人類の永遠のロマンともいえる不老不死を思わぬ形で実現した女性が居ます。アフリカ系アメリカ人女性のヘンリエッタ・ラックスさんです。彼女の子宮頸がん病変から分離された細胞は不死化細胞「Hela細胞(またはHeLa細胞)」として、今でも世界中の研究室で生き続けています。
HeLa細胞は様々な実験モデルに採用され、今日まで科学、特に生物医学の発展に貢献してきました。しかし、その発見の経緯からしばしば論争の対象にもなっています。今回はHeLa細胞の発見の経緯と抱える課題について紹介します。





Hela細胞とは?

Hela細胞とは、1951年に研究室で初めて培養に成功したヒト細胞株です。元の細胞ががん患者ヘンリエッタ・ラックス(Henrietta Lacks)さんから採取されたため、HeLa細胞と名づけられました。HeLa細胞の特徴は無限に分裂できる「不死性」と高い増殖力です。通常、細胞の分裂回数には限界があります。しかし、HeLa細胞はがんの原因となったヒトパピローマウイルス18型 (HPV18) の遺伝子の一部が細胞の染色体に組み込まれたことで、細胞分裂を無限に繰り返せるようになったと考えられています。また、高い増殖力を持つため研究室での増殖が容易で、このことが培養の成功に繋がりました。
Hela細胞 発見の経緯

1951年1月、ラックスさんがバージニア州のジョンズ・ホプキンス大学病院を受診したことから全てが始まりました。子宮のこぶと不正出血を訴えていたため、こぶの生検を実施したところ悪性腫瘍であることが判明しました。ラックスさんはその後2回もサンプルを採取されますが、いずれも本人が知らないところで無断で行われたものでした。当時の標準治療を受けるも、がん細胞が全身に転移し、ラックスさんは同年10月に31歳の生涯を閉じました。
さて、無断で採取されたサンプルは、どうなったのでしょうか。サンプルは同大学の組織培養研究所所長のジョージ・ゲイ博士へと渡りました。当時、マウスなどの動物の細胞培養は既に成功していましたが、ヒトでは成功していませんでした。ヒト細胞の培養に挑戦していたゲイ博士が試験管でサンプルの培養を試みたところ、すぐにその異常性に気づくことになります。今までの細胞のように死滅することなく、活発に増殖したのです。細胞は試験管内で順調に増殖を続け、初のヒト細胞株Hela細胞として発表されました。皮肉なことに、ラックスさんの体を急速に蝕んだHeLa細胞の高い増殖力が、培養を成功させる鍵となったのです。
その後、Hela細胞は瞬く間に世界中で利用されるようになりました。ワクチンの開発、ウイルスの増殖、病気のメカニズムの解明など様々な実験モデルに利用され、生物医学の発展に貢献しました。例えば、1950年代に行われたポリオワクチンの開発はHela細胞無しでは成しえなかったと言っても過言ではありません。Hela細胞の登場によってワクチンの効果の検証などが容易に行えるようになり、開発を加速させたのです。また、子宮頸がんのワクチン開発でもHela細胞は重要な役割を担いました。ほかにも、放射線の細胞への影響を研究するために宇宙空間にも飛ばされています。死後、自身の一部が宇宙にまで行くことになるなんて、採取された本人は思ってもいなかったことでしょう。
Hela細胞が抱える課題

たくさんの功績を残してきたHela細胞ですが、いくつかの課題も残しています。
1つ目は、Hela細胞が本人や家族の同意なしに採取、培養、研究利用されたことです。今でこそ人を対象とした研究では十分な説明と同意(インフォームドコンセント)が義務付けられていますが、当時はそのような制度も概念もありませんでした。遺族は細胞株の樹立から20年以上経ってからHeLa細胞について初めて知り、説明を求めるも長年応じてもらえていませんでした。さらに、2013年にHela細胞の全ゲノム配列が報告されたことで、新たな倫理上の問題が発生します。ゲノム配列の公開は科学の発展に繋がりますが、本人の同意なしでの公開はプライバシーの侵害に当たります。遺族との協議の結果、この問題はゲノム配列へのアクセスを許可制とすることで落ち着きました。しかし、Hela細胞以外の未同意の細胞株には適応されません。
2つ目は、利益の分配です。Hela細胞に限らず、患者から採取された組織が経済的価値を持つケースは珍しくありません。患者組織や遺伝情報の所有権の所在や、経済的価値を持った場合に患者へ利益が分配されるべきかどうか、多くの議論が行われましたが未だに結論は出ていません。
まとめ
Hela細胞は数多くの功績を残していますが、同時に課題も残しています。医療倫理、プライバシーの保護、利益の分配、科学の発展など様々な要素が絡んだ複雑な問題であるため、解決にはまだ時間がかかりそうです。




参考サイト
・https://www.cytivalifesciences.co.jp/newsletter/biodirect_mail/cell_story/37.html
・https://osp.od.nih.gov/hela-cells/significant-research-advances-enabled-by-hela-cells/
・https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v10/n11/HeLa%E7%B4%B0%E8%83%9E%E6%A0%AA%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8B%E5%92%8C%E8%A7%A3%E3%81%B8%E3%81%AE%E9%81%93/48339