ユビキチン・プロテアソーム経路(UPS)は、細胞内で役目を終えたり異常をきたしたタンパク質を分解・リサイクルする巧妙なシステムである。この経路はユビキチンという小さな分子を「タグ」として利用し、特定のタンパク質だけを選び出してプロテアソームで処理する。生命の精密な制御を可能にするUPSの基本から、疾患との関連、最新研究までを徹底解説する。



ユビキチン・プロテアソーム経路とは
ユビキチン・プロテアソーム経路(UPS: Ubiquitin-Proteasome System)とは、細胞内で不要になったタンパク質や異常なタンパク質を選択的に分解する仕組みです。真核生物(酵母からヒトまで)でよく保存された重要な経路で、多くの短寿命タンパク質(例えば細胞周期を調節するタンパク質)の分解に必要です (ユビキチンプロテオソーム経路 | Cell Signaling Technology)。この経路により、タンパク質の品質管理(クオリティコントロール)や細胞の恒常性(ホメオスタシス)が維持されています。具体的には、不要または有害なタンパク質に小さなタンパク質であるユビキチン(76アミノ酸からなる高度に保存されたポリペプチド)を目印として付加し、タグ付けされたタンパク質をプロテアソームと呼ばれる巨大なタンパク質分解装置で処理します。この一連の仕組みにより、細胞は常にタンパク質の状態を監視し、異常なものを除去して正常な機能を保っているのです (ユビキチンプロテオソーム経路 | Cell Signaling Technology)
ユビキチン修飾のプロセス(E1・E2・E3酵素)
タンパク質にユビキチンを付加する過程は**ユビキチン化(ユビキチン修飾)**と呼ばれ、ATPのエネルギーを使って進行する3段階の酵素反応です (ユビキチンプロテオソーム経路 | Cell Signaling Technology)。まず、E1酵素(ユビキチン活性化酵素)がユビキチン分子を活性化し、自身にチオエステル結合で結合させます。続いて、E2酵素(ユビキチン結合酵素)がE1からユビキチンを受け取り、最後にE3酵素(ユビキチンリガーゼ)が登場します。E3酵素は基質となる特定の標的タンパク質とE2(ユビキチンを持った状態)の両方に結合し、ユビキチンを標的タンパク質上のリジン残基(Lys)に共有結合させます (ユビキチンプロテオソーム経路 | Cell Signaling Technology)。この結合はイソペプチド結合と呼ばれ、複数回繰り返されることで標的タンパク質にユビキチンのポリユビキチン鎖が形成されます。生体内には数百種類にも及ぶE3リガーゼが存在し、それぞれ特定の基質タンパク質だけを認識してユビキチン化する基質特異性を持っています (ユビキチンプロテオソーム経路 | Cell Signaling Technology)。このようにE1・E2・E3が協働することで、「どのタンパク質にユビキチンを付けて分解対象にするか」という精密な選別が行われているのです。
(File:Ubiquitylation.svg – Wikimedia Commons) 図1 ユビキチン化の模式図: ユビキチン・プロテアソーム経路におけるユビキチン付加のステップ。左から順に、E1酵素がユビキチン(Ub)をATP依存的に活性化し、E2酵素へと受け渡す。次にE3リガーゼが特定の基質タンパク質(緑)を認識し、E2からユビキチンを基質に転移することでユビキチン化が行われる。この反応が繰り返されると基質にはポリユビキチン鎖(複数のUb)が形成され、これが「処分すべきタンパク質」の目印となる。ユビキチンはターゲットのリジン残基に結合し、鎖の長さや形状が分解経路を決定する。
プロテアソームによるタンパク質分解
ポリユビキチン鎖が一定以上(通常4個以上)付加されたタンパク質は、細胞内の26Sプロテアソームによって認識され、速やかに分解されます (Protein Degradation using the Ubiquitin-Proteasome Pathway | Thermo Fisher Scientific – US)。プロテアソームは分子量2.5メガダルトンにもなる大きなタンパク質分解酵素複合体で、筒状の20Sコア粒子(4つのリング状サブユニット構造)と両端に付随する19S調節粒子から成ります (Protein Degradation using the Ubiquitin-Proteasome Pathway | Thermo Fisher Scientific – US)。19S調節部位がポリユビキチン化タンパク質を認識して結合し、ユビキチン鎖は分解前に切り離されてリサイクルされます (Protein Degradation using the Ubiquitin-Proteasome Pathway | Thermo Fisher Scientific – US)。標的タンパク質はプロテアソーム内部に巻き込まれる前に**変性(アンフォールディング)**され、20Sコアの中で多数のプロテアーゼ活性部位によってペプチド断片にまで分解されます (ユビキチンプロテオソーム経路 | Cell Signaling Technology)。この過程で遊離したアミノ酸やユビキチン分子は再利用され、新たなタンパク質合成やユビキチン化反応に供されます (Protein Degradation using the Ubiquitin-Proteasome Pathway | Thermo Fisher Scientific – US)。プロテアソームによる選択的タンパク質分解は細胞内の「不要物処理システム」として機能し、細胞周期の調節、シグナル伝達、遺伝子発現制御など様々な生命現象の裏付けとなっています (上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015))。
(File:Proteasome.jpg – Wikimedia Commons) 図2 プロテアソームによるタンパク質分解: ポリユビキチン鎖が付加された標的タンパク質(緑の鎖状)が26Sプロテアソーム複合体によって分解される概念図。プロテアソームは中空の筒状構造(黄色のコア部分)と両端のキャップ(紫色)からなり、キャップ部分がユビキチン化タンパク質を識別して中に取り込みます。内部の触媒部位でタンパク質がペプチド断片に切断され、分解産物(緑の点線部分)は筒の反対側から放出されます。ユビキチン鎖(図中では省略された緑の球)は分解前に切り離され、再び細胞内で利用されます。このようにプロテアソームは不要タンパク質をアミノ酸レベルにまで分解し、細胞内のタンパク質の質と量を調節します。
タンパク質品質管理と細胞恒常性への役割
ユビキチン・プロテアソーム経路は細胞におけるタンパク質の品質管理に不可欠です。合成直後にミスフォールド(誤った折りたたみ)を起こしたタンパク質や、損傷を受け機能不全に陥ったタンパク質は、シャペロン(分子伴侶)などによる修復が不能な場合、UPSによって速やかに分解されます (Protein Degradation using the Ubiquitin-Proteasome Pathway | Thermo Fisher Scientific – US)。例えば、小胞体(ER)で正常に折りたためなかった変性タンパク質はユビキチンによるタグ付けを受け、小胞体関連分解(ERAD)という経路でプロテアソームへ送られ除去されます。この働きにより、有害なタンパク質の蓄積を防ぎ、細胞内環境の恒常性が維持されます。
さらにUPSは正常なタンパク質の寿命調節にも関与しています。細胞周期に関わるサイクリンやサイクリン依存性キナーゼ阻害因子などは、必要なタイミングでプロテアソームによって分解されることで細胞増殖のタイミングが制御されています (ユビキチンプロテオソーム経路 | Cell Signaling Technology)。不要になった転写因子やシグナル伝達分子もUPSで分解され、新しい刺激に応答できるようリセットされます。これらの制御によって細胞は絶えず**タンパク質のターンオーバー(新陳代謝)**を行い、適応的に機能しているのです。


疾患との関連性
UPSの異常や機能低下は、さまざまな疾患状態と深く関係しています。近年の研究で、この経路ががんや神経変性疾患、免疫疾患など多くの難治性疾患に極めて重要な役割を果たすことが明らかになってきました (上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015))。以下では代表的な例として、がんと神経変性疾患におけるUPSの関与、および創薬(新しい治療薬開発)との関連について解説します。
がん細胞における異常と治療標的
がん細胞ではユビキチン・プロテアソーム経路の活性がしばしば異常に亢進しています。プロテアソームは特にがん細胞で活発に働いており、急速な細胞増殖に伴う大量のタンパク質産生・分解にがん細胞が強く依存しているためです (上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015))。その結果、腫瘍抑制因子など本来安定であるべきタンパク質が過剰に分解されてしまったり、逆にがん促進タンパク質(オンコプロテイン)の分解が低下して蓄積したりすることで、細胞のがん化が促進される場合があります。例えば、代表的ながん抑制因子p53はE3リガーゼのMDM2によってユビキチン化され分解されますが、MDM2の過剰発現はp53機能の低下と腫瘍形成に繋がります。このようにUPSの制御異常が発がんメカニズムの一部となりうるため、UPSはがん治療の重要な標的として注目されています。
実際の治療応用の例として、プロテアソーム阻害剤があります。プロテアソームの活性を薬剤で阻害すると、がん細胞内に不要タンパク質が蓄積してストレスが生じ、細胞死(アポトーシス)を誘導できます。正常細胞よりもがん細胞の方がプロテアソーム依存性が高いため、阻害剤によってがん細胞特異的に増殖を抑制できることが知られています (上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015))。その代表例がボルテゾミブ(商品名ベルケイド)で、初の臨床応用プロテアソーム阻害薬として多発性骨髄腫の治療に用いられています (上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015))。ボルテゾミブはプロテアソームの活性中心に結合してその働きを止め、骨髄腫細胞にアポトーシスを誘導します。これにより従来治療が効きにくくなった難治性骨髄腫患者にも有効性を示し、がん治療に新たな道を開きました。
もっとも、ボルテゾミブ治療では末梢神経障害などの副作用や、長期使用による薬剤耐性の問題も報告されています (上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015))。このため、現在ではボルテゾミブに続く「第二世代」のプロテアソーム阻害剤の開発・導入が進められています(詳細は後述) (上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015))。また、プロテアソームそのものだけでなく、特定のE3リガーゼやDUB(脱ユビキチン化酵素)を標的とすることで、がん細胞におけるユビキチン経路の異常を是正しようとする研究も活発に行われています。UPSを標的とする治療戦略は、今や分子標的治療の一分野として確立しつつあり、新規抗がん剤開発の有望な方向性となっています。
神経変性疾患におけるユビキチン修飾の関与
アルツハイマー病(AD)やパーキンソン病(PD)などの神経変性疾患では、異常タンパク質が神経細胞内に蓄積して神経毒性を発揮することが知られています。UPSの機能低下や破綻は、こうした異常タンパク質の蓄積と密接に関連しています。実際、加齢に伴いUPSの活性は低下し、その結果として異常タンパク質が細胞内に蓄積してアルツハイマー病をはじめとする老年性疾患の発症要因になることが示唆されています ()。アルツハイマー病の患者脳では不要なタンパク質のクリアランス機構が追いつかず、ユビキチン化されたタウタンパク質の凝集体(神経原線維変化)やアミロイドβプラークが蓄積していることが確認されています。
パーキンソン病では、神経細胞にできる特徴的な封入体であるレビー小体にユビキチンが陽性に染色することが古くから知られており、ユビキチン経路の関与が示唆されています (Protein Degradation using the Ubiquitin-Proteasome Pathway | Thermo Fisher Scientific – US)。レビー小体はα-シヌクレインなどの異常凝集体ですが、通常であればUPSやオートファジーによって除去されるべきタンパク質が処理しきれず蓄積した結果と考えられます。また、若年性パーキンソン病の原因遺伝子Parkin(パーキン)はE3ユビキチンリガーゼであり、その機能欠損変異はミトコンドリアの劣化除去不全やタンパク質蓄積を招いて神経変性を引き起こします。これらの例から、神経変性疾患の発症・進行にはUPSの機能不全が深く関与していることが明らかです。そのため、ユビキチン経路を活性化して異常タンパク質を分解させるような創薬研究も行われています ([PDF] ユビキチンープロテアソーム活性化剤を いた新規認知症治療法の …)。例えば、ユビキチン-プロテアソーム系を活性化する低分子化合物を用いてアルツハイマー病モデル動物の認知機能を改善する試みなどが報告されており、今後の治療戦略として期待が高まっています ([PDF] ユビキチンープロテアソーム活性化剤を いた新規認知症治療法の …)。


創薬研究におけるプロテアソーム阻害剤の応用
ユビキチン・プロテアソーム経路は創薬研究において魅力的な標的となっています。前述のボルテゾミブはUPSを標的とした創薬の成功例であり、2004年にノーベル化学賞が授与されたユビキチン経路の知見が実際の医療に結びついた画期的成果でした。ボルテゾミブ以降、いくつかの新たなプロテアソーム阻害薬が開発されています。カルフィルゾミブ(商品名カイプロリス)やイキサゾミブ(ニンラロ)は第二世代のプロテアソーム阻害剤として登場し、ボルテゾミブで抵抗性を示すがんにも効果が期待でき、副作用である末梢神経障害も軽減されていることが特徴です (多発性骨髄腫 第二世代プロテアソーム阻害剤カルフィルゾミブ(カイプロリス) 承認取得 / イキサゾミブ 承認申請 | がん情報サイト「オンコロ」 )。カルフィルゾミブはすでに多発性骨髄腫に対する治療薬として承認され、イキサゾミブも経口投与できるプロテアソーム阻害薬として実用化されています (多発性骨髄腫 第二世代プロテアソーム阻害剤カルフィルゾミブ(カイプロリス) 承認取得 / イキサゾミブ 承認申請 | がん情報サイト「オンコロ」 ) (多発性骨髄腫 第二世代プロテアソーム阻害剤カルフィルゾミブ(カイプロリス) 承認取得 / イキサゾミブ 承認申請 | がん情報サイト「オンコロ」 )。さらに、従来型の阻害剤だけでなく、ユビキチン経路を創薬に活用する新しいコンセプトも登場しています(詳細は次章)。
最新の研究動向
ユビキチン・プロテアソーム経路は発見から40年以上経った現在も、盛んに研究が進められており、新たな知見が続々と報告されています。ここでは、ユビキチン修飾に関する新発見、プロテアソーム阻害を応用した最新の治療戦略、そしてオートファジー(自食作用)との相互作用という3つのトピックについて、最近の動向を概説します。
ユビキチン修飾の新たな発見と意義
ユビキチン鎖は一般的に、リジン残基(Ub内部の7か所あるLysのいずれか)を介して繋がったK48結合鎖がプロテアソームへの目印となります。しかし、ユビキチン同士の結合様式はそれ以外にも複数存在し、それぞれが異なる細胞内シグナルを担うことが分かってきました (ユビキチンプロテオソーム経路 | Cell Signaling Technology)。例えば、K63結合鎖はプロテアソームではなく主に細胞内小器官の選択的オートファジーやDNA修復シグナルに関与し、直鎖状ユビキチン鎖(M1鎖、ユビキチンのN末端同士で連結)は炎症や免疫応答の制御に重要な役割を果たします (Journal of Japanese Biochemical Society 92(1): 28-34 (2020))。直鎖状ユビキチン鎖はLUBACと呼ばれる特殊なE3リガーゼ複合体によって生成されますが、この経路の機能不全があると自己炎症疾患や神経変性疾患(例:家族性ALSやアルツハイマー病)につながることが報告されています (Journal of Japanese Biochemical Society 92(1): 28-34 (2020))。こうした非典型的ユビキチン修飾の発見は、「ユビキチン=分解の目印」という従来の概念を超え、ユビキチンが多彩な細胞スイッチとして機能することを示しています。そのため現在では、ユビキチン鎖の種類(結合様式や長さ)の違いによる細胞内シグナルの違い、いわゆる「ユビキチンコード」の解読が大きな研究課題となっています (ユビキチンプロテオソーム経路 | Cell Signaling Technology)。
この分野の応用的な最新研究として、直鎖状ユビキチン鎖を標的とした創薬が挙げられます。前述のLUBACリガーゼを抑制することで過剰な炎症反応や細胞死を防ごうという試みで、近年日本の研究グループがHOIPINと名付けられたLUBAC阻害化合物を報告しています (Journal of Japanese Biochemical Society 92(1): 28-34 (2020))。このようにユビキチン修飾パターンそのものを操作することで難治疾患に挑むアプローチも登場しており、ユビキチン研究の新展開として注目されています。
プロテアソーム阻害剤と新規治療戦略
プロテアソーム阻害剤による治療は、現在も改良と新展開が図られています。第二世代阻害剤のカルフィルゾミブやイキサゾミブの登場により、多発性骨髄腫などではボルテゾミブ耐性の患者にも新たな治療選択肢が提供されました (多発性骨髄腫 第二世代プロテアソーム阻害剤カルフィルゾミブ(カイプロリス) 承認取得 / イキサゾミブ 承認申請 | がん情報サイト「オンコロ」 )。加えて、副作用軽減のために投与経路の改良(例えば経口剤の開発)も進んでいます。
一方で、近年はプロテアソームを直接阻害するのではなく、ユビキチン経路を創薬プラットフォームとして利用する新しい戦略が注目されています。その代表例がPROTAC(プロタック:Proteolysis Targeting Chimera)と呼ばれる技術です。PROTACは一種のハイブリッド分子で、片方で標的タンパク質に結合し、もう片方でE3リガーゼに結合します。これにより標的タンパク質にユビキチンを強制的に付加させ、プロテアソームで分解させてしまう低分子化合物です (PROTACs, what they are, benefits, drug discovery, and their intermediates. | PROTAC(標的タンパク質分解誘導化合物)と創薬研究、合成中間体 | フナコシ)。言わば「細胞内の掃除屋」であるUPSを狙ったタンパク質だけに向けさせて除去する仕組みで、阻害薬では手が届かなかった難攻不落の標的(創薬標的になりにくいタンパク質)にも作用できる可能性があります。実際、現在いくつかのPROTAC分子ががんをはじめとする疾患モデルで有望な結果を示しており、臨床試験段階に進んでいるものもあります。PROTACはユビキチン・プロテアソーム経路の標的タンパク質分解誘導という概念を生かした最先端の創薬アプローチであり、「必要なタンパク質は残しつつ、有害なタンパク質だけを選んで消す」夢の治療法への道を拓くものとして期待されています。
オートファジーとの相互作用
細胞内のタンパク質分解システムには、UPSのほかにオートファジー(自食作用)と呼ばれる経路があります。オートファジーは主に不要な細胞小器官や巨大タンパク質複合体、凝集体などを分解するのに適した機構で、二重膜の小胞(オートファゴソーム)で標的を包み込みリソソームと融合して分解します。一方、UPSは一つひとつのタンパク質にユビキチンを付けて目印にし、プロテアソームで直接分解します。この両者は長らく独立した経路と考えられてきましたが、近年では**クロストーク(情報のやり取り)**があることが判明しています。
例えば、プロテアソームが阻害されたり分解能力を超えるストレス下では、細胞はオートファジーを活性化して蓄積しがちなタンパク質を代償的に除去しようとします (本文/YA4337J)。プロテアソームは構造上、大きなタンパク質凝集体は入口の直径制限のため分解できません。そのためUPSが手に負えない巨大な凝集体は選択的オートファジーに回されます (本文/YA4337J)。実際、UPSを阻害するとユビキチン化タンパク質が細胞内に蓄積しますが、同時にオートファジーが誘導されてこれらを片付けようとする現象が報告されています (本文/YA4337J)。逆にオートファジーが遺伝的に欠損した細胞では、ユビキチン陽性の凝集体(インクルージョンボディ)が異常蓄積することも知られています (本文/YA4337J)。これはUPSだけでは処理しきれないタンパク質のゴミがオートファジーなしでは行き場を失うためです。
両経路のクロストークの分子的な要となるのが、p62/SQSTM1をはじめとするユビキチン結合アダプタータンパク質です。p62はユビキチン鎖に結合するドメインとオートファゴソーム膜に結合するドメインを持ち、ユビキチン化された不要タンパク質を橋渡ししてオートファジーへ誘導します (拡大する選択的オートファジーによる細胞制御 – 生化学)。UPSが機能低下に陥った際にはp62が増えて凝集体を取り込み、オートファジーによる処理を促進することが報告されています。一方でp62自体もプロテアソームで適切に分解されており、オートファジーが不全になるとp62が過剰蓄積して細胞に有害となります (選択的オートファジーとは – MBLライフサイエンス)。このようにUPSとオートファジーは協力し合いながらタンパク質品質管理ネットワークを構築しており、互いの不足を補うことで細胞の健全性を維持しています (本文/YA4337J)。
研究の最前線では、UPSとオートファジーのバランスを操作することで神経変性疾患などの治療につなげる試みも行われています。例えば、プロテアソーム活性をわざと低下させてオートファジーを誘導し、プロテアソームでは分解できない大型凝集体(アルツハイマー病のアミロイド斑など)の除去を促進するアプローチや、逆にオートファジーを活性化剤で高めてUPS機能の低下を補う戦略などが検討されています。UPSとオートファジーという二大分解経路の綱引きを制御することは、タンパク質蓄積が原因となる難病の克服に向けた鍵の一つとして期待されています。

以上、ユビキチン・プロテアソーム経路の基礎から疾患への関与、そして最新の研究動向まで概観しました。ユビキチンという小さなタグとプロテアソームという巨大な分解装置が連携するこの巧妙なシステムは、細胞の健全性維持に欠かせないのみならず、疾患の発症や進行にも深く関与しています。さらに、この経路を操作することで疾患を治療しようとする試みも確実に成果を上げつつあります。ユビキチン・プロテアソーム経路の研究は、今後も生命科学や医学に新たな知見と革新的な治療法をもたらしてくれることでしょう。
参考文献・情報源: ユビキチン・プロテアソーム経路に関するセルシグナル社の解説ページ (ユビキチンプロテオソーム経路 | Cell Signaling Technology) (ユビキチンプロテオソーム経路 | Cell Signaling Technology)、上原記念生命科学財団の研究報告 (上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015)) (上原記念生命科学財団研究報告集, 29 (2015))、Thermo Fisher Scientific社の記事 (Protein Degradation using the Ubiquitin-Proteasome Pathway | Thermo Fisher Scientific – US)、科学研究費助成事業の報告書 ()、日本生化学会の総説記事 (Journal of Japanese Biochemical Society 92(1): 28-34 (2020))などを参照しました。各種最新研究の内容については論文や総説に基づいています (本文/YA4337J) (多発性骨髄腫 第二世代プロテアソーム阻害剤カルフィルゾミブ(カイプロリス) 承認取得 / イキサゾミブ 承認申請 | がん情報サイト「オンコロ」 ) (PROTACs, what they are, benefits, drug discovery, and their intermediates. | PROTAC(標的タンパク質分解誘導化合物)と創薬研究、合成中間体 | フナコシ)。ユビキチン・プロテアソーム経路の模式図およびプロテアソームの概念図は、Wikimedia Commonsのフリー画像を加工・引用しています (File:Ubiquitylation.svg – Wikimedia Commons) (File:Proteasome.jpg – Wikimedia Commons)。