凝集体を形成するタンパク質の不思議-創薬の墓場と揶揄される凝集体タンパク質の最新研究事情とは-

目次

1. はじめに

タンパク質が異常に凝集する現象は、多くの重大な疾患と深く関わっています。正常なタンパク質は細胞内で適切に折りたたまれ機能しますが、ミスフォールド(誤った折りたたみ)を起こしたタンパク質が凝集すると、細胞内外に蓄積して塊(凝集体)を形成します (タンパク質凝集 – Wikipedia)。このようなタンパク質凝集は、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、プリオン病など、アミロイドーシスと総称される幅広い疾患群に関連していることが示唆されています (タンパク質凝集 – Wikipedia)。実際、アミロイドと呼ばれる繊維状の異常タンパク質の沈着が組織に蓄積することで臓器障害を引き起こす病態をアミロイドーシスと呼びます (アミロイドーシス – 12. ホルモンと代謝の病気 – MSDマニュアル家庭版)。近年の研究では、アミロイド形成に関与するタンパク質は数十種類にのぼり、50以上の疾患がこれらタンパク質凝集と関連していることが明らかになっています (High-throughput cryo-EM structure determination of amyloids – Faraday Discussions (RSC Publishing) DOI:10.1039/D2FD00034B)。本記事では、タンパク質凝集体形成のメカニズムや神経変性疾患との関係、そして最新の研究動向と社会的課題について概説します。

2. 凝集体形成の基本メカニズム

正常なフォールディング(折りたたみ)と変性

細胞内で合成されたポリペプチド鎖は、熱力学的にもっとも安定な立体構造(ネイティブ構造)へと自己折りたたみます (タンパク質凝集 – Wikipedia)。この過程ではシャペロンと呼ばれる補助タンパク質も関与し、誤った折りたたみを避けるよう助けています。正しく折りたたまれたタンパク質は機能を発揮しますが、加熱や酸・アルカリ、変性剤などのストレスで変性(立体構造の崩壊)すると、疎水性部分が露出して他の変性タンパク質同士が凝集しやすくなります ()。ほとんどの場合、細胞の品質管理機構(プロテアソームやオートファジー)によって異常タンパク質は分解・除去されます。しかし一部は分解されず蓄積し、やがて線維状の凝集体であるアミロイド線維へと発展することがあります。このようにして形成されたアミロイド線維は細胞にとって有害であり、蓄積が進むとコンフォメーション病(構造異常病)と総称される様々な疾患(典型例がアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患)を引き起こすことが知られています 。

(image)上の模式図は、新生ポリペプチド鎖が正しくフォールディングして機能的なタンパク質になる経路と、ミスフォールドした場合の運命を示しています。ミスフォールドしたタンパク質は、シャペロンによる再フォールディングで正常化されるか、プロテアソーム系で分解されることで細胞から排除されます。一方、誤った構造のまま蓄積すると、複数のタンパク質分子が絡み合って凝集体(アモルファスな塊)を形成し、さらに集合して規則的な繊維状のアミロイド線維へと成長することがあります。こうしたアミロイド線維はβシート構造が積み重なった特有の分子配列(クロスβ構造)を持ち、コンゴーレッド染色やX線回折で特徴的な所見を示す繊維状凝集体です (High-throughput cryo-EM structure determination of amyloids – Faraday Discussions (RSC Publishing) DOI:10.1039/D2FD00034B)。アミロイド線維形成には一般に核形成を伴う自己増殖的な機構があり、初期の可溶性オリゴマーや原線維(プロトフィブリル)など中間体も存在します。

異常な凝集の様式(アミロイド形成と相分離)

異常なタンパク質凝集にはいくつかの様式があります。代表的なものが上述したアミロイド線維の形成で、これは不溶性で高度に秩序だった繊維状の凝集体です。アルツハイマー病のアミロイドβやパーキンソン病のαシヌクレインなど、多くの疾病関連タンパク質がアミロイド線維を形成します。一方で近年注目されている現象に液-液相分離(LLPS)があります。LLPSとは、特定のタンパク質やRNAが溶液中で液滴状の濃縮相を作り出す現象で、細胞内ではストレス顆粒など膜の無いオルガネラ形成に関与します。凝集しやすい性質をもつ神経変性疾患関連タンパク質は、この液-液相分離を起こしやすく、通常は可逆的な液滴状態が、細胞内環境の変化や遺伝子変異をきっかけに不可逆的な凝集体へと移行する可能性があります (Journal of Japanese Biochemical Society 94(4): 566-573 (2022))。言い換えれば、本来は液体のように動的なドロップレットであったものが、凝集が進行することで硬化し、最終的にアミロイド線維などの沈着物になる場合があるのです (Journal of Japanese Biochemical Society 94(4): 566-573 (2022))。例えば、ALS関連タンパク質のFUSやTDP-43はストレス下で液滴を形成しますが、これが凝集核となって繊維状の封入体へと成熟することが報告されています。このように相分離と凝集は密接に関係しており、液滴形成がタンパク質凝集の初期段階(トリガー)になっている可能性が示唆されています (Journal of Japanese Biochemical Society 94(4): 566-573 (2022))。

プリオン様タンパク質

プリオン病はタンパク質そのものが感染性病原体として働く特殊な疾患で、異常型プリオンタンパク質(PrP^Sc^)が正常型PrP^C^に接触してその構造を異常化させ連鎖的に増殖します。近年、この自己増殖的なタンパク質変換の仕組みが、より一般的な神経変性疾患にも当てはまる可能性が注目されています ( Targeting prion-like protein spreading in neurodegenerative diseases – PMC )。アルツハイマー病のアミロイドβやタウ、パーキンソン病のαシヌクレイン、ALSのTDP-43、ハンチンタンパク質など、一見無関係なこれら疾患タンパク質も、体内で「種(シード)」となる凝集核が形成されると周囲の同種タンパク質を引き寄せて構造転換させ、細胞から細胞へと広がって神経変性を進行させるというプリオン様伝播のメカニズムが提唱されています ( Targeting prion-like protein spreading in neurodegenerative diseases – PMC )。実際、動物モデルでは病変部位の抽出タンパク質を移植することで病理タンパク質の広がりを再現できるケースもあり、タンパク質凝集体が細胞間伝播する可能性が示唆されています。このような性質から、これらの疾患関連タンパク質は「プリオン様タンパク質」とも呼ばれ、感染症のプリオンと区別されています。

3. 神経変性疾患とタンパク質凝集

アルツハイマー病(AD)とアミロイドβ

アルツハイマー病の患者脳内には、老人斑(アミロイドプラーク)と呼ばれるタンパク質塊が蓄積しています。その主要成分がアミロイドβ (Aβ)と呼ばれるペプチドで、アミロイド前駆体タンパク質(APP)からβおよびγセクレターゼによる切断で生成される長さ36~43アミノ酸の断片です (Amyloid beta – Wikipedia)。Aβは水に溶けにくく、ゆっくりとオリゴマー(少数集合体)やフィブリル(繊維)を形成し、最終的に老人斑として沈着します (Amyloid beta – Wikipedia)。特に可溶性オリゴマー状のAβは強い神経毒性を持つとされ、シナプス機能障害や神経細胞死を引き起こすと考えられています。またAD脳内ではタウタンパク質の異常リン酸化に伴う神経原線維変化(ペアドヘリカルフィラメント)が出現し、Aβとタウの両者が病理学的特徴です。しかしAβの異常凝集が発症の引き金となり、連鎖的にタウ病変などを誘発するという「アミロイドカスケード仮説」が広く支持され、治療標的としてAβ凝集体の除去・抑制が注目されています ( Targeting prion-like protein spreading in neurodegenerative diseases – PMC )。

パーキンソン病(PD)とαシヌクレイン

パーキンソン病では、中脳黒質のドーパミン神経細胞が変性・脱落し、振戦や筋硬直などの運動症状を呈します。患者の神経細胞内にはレビー小体と呼ばれる封入体が観察されますが、その主成分こそがαシヌクレインというタンパク質です (Frontiers | Modeling Parkinson’s Disease With the Alpha-Synuclein Protein)。正常なαシヌクレインはシナプス前終末に多く存在し、可溶性のモノマーまたは四量体として機能していると考えられます (Frontiers | Modeling Parkinson’s Disease With the Alpha-Synuclein Protein)。しかし遺伝子変異や過剰発現によってモノマーが増えると、疎水性の相互作用によりβシート構造へ変性しやすくなり、まず可溶性オリゴマー、次いでプロトフィブリル、そして不溶性のアミロイドフィブリルへと凝集していきます (Frontiers | Modeling Parkinson’s Disease With the Alpha-Synuclein Protein)。こうしてできたフィブリルが細胞内に蓄積したものがレビー小体であり、ユビキチンやその他タンパク質も取り込んだ複雑な構造を持ちます。近年の研究では、αシヌクレインの小さな凝集体(オリゴマー)がシナプスに蓄積し神経伝達を障害する可能性や、細胞間を移動して健常な細胞に病変を広げる可能性が示唆され、PDの進行におけるプリオン様伝播への関心が高まっています ( Targeting prion-like protein spreading in neurodegenerative diseases – PMC )。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)とTDP-43

ALSは運動ニューロンが選択的に変性する疾患で、筋力低下と萎縮が進行し、発症から3~5年で呼吸筋麻痺により致命的となるケースが多い難病です。約90%のALS患者の病理所見として、運動ニューロンの細胞質内にユビキチン陽性の封入体が蓄積していることが知られています。この封入体の主要構成成分がTDP-43(TAR DNA結合タンパク質43)というRNA/DNA結合タンパク質であることが2006年に報告されました (Prion-like Properties of Pathological TDP-43 Aggregates from …)。正常のTDP-43は核内でRNAスプライシング調節などに機能していますが、ALSでは何らかの原因で核から細胞質へ漏出し、凝集して凝集体となります。TDP-43凝集はALS患者のほぼ全例で見られる病理現象であり (The role of TDP-43 mislocalization in amyotrophic lateral sclerosis)、同様の封入体は前頭側頭型認知症(FTD)の一部でも観察されることから、ALSとFTDはTDP-43蛋白症という共通の分子基盤を持つと考えられています (Prion-like Properties of Pathological TDP-43 Aggregates from …)。TDP-43自体もプリオン様ドメインを持ち、異常会合したTDP-43が正常TDP-43を巻き込んで凝集を拡大させるモデルが提唱されています。ALSでは他にもSOD1やFUSなど原因タンパク質の凝集が報告されていますが、散発性例を含め共通して見られるTDP-43凝集が最も注目されています。

全身性アミロイドーシス

脳以外の全身臓器でもタンパク質凝集による障害が起こる疾患群があります。それが全身性アミロイドーシスで、免疫グロブリン軽鎖(ALアミロイドーシス)、トランスサイレチン(ATTRアミロイドーシス)、血清アミロイドA(AAアミロイドーシス)など、様々なタンパク質が原因となり得ます。例えばALアミロイドーシスでは形質細胞が産生する免疫グロブリンの軽鎖がミスフォールドして沈着し、ATTRアミロイドーシスでは肝臓由来のトランスサイレチンというタンパク質が4量体から解離して不安定化し、フィブリル化して心臓や末梢神経に沈着します。アミロイドーシスでは原因タンパク質ごとに沈着しやすい臓器が異なりますが、いずれも異常折りたたみタンパク質が凝集して不溶性の線維となり、臓器に沈着して機能障害を引き起こす疾患群です (アミロイドーシス – 12. ホルモンと代謝の病気 – MSDマニュアル家庭版)。放置すれば心不全や腎不全など致命的な臓器不全に至ることもあり得るため、早期診断と原因タンパク質に応じた治療が重要です。近年は原因タンパク質の遺伝子や構造が解明されてきたことで、新たな治療法の開発も進んでいます(後述)。

4. 最新の研究動向

相分離と凝集の新たな視点

第2章で述べた液-液相分離(LLPS)とタンパク質凝集の関係は、現在最先端の研究テーマの一つです。細胞内での凝集体形成は単なるエラーではなく、生理的な相分離過程と表裏一体である可能性が浮上しています。例えば、ストレス顆粒中で見られるFUSやTDP-43、あるいはシナプスで機能するαシヌクレインなど、本来は可逆的に液滴形成するタンパク質が、年齢や刺激によるストレスで液滴状態を維持できず凝集へ傾くことが示唆されています (Journal of Japanese Biochemical Society 94(4): 566-573 (2022))。このため、凝集抑制策として相分離の調節が注目され、液滴の物性(硬さや粘性)の変化を定量する研究や、相分離阻害分子の探索が行われています。また、異なる環境で形成された液滴が、最終的に生成されるアミロイド線維の構造多様性や毒性に影響を与えるという報告もあり (Journal of Japanese Biochemical Society 94(4): 566-573 (2022))、相分離現象を統合的に理解することで凝集体形成の予防・制御につながると期待されています。

クライオ電子顕微鏡(cryo-EM)による構造解析

タンパク質凝集体はかつて、その不溶性ゆえに原子レベルの構造解析が難しい対象でした。しかし近年、クライオ電子顕微鏡法の飛躍的進歩により、アミロイドフィブリルの高解像度構造が次々と解明されています (High-throughput cryo-EM structure determination of amyloids – Faraday Discussions (RSC Publishing) DOI:10.1039/D2FD00034B)。2017年にはアルツハイマー病患者脳から抽出したタウタンパク質フィラメントの原子構造がクライオEMによって初めて報告され (High-throughput cryo-EM structure determination of amyloids – Faraday Discussions (RSC Publishing) DOI:10.1039/D2FD00034B)、続いてAβフィブリル、αシヌクレインフィブリル、さらには心アミロイドーシス患者由来のフィブリルなど、多種多様なアミロイドの構造が原子分解能で明らかにされました (High-throughput cryo-EM structure determination of amyloids – Faraday Discussions (RSC Publishing) DOI:10.1039/D2FD00034B)。これらの研究から、同じタンパク質でも複数の折り畳み様式(コンフォメーション)でフィブリルを形成しうること(構造多型)、また試験管内で人工的に作ったフィブリルと患者由来のフィブリルでは構造が異なる場合があることが判明しています (High-throughput cryo-EM structure determination of amyloids – Faraday Discussions (RSC Publishing) DOI:10.1039/D2FD00034B)。クライオ電子顕微鏡の登場によってタンパク質凝集体の「姿」が見えるようになった意義は計り知れず、凝集メカニズムの理解や阻害剤の設計に大きく貢献しています。今後も改良された電子顕微鏡技術により、より小さなオリゴマー中間体の構造解明や、in vivoで形成された凝集体の高スループット解析が進むでしょう。

創薬ターゲットとしての可能性

タンパク質凝集は長らく「厄介者」扱いされ、対症療法の域を出ないことも多かったのですが、近年は凝集体そのものを標的とした創薬が現実味を帯びています。中でもアルツハイマー病に対する抗アミロイドβ抗体療法は大きな注目を集めています。2021年には世界初となる抗Aβ抗体(アデュカヌマブ)が条件付き承認され、その後2023年には別の抗体であるレカネマブが臨床試験で有意な効果を示しました (Lecanemab reduces brain amyloid-β and delays cognitive worsening)。レカネマブ投与群では18か月間の認知機能低下がプラセボ群より27%減少し、脳内アミロイド負荷も大きく低下したことが報告されています (Lecanemab reduces brain amyloid-β and delays cognitive worsening)。これらの抗体医薬は凝集したAβに結合し、脳内免疫細胞(ミクログリア)による凝集体の貪食除去を促すことで病態改善を図るものです。一方、副作用として脳浮腫や出血(ARIAと総称される合併症)が一定割合で起こることも分かり、完全な治療法にはなお課題が残ります。

(File:Anti-amyloid antibodies.png – Wikimedia Commons)上の図は、アルツハイマー病の原因タンパク質APPからAβペプチドが生成され、モノマー(赤いひも状)からオリゴマー、プロトフィブリルを経てアミロイドフィブリル(赤い線維)や最終的なプラーク(塊状)へ凝集する過程と、各段階に作用する抗体を模式的に示したものです。Aβモノマーに結合して凝集を阻害する抗体(ソラネズマブなど)、オリゴマーや原線維に結合する抗体(ガンテネルマブ、クレネズマブなど)、さらにはフィブリルやプラークを標的とする抗体(アデュカヌマブ、ドナネマブ)が開発されており、凝集体のどの形態を狙うかによってアプローチが異なります。これらDisease-modifying therapy(疾患修飾療法)の登場により、タンパク質凝集を直接攻撃する戦略が具体化しつつあります。

抗体以外にも、凝集体形成を防ぐ小分子薬や、凝集体を分解・排出させる方法の研究が進んでいます。例えばトランスサイレチン型全身性アミロイドーシス(ATTR)に対しては、トランスサイレチンの四量体構造を安定化して解離を防ぐ経口小分子薬タファミジスが開発され、心不全の進行抑制に大きな効果を上げました (Tafamidis Treatment for Patients with Transthyretin Amyloid …)。タファミジス投与群ではプラセボ群に比べ生存率が有意に向上し(30か月時点で全死亡率29.5% vs 42.9%と約30%のリスク低減)、心臓の機能低下も抑制されました (Tafamidis Treatment for Patients with Transthyretin Amyloid …)。このように、タンパク質の安定化による凝集抑制も創薬戦略として有望です。また、細胞のオートファジー機構を活性化して凝集体除去を促進する方法や、分子シャペロンを増強してミスフォールドを減らす方法、RNA干渉や遺伝子治療で凝集性タンパク質の発現量自体を減らす方法なども模索されています。特に遺伝子治療の分野では画期的な進展がありました。2021年には、CRISPR-Cas9を用いて体内で突然変異トランスサイレチン遺伝子をノックアウトし、肝臓からの変異タンパク質産生を抑制するin vivo遺伝子編集治療が世界で初めて実施されました ( Lessons from the first-in-human in vivo CRISPR/Cas9 editing of the TTR gene by NTLA-2001 trial in patients with transthyretin amyloidosis with cardiomyopathy – PMC )。この治験では単回投与で血中の変異トランスサイレチンタンパク質濃度が平均90%以上も減少し、数か月間維持されるという劇的な効果が示されています ( Lessons from the first-in-human in vivo CRISPR/Cas9 editing of the TTR gene by NTLA-2001 trial in patients with transthyretin amyloidosis with cardiomyopathy – PMC )。この成果は将来的に一部の遺伝性アミロイドーシスを根治しうるアプローチとして注目されています。

創薬市場の規模と将来展望

蛋白質凝集に関連する疾患は高齢化社会に伴い患者数が増加しており、それに比例して創薬市場も拡大しています。とりわけアルツハイマー病は有病者数が世界で数千万人規模にのぼり、新薬への需要が非常に高い分野です。市場調査によれば、世界の神経変性疾患治療薬市場規模は2023年時点で約458億ドルと算定され、2030年には約698億ドル規模に達すると予測されています (Neurodegenerative Disease Market projected to reach USD)。年平均成長率6.2%という伸びは製薬業界でも注目すべき数値で、アルツハイマー病治療薬(抗Aβ抗体など)の売上拡大や、パーキンソン病・ALSといった難病領域への新規参入が牽引するとみられます。実際、レカネマブや次世代抗体ドナネマブなどの売上予測は数十億ドル規模とされ、トランスサイレチンアミロイドーシス治療薬タファミジスもブロックバスターとなりました。こうした市場拡大予測は、依然アンメットメディカルニーズ(満たされていない医療上の需要)の大きいタンパク質凝集性疾患に対する創薬が、今後ますます活発になることを示唆しています。

5. 倫理的・社会的側面

未解決の課題

タンパク質凝集疾患の研究と治療には、まだ数多くの難題が残されています。まず、疾患発症の根本機序が未だ完全には解明されていない点です。例えばアルツハイマー病ではアミロイド仮説に基づく臨床試験が数多く行われましたが、新薬候補のほとんどが有効性を示せず失敗に終わってきました。その失敗率は99%以上にも及ぶと報告され (Why Alzheimer’s Drugs Keep Failing | Scientific American)、「創薬の墓場」と揶揄される状況が続いていました (Why Alzheimer’s Drugs Keep Failing | Scientific American)。これはタンパク質凝集の関与する病態の複雑さや、動物モデルと人間の病態の差異、臨床試験デザインの難しさなど様々な要因によります。事実、アルツハイマー病モデルマウスで顕著な効果を示した薬剤が、人では全く効かないケースが多々報告されており、動物実験での結果の人への外挿に限界があることが問題視されています。こうした科学的課題に加えて、研究の方向性そのものについても議論があります。かつてアルツハイマー研究は「まずAβありき」で突き進んだ結果、他のアプローチ(タウや炎症、代謝異常など)が手薄になったとの反省から、研究資源の配分を見直す動きもあります。また、タンパク質凝集を抑える治療は早期介入が鍵ですが、発症前診断の倫理的問題も浮上します。無症状の人に将来の発症リスクを告知し予防投薬することの是非や、遺伝子検査によるプライバシー・心理的負担の問題です。これらは医学的課題と社会的課題が交差する領域であり、慎重な議論と合意形成が求められます。

動物実験と代替法

タンパク質凝集の病態研究や創薬には、長年にわたり動物実験が不可欠でした。しかし近年、動物実験に依存しない手法の開発や倫理的観点からの批判が高まっています。例えば、ヒトのiPS細胞から神経細胞を作り出し三次元培養した脳オルガノイドでアルツハイマー病変を再現する試みが進んでおり、ある程度のアミロイド蓄積やタウ病変を示すモデル系が報告されています。また、線虫やショウジョウバエといった小型モデル生物、あるいは計算機シミュレーションによる凝集予測なども利用され始めています。動物実験そのものについても、動物福祉の観点から実験動物の苦痛を最小化する3R(Replacement, Reduction, Refinement)の原則遵守が求められます。将来的には、精密な疾患モデル細胞やin silico手法が発達することで、高等動物を用いた実験を減らしつつ、ヒトにより近いデータを得られるようになることが望まれています。

遺伝子編集と倫理

前述のように、遺伝子編集技術は難治疾患の治療に新たな道を開きつつあります。しかし同時に、これら技術の適用には倫理的配慮が欠かせません。体細胞を対象とした遺伝子編集治療(エクソン・スキッピングやCRISPR治療など)は、患者本人の細胞に限定され比較的受け入れられやすいものの、予期せぬオフターゲット効果や長期的影響について慎重な経過観察が必要です。一方、生殖細胞系列(胚)への遺伝子編集は、次世代へ改変が受け継がれるため極めて慎重な議論が求められます。仮に家族性アルツハイマー病や家族性プリオン病の原因遺伝子変異を胚の段階で編集で除去できるとしたらどうか、といった議論はSF的ではありますが、技術的な可能性が見えてきたからこそ現実味を帯びています。しかし社会はそのような介入を許容するのか、遺伝子改変による優生学的な問題をどう防ぐのかといった課題があります。また、超高額な遺伝子治療が登場した場合の公平な医療アクセスの問題も倫理的に考慮すべきでしょう。結局のところ、新技術による治療法の発展と、人間社会が受け入れられる倫理的範囲とのバランスを取ることが重要です。

6. まとめ

タンパク質の凝集体形成は、一見すると細胞の誤作動にすぎない現象にも思えますが、その背後には分子レベルの巧妙な仕組みと、生物が長年適応してきた進化の痕跡を見ることができます。凝集体は神経変性疾患や全身性アミロイドーシスなど数多くの病気の鍵を握るだけでなく、近年では相分離など生命現象の制御機構とも表裏一体であることがわかってきました。最新の研究により、アミロイド凝集体の原子構造や形成ダイナミクスが次第に明らかにされ、これまで「アンタッチャブル」だった凝集体そのものを標的にした創薬も現実のものとなり始めています。もっとも、タンパク質凝集に関わる疾患は依然克服が難しく、治療法の開発には試行錯誤が続くでしょう。しかし、構造生物学的手法や細胞モデル、新規治療技術(抗体医薬や遺伝子治療)の進歩により、かつては夢物語と思われたアプローチが着実に成果を上げつつあります。タンパク質凝集研究の今後の展望としては、凝集体形成の予測・制御技術の確立、疾患ごとのオーダーメイド医療の実現、さらには予防的介入による「発症させない未来」の創出が期待されます。その実現に向け、研究者たちは凝集体の謎に挑み続けており、タンパク質凝集研究は生命科学と医学のフロンティアとしてこれからも発展していくことでしょう。

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