウト)、目的の遺伝子を挿入したり(ノックイン)するのです。

修復用のテンプレートが存在しない時、NHEJ修復機能が働き、切断末端同士を連結させようとします。

この時に塩基の挿入または欠損が生じるため、機能欠損変異を引き起こし、標的遺伝子がノックアウトされます。

反対に、HDR修復機能を利用すれば特定の遺伝子をノックインすることも可能です。

gRNAとCas9と一緒にドナーテンプレートを細胞に導入すれば、ドナーテンプレートを参照してHDR修復が行われます。

その結果、狙った箇所に目的の配列を組み込むことができます。

gRNAに組み込まれている標的DNA配列を変えれば、また違う部位を編集することが可能です。

ドナーテンプレートを変えれば挿入する配列を変えることもできます。

この合成は難しくなく、従来の技術よりも時間もお金もかからないことから、CRISPR/Cas9で「誰でも」「安価に」「簡単に」ゲノム編集が可能になったと言われているのです。

分子生物学へのインパクト

CRISPR/Cas9によってゲノム編集が誰でも簡単にできるようになったことで、分子生物学の世界は大きく変わりました。ここでは大きく2つの変化について紹介していきます。

  • 研究スピードの向上

CRISPR/Cas9の登場によって、高度な専門技術を持った研究者でないと成功しなかったことが、ほぼ誰にでもできるようになりました。しかも、それまで1年以上かかっていた作業が数か月で終わるようになったのです。時間的にも費用的にもコストが削減され、ゲノム編集ができる研究者が増えたことによって、分子生物学分野での研究スピードと効率が飛躍的に向上しました。

  • 汎用性

CRISPR/Cas9は汎用性にも優れています。ほぼ全ての生物に備わっているDNA修復機能を利用しているため、対象の制限なくゲノム編集が可能です。そして、受精卵にも変異を導入することができるため、ノックアウトマウスの作成に革命を起こしました。ある遺伝子がどのような働きをしているのかを知りたい時、その遺伝子を欠損させたノックアウトマウスを作成して研究します。従来の胚胎幹細胞(ES細胞)を使う手法では、まずマウスのES細胞に変異を導入してからその後数世代かけて交配させなければならなかったため、とても手間と時間がかかりました。しかし、CRISPR/Cas9を使うことによって直接マウスの受精卵に変異を導入することができるようになったため、交配なしでノックアウトマウスを作成することができるようになったのです。

終わりに

CRISPR/Cas9の出現は、分子生物学界に衝撃をもたらしました。今では基礎研究だけでなく、食糧問題の解決や新しい治療法の開発など、様々な分野に応用されています。CRISPR/Cas9のこれからの活躍に期待です。

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